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2025年6月10日
1型カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)iPS細胞から作製した単一の心筋細胞の活動電位とカルシウムイオン濃度の変化を同時光学記録
ポイント
- 2つの蛍光色素と2波長のLEDランプの強度を調整することにより、心筋細胞の活動電位注1)と細胞内のカルシウムイオン濃度の一過性の上昇(カルシウムトランジェント)を同時に測定できるシステムを構築した。
- 1型カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)の患者さん由来iPS細胞から作製した心筋細胞では、CPVTのある患者さんに特徴的なカルシウムトランジェント異常が心室筋型注2)の活動電位と共に確認された。
- 1型CVPT患者さんiPS細胞由来心筋細胞に対して、既存のCPVT治療薬のカルベジロールとフレカイニドを作用させたところ、カルシウムトランジェント異常を正常に戻す効果が限定的であった。
- CPVTに対して効果が報告されている薬剤JTV519を作用させたところ、カルシウムトランジェントの正常化が確認された一方で、活動電位の波形に異常が生じることがあった。
- CPVTに対して効果が報告されている薬剤KN-93を作用させたところ、カルシウムトランジェント異常を高確率で正常化する効果がみられた。
吉田善紀准教授(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門、T-CiRAプログラム主任研究員)、高木正研究員(研究当時:CiRA同部門、T-CiRA、現在:静岡市立静岡病院、国立国際医療研究所)らの研究グループは、1型CPVT患者より樹立されたiPS細胞から分化誘導した心筋細胞を用いて、活動電位とカルシウムイオン濃度の変動を同時に光学的に測定し、心室筋型の活動電位を示す細胞におけるカルシウムイオン濃度の変動パターンの異常を確認しました。さらに、既存の治療薬や治療薬候補の効果と活動電位に与える影響を同時に検知することができました。
この研究成果は2025年6月4日に「Frontiers in Physiology」にオンライン公開されました。
1型カテコラミン誘発性多形性心室頻拍(CPVT)は、器質的な異常を伴わない、身体的または精神的興奮により誘発される心室性不整脈をきたす遺伝性不整脈疾患で、心臓突然死の原因となります。しばしば既存の薬剤に抵抗を示し、また、副作用のために薬剤の増量ができないことがあります。
CPVTをもつ患者さん由来のiPS細胞から分化誘導して得られた心筋細胞は、一細胞の状態でCPVTに特有なカルシウム異常を示すことが多く報告されてきましたが、活動電位による心筋細胞のタイプ(心室筋型、心房筋型)を確認しながらの検証をすることは困難でした。
本研究では膜電位色素とカルシウム指示薬を同時に用いて、薬剤を段階的に添加して濃度を上昇させつつ活動電位とカルシウムトランジェントを同時に観察することで、CPVTをもつ患者さんの心筋細胞の電気生理学的特性の評価を行い、薬剤に対する反応性を調べました。
1)CPVT-iPS心筋単細胞の大部分は心室筋型を示し、その多くでカルシウムトランジェントの異常がみられた
iPS細胞から作製した心筋細胞に対して、膜電位に応じて蛍光を発するFluoVoltとカルシウムイオンに反応して蛍光を発するCalbryte 590を用いて染色を行い、LEDランプ2種類を組み合わせることで、1つのCCDカメラで2つの蛍光を識別しながら動画撮影できるシステムを構築しました(図1)。

図1:実験系の概要
A. 2波長照射、2波長蛍光、2波長同時撮影のシェーマ図。
B. CCDカメラに映る2波長の蛍光色素により、カルシウムトランジェント(左)、膜電位(右)の変動のそれぞれに対応して点滅する細胞。枠線で囲まれた心筋細胞が蛍光を発している。
1型CPVT患者さん由来のiPS細胞から作製した心筋細胞を、培養皿上で他の細胞と接していない単一細胞(CPVT-iPS心筋単細胞)の状態にして培養し、2つの蛍光色素を用いて観察したところ、その大部分が心室筋型の活動電位の波形を示すことが確認されました。さらに、心室筋型の活動電位を示す細胞(心室筋型iPS心筋)の多く(67%)でカルシウムトランジェントのパターンに異常を認めることがわかりました(図2)。

図2:CPVTの病態再現例とその割合
A. CPVTに特徴的なカルシウムトランジェントの異常であるカルシウムダブルピーク。
B. CPVTに特徴的なカルシウムトランジェントの異常であるカルシウム振動。
C. 活動電位の波形による心筋のサブタイプ分類(左)と心室筋型iPS心筋におけるカルシウムトランジェント分類(右)。93%の細胞が心室筋型(正常)の活動電位を示し、心室筋型の活動電位を示す細胞のうち、正常(Normal)なカルシウムトランジェントを示す細胞が33%であり、それ以外の67%で異常なカルシウムトランジェントが観察された。
2)既存薬によるCPVT-iPS心筋単細胞のカルシウム異常改善効果は血中濃度では弱い
CPVT-iPS心筋単細胞に対して、既存のCPVT治療薬である、カルベジロール(β遮断薬)とフレカイニド(ナトリウムチャネル阻害薬)を、濃度を段階的に増やしながら作用させ、カルシウムトランジェントの異常に対する効果を調べました。その結果、患者さんの治療に用いる、薬が効果を発揮するために必要な、血液中の濃度(有効血中濃度)と一致するように培養条件下で作用させた場合では、カルベジロールは効果が認められず(図3A, B)、フレカイニドも有意な効果を示すことができませんでした(図3C, D)。

図3:既存薬のカルベジロールとフレカイニドの効果
A. 同一細胞におけるカルベジロール添加中の細胞の活動電位とカルシウムトランジェントの例。
B. カルベジロール濃度別のカルシウムトランジェント異常に対する改善割合。カルベジロールの有効血中濃度である0.3μMでは、改善しなかったが、濃度を上昇させると効果を認めた。
C. 同一細胞におけるフレカイニド添加中の細胞の活動電位とカルシウムトランジェントの例。
D. フレカイニド濃度別のカルシウムトランジェント異常に対する改善割合。フレカイニドの有効血中濃度付近である1μMでは半数未満の細胞で改善し、10μMでは半数の細胞で改善したが、いずれも有意差を認めなかった。
3)既存のRyR受容体調整試薬は活動電位を変化させる
1型CPVTでは、心筋細胞内の筋小胞体注3)の膜に発現する2型リアノジン(RyR)受容体注4)に異常があり、筋小胞体内のカルシウムイオンが細胞質へ不適切なタイミングで漏れ出すことが不整脈発生の第一歩となります。そこで、CPVTに対して治療効果があると報告されているRyR受容体調整試薬JTV519が、今回構築した解析システムにおいて、CPVT-iPS心筋単細胞に対してカルシウムトランジェントの異常を改善する効果があるかを調べました。その結果、薬剤濃度を高めるにつれて、カルシウムトランジェントの異常に改善がみられる細胞が増加した一方で、活動電位の波形が心房筋型となる細胞がみられました(図4)。

図4:RyR受容体安定化試薬JTV519の効果
A. 同一細胞におけるJTV519添加中の細胞の活動電位とカルシウムトランジェントの例。3μMではカルシウムトランジェント異常の改善を認めたが、活動電位波形は心房筋型へ変化してしまった。
B. JTV519濃度別のカルシウムトランジェントの異常に対する改善割合。
4)CaMKII阻害薬KN-93はカルシウム異常を改善する
Ca2+/カルモジュリン依存性プロテインキナーゼII(CaMKII)の阻害薬KN-93は、病態マウスやCPVT-iPS心筋細胞において、カルシウムトランジェントの異常を改善したという報告があり、今回構築した解析システムでも、CPVT-iPS心筋単細胞に対して、比較的低濃度でカルシウムトランジェントの異常を改善することが確認されました(図5)。

図5:CaMKII阻害薬KN-93のCVPT-iPS心筋単細胞に対する効果
A. 同一細胞におけるKN-93添加中の細胞の活動電位とカルシウムトランジェントの例。
B. KN-93濃度別のカルシウムトランジェント異常に対する改善割合。
本研究では、iPS細胞由来心筋細胞の活動電位と細胞内カルシウムイオン濃度の変化を一細胞レベルで同時に記録するシステムの開発を行い、同一の細胞に対して活動電位による心筋のサブタイプ分類とカルシウム異常の判別を同時に行うことに成功しました。これを用いて、薬剤の効果と活動電位への影響を評価することができました。
この測定システムは、薬剤濃度を変化させながら膜電位とカルシウム動態の変化をみることができるため、他の心臓疾患や他の臓器にも広く応用されることが期待されます。
- 論文名
Simultaneous optical recording of action potentials and calcium transients in cardiac single cells differentiated from type 1 CPVT-iPS cells - ジャーナル名
Frontiers in Physiology - 著者
Tadashi Takaki1,2,3, Norihisa Tamura2,4※, Kenichi Imahashi2,4, Tomoyuki Nishimoto2,4※, Yoshinori Yoshida1,2*
*:責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
- 国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 膵島移植企業連携プロジェクト
- 武田薬品工業株式会社
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 武田薬品工業株式会社(タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA))
- Leducq財団
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
「再生医療用iPS細胞ストック開発拠点」
「iPS細胞を用いたサブタイプ別心筋組織構築による心疾患研究」- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
「心臓の病理を統合的に再現する領域特異的心筋組織モデルの構築」
「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」
「心筋細胞と心外膜細胞を用いた心臓オルガノイドによる心筋組織再建治療の開発」- 医薬品等規制調和・評価研究事業
「重篤副作用患者由来iPS細胞バンクの構築に向けたフィージビリティ研究」
「ヒトiPS細胞技術とAI・機械学習を用いた統合的な抗がん剤心毒性評価法の開発と国際標準化」 -
科学技術振興機構(JST)
- 大学発新産業創出基金事業(JPMJSF2323)
- iPS細胞研究基金
注1)活動電位
心筋細胞膜では、細胞内外をナトリウムイオンやカルシウムイオン、カリウムイオンが透過する。その透過性が刺激により変化し閾値を超えると、活動電位といわれる一過性の電位変化が生じて、心臓が収縮する。活動電位が発生するとき、細胞内でカルシウムイオンの濃度が一過性に上昇するカルシウムトランジェントが観察される。
注2)心室筋型
心筋のタイプのひとつである心室筋に特徴的な活動電位のこと。他に、心房筋型や洞結節型がある。心室性不整脈を起こす疾患では心室筋型の心筋細胞の解析が必要となる。
注3)筋小胞体
筋肉細胞内にある袋状の膜構造で、カルシウムイオンを蓄えている。活動電位が発生するとき、細胞質内(筋小胞体外)のカルシウムイオン濃度の上昇を感知して、筋小胞体内部のカルシウムイオンを細胞質へ放出し、細胞質内の急激なカルシウムイオン濃度の上昇を引き起こしている。
注4)2型リアノジン(RyR)受容体
心筋細胞内の筋小胞体の膜上に存在するカルシウムチャネルで、細胞質内のカルシウムイオン濃度上昇を感知して開口し、筋小胞体内部に蓄えられたカルシウムイオンを細胞質へ放出し筋収縮をもたらす。