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2025年4月17日

「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を⽤いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験」において安全性と有効性が⽰唆

 京都大学iPS細胞研究所は、京都大学医学部附属病院と連携し、「iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞注1)を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験(jRCT2090220384UMIN000033564)」を実施しました。2018年6月4日付で独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)に医師主導治験として治験計画届を提出し、2018年8月1日より治験を開始しました(CiRAニュース 2018年8月1日)。その研究成果がNature 誌2025年4月17日号に掲載されました。

 7名のパーキンソン病患者さんを対象に、iPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞を脳内の被殻注2)に両側移植しました。主要評価項目は安全性および有害事象の発生で、副次評価項目として運動症状の変化およびドパミン産生を24カ月間にわたり観察しました。その結果、重篤な有害事象は発生しませんでした。iPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞は生着し、ドパミンを産生し、腫瘍形成を引き起こさなかったことが示されました。これにより、パーキンソン病に対する安全性と臨床的有益性が示唆されました。

1. 背景

 パーキンソン病では、中脳黒質注2)のドパミン神経細胞が減少し、それによって動作緩慢、筋強剛、安静時振戦を特徴とする運動症候群を発症します。薬物療法は、初期の段階では運動症状を効果的に緩和しますが、長期に経過すると運動合併症や薬剤誘発性ジスキネジア(不随意運動)など対応が難しい問題が生じます。そのため、失われたドパミン神経細胞を補充する細胞治療が代替治療法として検討されてきました。欧米では、ヒト中絶胎児の脳を移植する治験が行われてきましたが、倫理的問題や安定した供給の困難さが指摘されてきました。CiRA髙橋淳教授らの研究グループはこれまでに、ヒトiPS細胞からドパミン神経細胞を誘導する方法を開発し(CiRAニュース 2014年3月7日)、サルのパーキンソン病モデルの脳内でドパミンを産生し、運動症状を改善することを確認してきました(CiRAニュース 2017年8月31日)。

2. 研究手法・成果

 50~69歳の7名のパーキンソン病患者を対象に、iPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞を脳内の被殻に両側移植しました。主要評価項目は安全性および有害事象の発生で、副次評価項目として運動症状の変化およびドパミン産生を24カ月間にわたり観察しました。その結果、重篤な有害事象は発生しませんでした。MRI注3)による評価では、移植組織の異常増殖は認められませんでした。また、有効性評価の対象となった6名の患者のうち、4名が「国際パーキンソン病・運動障害学会統一パーキンソン病評価尺度(MDS-UPDRS)パートIII注4)」のOFFスコア注5)において改善を示しました。さらに、18F-DOPA PET注6)では、被殻のドパミン神経の活動が増加していました(下図:移植後に新たに観察されたドパミン神経の活動を矢印で示す)。以上から、iPS細胞由来のドパミン神経前駆細胞が生着し、ドパミンを産生し、腫瘍形成を引き起こさなかったことが示されました。これにより、パーキンソン病に対する安全性と臨床的有益性が示唆されました。

3. 波及効果、今後の予定

 この治療を一日も早く世界中の患者さんにお届けするために、実用化に向けて取り組んでいます。海外での実用化を目指した治験も並行して進行しています。⽇本国内では、国による承認申請に向けて製薬会社が準備を進めています。海外での実⽤化も⽬指し、⽶国カリフォルニア⼤学サンディエゴ校では2023年11⽉から医師主導治験が開始されています(CiRAニュース 2023年12月26日)。

4. 研究プロジェクトについて

 本研究は髙橋淳教授に対する⽇本医療研究開発機構(AMED)の再⽣医療等実⽤化研究事業「パーキンソン病に対するヒトiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の細胞移植による安全性及び有効性を検討する臨床試験(治験)に関する研究(23bk0104126h0003)」の⽀援の下で実施されました。また、本件に関する基盤研究は、AMEDの再⽣医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患・組織別実⽤化研究拠点(拠点 A))「パーキンソン病、脳⾎管障害に対するiPS細胞由来神経細胞移植による機能再⽣治療法の開発(22bm0204004h0010)」の⽀援で実施されました。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson's disease
    (パーキンソン病に対するiPS細胞由来ドパミン神経細胞治療の第I/II相試験)
  2. ジャーナル名
    Nature
  3. 著者
    Nobukatsu Sawamoto1,8, Daisuke Doi2,8, Etsuro Nakanishi1,8, Masanori Sawamura1,8, Takayuki Kikuchi3, Hodaka Yamakado1, Yosuke Taruno1, Atsushi Shima1, Yasutaka Fushimi4, Tomohisa Okada4, Tetsuhiro Kikuchi2, Asuka Morizane2, Satoe Hiramatsu2, Takayuki Anazawa5, Takero Shindo6, Kentaro Ueno7, Satoshi Morita7, Yoshiki Arakawa3, Yuji Nakamoto4, Susumu Miyamoto3, Ryosuke Takahashi1* and Jun Takahashi2*
    *:共同責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学大学院医学研究科 臨床神経学
    2. 京都大学iPS細胞研究所
    3. 京都大学大学院医学研究科 脳神経外科
    4. 京都大学大学院医学研究科 画像診断学・核医学
    5. 京都大学大学院医学研究科 外科学
    6. 京都大学大学院医学研究科 血液・腫瘍内科学
    7. 京都大学大学院医学研究科 医学統計生物学
7. 用語説明

注1)ドパミン神経前駆細胞
ドパミンは神経伝達物質の一つで、ドパミン神経細胞の中で作られます。ドパミン神経前駆細胞は、ドパミン神経細胞に分化する前の細胞です。パーキンソン病モデル動物を用いた研究から、ドパミン神経前駆細胞を移植することによって脳内に成熟ドパミン神経細胞が効率的に生着することが明らかになっています。

注2)被殻・中脳黒質
いずれも脳の部位の名称です。パーキンソン病では、中脳黒質のドパミン神経細胞が減少し、被殻へのドパミン供給が不足することで、運動症状が引き起こされます。

注3)MRI(磁気共鳴画像法)
強い磁場と電波を利用して体内の詳細な画像を取得する医療画像技術です。脳や脊髄などを高精細に画像化することで、診断に役立てます。

注4)国際パーキンソン病・運動障害学会統一パーキンソン病評価尺度(MDS-UPDRS)パートIII
パーキンソン病の運動症状を客観的に評価する臨床スケールです。医師が動作を観察し、各項目をスコア化して症状の重症度や治療効果を評価します。

注5)OFFスコア
それぞれ、薬剤治療の効果がない時に実施した運動症状の評価です。パーキンソン病に対する細胞治療の治験で、一般的に行われている評価法です。

注6)18F-DOPA PET(ポジトロン断層法)
放射性薬剤を用いて、ドパミン神経の機能を評価する医療画像技術です。18F-DOPAの取り込み量を測定することでドパミン神経の活動を可視化できます。

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