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2019年4月11日

東北メディカル・メガバンク計画参加者の血液細胞からのiPS細胞樹立に成功 ~15万人分の保存血液細胞がiPS細胞研究に利用できる可能性~

発表のポイント

  1. 京都大学iPS細胞研究所と東北大学東北メディカル・メガバンク機構の共同研究により、東北メディカル・メガバンク(TMM)計画のコホート調査に参加された住民のうち、6人分の保存血液細胞からiPS細胞を樹立することに成功しました。
  2. この成果により、TMMのバイオバンク*1に保存されている約15万人分の血液細胞から、必要に応じてiPS細胞を樹立する道が開けました。
  3. 今後、TMMのバイオバンクに登録されている遺伝情報や健康調査情報とiPS細胞技術を組み合わせることにより、細胞の機能に影響を与える遺伝子多型*2を同定する研究や、個人の特徴に合った疾患治療法や予防法を開発する研究が進展することが期待されます。
要旨

 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)は、2016年に開始した共同研究において2018年10月に、TMM計画のコホート調査*3に参加した地域住民のうち6人分の血液細胞からiPS細胞を樹立することに成功しました。

 TMM計画では、2013年からToMMoと岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)が協力して宮城県・岩手県の住民を対象としたコホート調査に取り組み、15万人以上の参加者から提供された生体試料や、健康に関わる種々の情報を保管するバイオバンクを構築してきました。TMMのバイオバンクは、血清、血漿(しょう)、血液由来のDNA、尿とともに、血液細胞(単核球)も保管しており、培養可能な形で血液細胞試料を保有する国内最大級のバイオバンクとなっています。また、TMMでは、15万人のコホート調査参加者から提供された生体試料を使って参加者全員のゲノム解析を計画しており、既に約5,000人分の全ゲノム解析と約10万人分のDNAマイクロアレイ解析*4を完了しています。

 一方、CiRAはこれまで、様々な健康状態の方から細胞をご提供いただき、疾患特異的iPS細胞*5やその対照として重要な健常人由来iPS細胞の樹立に取り組んできました。iPS細胞から特定の臓器や組織の細胞を作製することにより、細胞をご提供いただいた方の臓器や組織の特徴をよく再現できることが知られています。

 今回の成果により、TMMのバイオバンクから遺伝情報等をもとに細胞を選択してiPS細胞を樹立し、それらを分化させて、細胞や組織の機能に対する遺伝子型の影響を様々な解析研究に用いることが可能になり、個別化医療*6の進展に貢献することが期待されます。

詳細

 TMMのバイオバンクに保管されている血液細胞(末梢血単核球)の中から、すでに全ゲノム解析が行われている6人分について、それぞれ6株*7ずつ計36株のiPS細胞を樹立しました。

 樹立された36株のiPS細胞株が、今後の研究に用いるために十分な性質を備えていることを確認するために、コロニー*8形態や未分化マーカー遺伝子*9の発現、樹立に用いたプラスミドベクター*10の残存等の解析を行いました。その結果、これまでにCiRAで樹立されて様々な研究に用いられているiPS細胞株と同様の性状を示すことが確認されました(図1)。

 また、今回樹立されたiPS細胞が各種細胞に分化する能力を備えているか確認するため、樹立されたiPS細胞株の一部(12株)を用いた三胚葉分化能解析*11を行いました(図2)。その結果、解析を行ったすべての細胞株は外胚葉・中胚葉・内胚葉の3つの細胞系譜に分化する能力を保持していることが確認されました(図3)。

図1 TMMのバイオバンクに保管されている血液細胞由来のiPS細胞の性状

上:6名の血液細胞由来のiPS細胞のうちそれぞれ1つの細胞株の写真。樹立されたiPS細胞株において、分化細胞はほとんど認められず、正常なiPS細胞に特徴的なコロニー様の形態を示している。

下左:それぞれの株の未分化マーカー遺伝子(NANOG、OCT3/4)の発現。TMM-1~TMM-6はTMMバイオバンクの各個人由来のiPS細胞株、CiRAはCiRAで過去に樹立されたiPS細胞株を示す。

下右:それぞれの株の残存プラスミド解析。EBNA-1とCAGは導入したプラスミドが有する配列。TMM-1~TMM-6はTMMのバイオバンクの各個人由来のiPS細胞株、CiRAはCiRAで過去に樹立されたiPS細胞株を示す。

※下左図と下右図は、今回樹立されたiPS細胞株が、これまでにCiRAで樹立された株と同様の性状をもつことを示す。

図2 三胚葉分化能解析の概要
iPS細胞を分化誘導せずに培養したもの、および外胚葉・中胚葉・内胚葉のそれぞれの細胞系譜に分化誘導したものを、フローサイトメーター*12を用いて解析し、目的の細胞に分化できる能力の有無を調べる。
図3 フローサイトメーターによる解析の結果
それぞれの細胞系譜に特徴的な遺伝子マーカーの発現の有無を解析した結果、ヒトES細胞とTMMバイオバンク由来のiPS細胞は同様の分化能を示した。TMM-1はTMMバイオバンク由来のiPS細胞のうちの1つの株を示す。数字はそれぞれの遺伝子マーカーを発現していた、または発現していなかった細胞の割合を示す。
OCT3/4・NANOG:未分化マーカー、 PAX6・SOX2:外胚葉マーカー、
BRACHYURY・NCAM:中胚葉マーカー、 SOX17・FOXA2:内胚葉マーカー
今後の展望

 今回、リプログラミングを試みた6人分の細胞全てでiPS細胞が樹立できたことにより、それらの細胞と同一の条件で採取・保管が行われているTMMバイオバンクの細胞試料からも必要に応じてiPS細胞を樹立できる道が開けました。これにより、今後、TMMのバイオバンクの細胞試料からのiPS細胞の樹立と、それらを分化させた心臓や神経等の細胞の解析が進むことが期待されます。

 これらの細胞は、疾患罹患歴や生活習慣などの提供者の健康調査情報や、ゲノム・オミックス解析情報等と関連付けることが可能で、iPS細胞技術の活用により、細胞機能に影響を与えたり、薬物の効果や毒性に関わったりする遺伝子多型、遺伝子機能の研究などを通して、個別化医療の進展に貢献することが期待されます。

参考

<東北メディカル・メガバンク(TMM)計画について>
 TMM計画は、東日本大震災からの復興と、個別化予防・医療の実現を目指しています。東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)と岩手医科大学いわて東北メディカル・メガバンク機構(IMM)を実施機関として、東日本大震災被災地の医療の創造的復興および被災者の健康増進に役立てるために、平成25年より合計15万人規模の地域住民コホート調査および三世代コホート調査等を実施して、試料・情報を収集したバイオバンクを整備しています。TMM計画は、平成27年度より、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が本計画の研究支援担当機関の役割を果たしています。

用語等説明

*1. バイオバンク
生体試料を収集・保管し、研究利用のために提供を行う。TMM計画のバイオバンクは、コホート調査の参加者から血液・尿などの生体試料を集める。

*2. 遺伝子多型
ヒトのゲノムDNA配列の個人間の違い。

*3. コホート調査
特定の集団を一定期間追跡することによって、環境要因や遺伝的要因と疾病発生の関連を調べる調査。

*4. DNAマイクロアレイ解析
多数のDNA断片を載せた基盤を用いた遺伝子情報の網羅的な解析方法。TMM計画では、ゲノム情報について、個人毎の1つの塩基配列の違い(一塩基多型、SNP)を解析している。

*5. 疾患特異的iPS細胞
さまざまな疾患の患者さんの体細胞から作製したiPS細胞。疾患メカニズムの研究や創薬スクリーニング研究に利用できると期待されている。

*6. 個別化医療
患者さんの遺伝的背景、生理的状態、疾患の状況に応じて、それぞれに最適な治療を行うこと。例として、一人ひとりのゲノム情報に合わせて、原因となる遺伝子に直接作用する薬剤や、副作用を起こしにくい薬剤を選択することが挙げられる。

*7. 株
1つの細胞から分裂して増えた、遺伝子が同じ細胞集団をクローンという。そのクローンを半永久的に継代培養することが可能になった状態の細胞を株という。

*8. コロニー
1つまたは複数の細胞より形成された細胞集団のこと。その形状は、iPS細胞の状態を示す指標となる。

*9. 未分化マーカー遺伝子
未分化なES細胞やiPS細胞において特異的に発現する遺伝子。これらが発現していることは、細胞が未分化状態であることの指標となる。逆に神経、筋肉、血液といった分化した細胞ではそれぞれに特異的な分化細胞マーカー遺伝子が存在する。

*10. プラスミドベクター
目的の細胞に特定の遺伝子を導入するために使われる遺伝子の運び屋をベクターという。プラスミドベクターは、環状DNAからなるベクターの一種で、宿主DNAの中に遺伝子を入り込ませずに細胞内で遺伝子を発現させられるのが特徴である。プラスミドベクターを用いて初期化因子を導入しiPS細胞を樹立する際、樹立したiPS細胞にプラスミドベクターが残存していると、その後の分化誘導の妨げになることがある。

*11. 三胚葉分化能解析
受精後の胚は、三胚葉と呼ばれる個体発生に必須な3種類の細胞系譜(内胚葉、中胚葉、外胚葉)を形成する。その後、内胚葉は消化器官や呼吸器官、中胚葉は骨、心筋、血液細胞、外胚葉は神経や皮膚などを形成する。ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞においては、この三胚葉に分化できるかどうかを解析することで多能性を確認できる。この手法を三胚葉分化能解析という。

*12. フローサイトメーター
細い流路に細胞を流し、1つ1つの細胞の特徴を解析するための装置のこと。本試験では、それぞれの細胞系譜を特徴付けるマーカーの有無について解析を行っている。

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