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2024年1月30日

オミクロンBA.2.86株のウイルス学的特性の解明

ポイント

  1. 2023年8月頃、それ以前に流行していたオミクロンXBB株とは配列の大きく異なるオミクロンBA.2.86株が出現した。本研究では、オミクロンBA.2.86株がオミクロンEG.5.1株などの既存の流行株よりも有意に高い実効再生産数(流行拡大能力)を示すことを明らかにした。
  2. オミクロンBA.2.86株に対して、現在使用されているレムデシビルやパキロビッド、ゾコーバなどの抗ウイルス薬は有効であった。
  3. オミクロンBA.2.86株の合胞体形成活性、細胞での増殖能はオミクロンEG.5.1株と比べて低下していた。
  4. ハムスターモデルにおけるオミクロンBA.2.86株の病原性は、オミクロンEG.5.1株と比較して弱かった。

SARS-CoV-2の系統樹。オミクロンBA.2.86株は既存の流行株と系統学的に大きく異なる

1. 要旨

 高山和雄 講師CiRA増殖分化機構研究部門)らのグループは、東京大学医科学研究所の佐藤佳教授が主宰する研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」注1)との連携により、2023年8月ごろに出現したオミクロン注2)BA.2.86株のウイルス学的特性を明らかにしました。オミクロンBA.2.86株は、それ以前に流行していたオミクロン亜株とは系統学的に大きく異なっており、オミクロンBA.2.86株のスパイクタンパク質注3)には祖先株であるオミクロンBA.2株と比較して30種類以上の変異が蓄積しています。本研究では、オミクロンBA.2.86株は既存の流行株よりも有意に高い実効再生産数注4)(流行拡大能力)を示すことを明らかにしました。

 さらに本研究では、オミクロンBA.2.86株についての詳細なウイルス学的実験を行いました。その結果、オミクロンBA.2.86株は、現在汎用されているレムデシビルやパキロビッド、ゾコーバなどの抗ウイルス薬のいずれに対しても高い感受性を有していました。感染受容体であるACE2注5)結合能はEG.5.1株よりも高い一方で、合胞体形成活性注6)、細胞での増殖能はEG.5.1株よりも低下していました。また、オミクロンBA.2.86株のハムスターモデルにおける病原性はオミクロンBA.2株、EG.5.1株に比べ、弱いことが明らかとなりました。

 この研究成果は、2024年1月26日に米国科学雑誌「Cell Host & Microbe」オンライン版で公開されました。

2. 研究の背景

 ウイルス感染症の制御が難しい一因は、ウイルスが変異を獲得し進化することにあります。例えば、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は流行の過程で著しく多様化し、「変異株」と呼ばれるさまざまな特性をもったウイルスが出現してきました。SARS-CoV-2の研究を通し、ウイルスの進化と流行の原理を理解することができれば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)だけでなく、将来のパンデミックを含めたさまざまな感染症の制御につながる知見を得ることができると期待されます。

 2023年1月以降、遺伝子組換えにより出現したオミクロンXBB株およびその子孫株が、流行の中心を占めてきました。しかし、2023年8月にオミクロンBA.2.86株が出現して以降、流行の主流がオミクロンXBB株からオミクロンBA.2.86株へと移り変わりつつあります。オミクロンBA.2.86株は、オミクロンBA.2株の子孫株であるものの、オミクロンBA.2株と比較して、スパイクタンパク質に30ヶ所以上もの変異が認められます。既存の流行株と系統学的に大きく異なる変異株が突如出現するという観点から、オミクロンBA.2.86株の出現はオミクロン株の出現に匹敵する進化イベントであるとされています。オミクロンBA.2.86株は世界保健機関(WHO)より2023年8月に監視下にある変異株(variant under monitoring, VUM)に指定され、その後2023年11月に注目すべき変異株(variant of interest, VOI)に格上げされました。

3. 研究結果

 本研究ではオミクロンBA.2.86株の流行拡大リスクを評価するため、まずウイルスゲノム疫学調査情報をもとに、ヒト集団内におけるオミクロンBA.2.86株の実効再生産数を推定しました。その結果、オミクロンBA.2.86株の実効再生産数は、2023年11月当時の主流株であったオミクロンEG.5.1株(オミクロンXBB株の子孫株の1つ)の実効再生産数よりも高いことがわかりました(図1)。これは、オミクロンBA.2.86株が今後流行を拡大していき、主流行株のひとつになる可能性が高いことを示しています。

図1. オミクロンBA.2.86株は既存の流行株よりも高い伝播力を示す

ウイルスゲノム疫学調査の結果から数理モデルを用いて各変異株の実効再生産数(伝播力の指標)を推定した。縦軸はオミクロンEG.5.1株の値を基準としたときの実効再生産数を示す。値が大きいほどウイルスの伝播力が高いことを示す。

 本研究ではさらに、オミクロンBA.2.86株についての詳細なウイルス性状解析実験を行いました。オミクロンBA.2.86株はEG.5.1株およびBA.2.86株の祖先株であるBA.2株よりもACE2結合能が向上していた一方で(図2a)、オミクロンBA.2.86株の合胞体形成活性(図2b)および培養細胞での増殖能(図2c)はEG.5.1株よりも低いことがわかりました。また、生体での呼吸器系の環境を模倣する気道チップを用いた実験の結果、オミクロンBA.2.86株は EG.5.1株よりも呼吸器上皮―血管内皮バリア破壊能が低いことがわかりました(図2d)。さらに、オミクロンBA.2.86株に対して、現在汎用されているレムデシビルやパキロビッド、ゾコーバなどの抗ウイルス薬はいずれも効果的であることを確認しました(図2e)。

図2. オミクロンBA.2.86株のin vitroでのウイルス性状解析実験

a)オミクロンBA.2.86株のACE2結合活性。KD値が低いほど、ACE2に対する結合活性が高いことを示す。

b)オミクロンBA.2.86株の合胞体形成活性。

c)オミクロンBA.2.86株のVero細胞およびCalu-3細胞での増殖試験。

d)気道チップを用いたオミクロンBA.2.86株の気道上皮―内皮バリア破壊能の評価。

e)オミクロンBA.2.86株に対するパキロビッド(Nirmatrelvir)やレムデシビル(Remdesivir)、ゾコーバ(Ensitrelvir)の抗ウイルス効果を検証。

 最後に、ハムスターモデルを用いた感染実験により、オミクロンBA.2.86株の個体内感染動態と病原性を評価しました。その結果、オミクロンBA.2.86株のハムスターの肺における増殖力は、祖先型であるオミクロンBA.2株およびEG.5.1株よりも低下しており、また病原性も低いことが明らかとなりました(図3)。

図3. BA.2.86株のハムスターモデルにおける増殖性と組織障害性

a)ウイルスに感染したハムスターの体重、肺機能の推移。

b)ハムスター肺の組織病理学的スコア。値が高いほど、炎症や肺障害の程度が強いことを示す。

4. まとめと展望

 本研究で解析したオミクロンBA.2.86株は、その後さらに多様化し、進化しました。2024年1月現在、オミクロンBA.2.86株の子孫株であるオミクロンJN.1株が世界的な感染拡大を引き起こしており、問題となっています。今後もオミクロンBA.2.86株およびその子孫株の流行、性質、進化を継続的に監視することが重要です。

 G2P-Japanコンソーシアムでは、SARS-CoV-2の進化・流行動態を司る原理の解明に関する研究、および、出現が続くさまざまな変異株について、ウイルス学的な特性の解析や、中和抗体や治療薬への感受性の評価、病原性についての研究に取り組んでいます。G2P-Japanコンソーシアムでは、今後も、SARS-CoV-2の変異(Genotype)の早期捕捉と、その変異がヒトの免疫やウイルスの病原性・複製に与える影響(Phenotype)を明らかにするための研究を推進します。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Virological characteristics of the SARS-CoV-2 BA.2.86 variant
  2. ジャーナル名
    Cell Host & Microbe
  3. 著者
    Tomokazu Tamura1,2,3,4,5,6,**, Keita Mizuma7,**, Hesham Nasser8,9,**, Sayaka Deguchi10,**, Miguel Padilla-Blanco11,12,**, Yoshitaka Oda1,4,5,**, Keiya Uriu13,14,**, Jarel E.M. Tolentino13,15,**, Shuhei Tsujino1, Rigel Suzuki1,2, Isshu Kojima7, Naganori Nao2,3,7, Ryo Shimizu8, Lei Wang1,16, Masumi Tsuda1,16, Michael Jonathan8, Yusuke Kosugi13,14, Ziyi Guo13, Alfredo A. Hinay, Jr.13, Olivia Putri13,17, Yoonjin Kim13,18, Yuri L. Tanaka19, Hiroyuki Asakura20, Mami Nagashima20, Kenji Sadamasu20, Kazuhisa Yoshimura20, The Genotype to Phenotype Japan (G2PJapan) Consortium, Akatsuki Saito19,21,22, Jumpei Ito13, Takashi Irie23, Shinya Tanaka1,18,*, Jiri Zahradnik11,*, Terumasa Ikeda8,*, Kazuo Takayama10,*, Keita Matsuno2,3,7,*, Takasuke Fukuhara1,2,3,4,5,6,*, Kei Sato8,13,14,15,*
    **:筆頭著者
    * :責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 北海道大学 大学院医学研究院
    2. 北海道大学 ワクチン研究開発拠点
    3. 北海道大学 One Healthリサーチセンター
    4. 北海道大学 大学院医学院
    5. 北海道大学 医学部
    6. 北海道大学 高等教育推進機構
    7. 北海道大学 人獣共通感染症国際共同研究所
    8. ヒトレトロウイルス学共同研究センター 熊本大学キャンパス
    9. スエズ運河大学医学部
    10. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    11. カレル大学第一医学部
    12. CEUカルデナル・エレーラ大学 健康科学部
    13. 東京大学 医科学研究所
    14. 東京大学 大学院医学系研究科
    15. 東京大学 大学院新領域創成科学研究科
    16. 北海道大学 化学反応創成研究拠点(ICReDD)
    17. インドネシア生命科学国際大学
    18. インペリアル・カレッジ・ロンドン 自然科学部
    19. 宮崎大学 農学部獣医学科
    20. 東京都健康安全研究センター
    21. 宮崎大学 産業動物防疫リサーチセンター
    22. 宮崎大学 大学院医学獣医学総合研究科
    23. 広島大学 大学院医系科学研究科
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関等から支援を受けて実施されました。

  1. 日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
    (JP22fk0108146, JP22fk0108511, JP22fk0108506, JP21fk0108494, JP21fk0108425, JP21fk0108432)
  2. AMED 先進的研究開発戦略センター(SCARDA)(UTOPIA, JP223fa627001, JP223fa727002)
  3. AMED 革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)(JP21gm1610005)
  4. 科学技術振興機構(JST)(JPMJCR20H4, JPMJPR22R1)
7. 用語説明

注1)研究コンソーシアム「The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan)」
東京大学医科学研究所 システムウイルス学分野の佐藤教授が主宰する研究コンソーシアム。日本国内のさまざまな専門性をもつ若手研究者が参画し、多角的アプローチからウイルスの性質の解明に取り組んでいる。現在では、イギリスを中心とした諸外国の研究チーム・コンソーシアムとの国際連携も進めている。

注2)オミクロン株(B.1.1.529, BA系統)
新型コロナウイルスの流行拡大によって出現した、顕著な変異を有する「懸念すべき変異株(VOC:variant of concern)」のひとつ。オミクロンBA.1株、オミクロンBA.5株、オミクロンBQ.1.1株、オミクロンXBB株などが含まれる。現在、日本を含めた世界各国で大流行している変異株である。

注3)スパイクタンパク質
新型コロナウイルスが細胞に感染する際に、新型コロナウイルスが細胞に結合するためのタンパク質。現在使用されているワクチンの標的である。

注4)実行再生算数
特定の状況下において、1人の感染者が生み出す二次感染者数の平均。ここでは、変異株間の流行拡大能力の比較の指標として用いた。

注5)ACE2
Angiotensin-Converting Enzyme 2(アンジオテンシン変換酵素2)の略称で、新型コロナウイルスが細胞に感染する際に受容体として機能する。

注6)合胞体形成活性
合胞体とは、新型コロナウイルスに感染した細胞が、スパイクタンパク質を細胞表面に発現し、周囲の細胞と融合することによって形成される大きな細胞塊のこと。合胞体形成活性とは、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を介して、合胞体を形成する能力のこと。

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