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2026年4月23日
ヒトiPS細胞から免疫の司令塔「ヘルパーT細胞」の作製に成功
―フィーダー細胞を使わない新手法で次世代の免疫療法開発に期待―
ポイント
- 分化段階に応じたシグナル伝達の制御により、マウス支持細胞(フィーダー細胞)からなる人工胸腺オルガノイドを用いずにiPS細胞からCD4単陽性T細胞を誘導した。
- iPS細胞から誘導したCD4単陽性T細胞は、キラーT細胞や樹状細胞の活性化を含むがん免疫応答を導くヘルパーT細胞としての機能を発揮し、高い細胞増殖能とがん細胞への攻撃能力をもつことを示した。
河合洋平研究員、金子新教授(CiRA臨床応用研究部門)らは、ヒトiPS細胞から、免疫の司令塔として働く、CD4注1)単陽性の「ヘルパーT細胞注2)」を作り出す新技術を開発しました。これまでのiPS細胞を用いたがん免疫療法では、がん細胞を直接攻撃する「キラーT細胞注3)」を誘導する手法が中心となって開発されてきました。しかし、治療の効果を長期にわたって維持するためには、キラーT細胞を活性化し、免疫系全体の応答を統率するヘルパーT細胞の存在が欠かせません。
研究グループは、分化を補助するために共培養するマウスフィーダー細胞により作製した人工胸腺オルガノイド(Artificial Thymic Organoid: ATO)注4)の3次元培養方法を用いてCD4陽性T細胞を誘導し、がんの免疫細胞治療に高い効果が期待できることを示しました(CiRAニュース2026年4月23日「人工胸腺オルガノイドによるヒトiPS細胞由来CD4⁺T細胞療法の開発と評価」)。本研究では、未分化なiPS細胞が特定の機能をもつT細胞へと段階的に変化する分化を誘導する過程で、Notchシグナル注5)やTCRシグナル注6)といった生体内のシグナル伝達を精密に制御する手法を確立しました。これにより、従来は作製が困難であった高品質なヘルパーT細胞を、フィーダー細胞注7)を使用せず誘導することに成功しました。この手法によってiPS細胞から誘導されたヘルパーT細胞は、樹状細胞注8)の成熟など免疫反応の活性化に重要な分子(CD40LやThPOK)を備えているだけでなく、増殖を繰り返す過程で自らがん細胞を攻撃する能力も獲得するなど、極めて多機能な性質をもつことが確認されました。
本研究成果は、2026年1月20日に科学誌「Molecular Therapy」にオンライン掲載されました。
現在、がん治療の革新的な手法として、患者さん自身のT細胞に遺伝子改変を施して体に戻す「CAR-T細胞療法」が注目されています。しかし、この手法には「患者さん個人の細胞の状態に依存する」という課題がありました。抗がん剤治療などを重ねた患者さんの体内では、免疫細胞が「免疫疲弊(継続的な刺激により細胞の機能が低下すること)」を起こしている場合が多く、治療に十分な数や質のT細胞を確保できないケースが少なくありません。
そこで解決策として期待されているのが、iPS細胞の活用です。iPS細胞は無限に増殖させる能力(自己複製能)と、あらゆる細胞に変化できる能力(多能性)を併せ持つため、あらかじめ高品質なT細胞を大量に作製し、必要な時に即座に投与できる「既製品」のような細胞製剤の供給が可能になります。
今回の成果は、これまでiPS細胞からの分化誘導が難しかったヘルパーT細胞を、フィーダー細胞を使わない、医療応用に適した手法で作製できるようになった点に意義があります。今後は、この技術を基盤として、従来の治療では完治が難しかった固形がんなどに対しても、より強力で持続的な効果を発揮する次世代のがん免疫療法の研究開発が加速することが期待されます。
1)iPS細胞からCD4単陽性T細胞の誘導法を開発
研究グループは、3次元構造をもつ人工胸腺オルガノイドの解析を通じて、特定の生体内シグナルがキラーT細胞への分化を促す一方で、ヘルパーT細胞への分化を抑制していることを突き止めました。フィーダー細胞を使わずに(フィーダーフリー)iPS細胞からT細胞を誘導する従来の方法では、NotchシグナルやTCRシグナルを継続的に与えることでキラーT細胞を作製します。本研究では分化の段階ごとにこれらのシグナルの作用を検証し、CD4単陽性(CD4+)T細胞へと分化させる培養手法を確立しました(図1A)。さらに、細胞の接着を助けるレトロネクチンの使用時期も最適化した結果、従来の培養法や人工胸腺を上回る効率で、生体に近い高品質なCD4+T細胞を安定的に誘導することに成功しました(図1B)。また、改良法では、CD8+T細胞も誘導されることがわかりました。
図1. CD4+T細胞の分化誘導法の開発
A:iPS細胞からCD4+T細胞を作製するために、従来のフィーダーフリー分化誘導法をベースに改良した。赤×印は、従来法から遮断したシグナルおよび誘導期間を示す。SCF(赤字)は新規に追加したサイトカインを示す。
B:フィーダーフリーの従来法、今回開発した改良法、人工胸腺オルガノイドによるT細胞分化誘導法の3つの方法でCD4+ T細胞およびCD8+T細胞の誘導率を比較した。
2)iPS細胞から誘導したCD4単陽性T細胞のヘルパー機能
iPS細胞から改良法により誘導されたCD4+T細胞の性質を詳細に解析した結果、ヘルパーT細胞に必要な遺伝子群を調節するマスター遺伝子ThPOKを発現していました(図2A)。また、誘導されたCD4+T細胞の表面には、ヘルパー機能の役割に重要な「CD40L(CD40リガンド)」が高発現していることが確認されました(図2B)。
また、誘導したCD4+T細胞は、同時に作製されたCD8+T細胞に比べて、より初期の段階(早期メモリー型)に留まっており、高い増殖能力をもつことがわかりました(図2C)。さらに、免疫細胞の活性化に不可欠なIL-2やIFN-γといったサイトカインを、キラーT細胞を上回る量で分泌する高い能力を備えていることも示されました。
図2. iPS細胞由来CD4+T細胞のヘルパー機能
A:Thpok遺伝子のmRNA発現の相対値。
B:フローサイトメトリー解析によるCD40Lの発現量。
C:T細胞の刺激による細胞増殖率。
3)iPS細胞から誘導したCD4単陽性T細胞集団のシングルセル解析とがん免疫効果の検証
研究グループは、シングルセルRNAシーケンス解析により、誘導された細胞の遺伝子情報を詳細かつ網羅的に評価しました。その結果、本手法で作製したCD4+T細胞は、遺伝子発現パターンの均一な一つの集団を形成していることが示されました(図3A)。
臨床応用を見据えた機能評価においては、改良法によって誘導された細胞が、がんの目印(ペプチド)に反応して、免疫の起点となる「樹状細胞」の成熟を誘導するかを検討しました。その結果、樹状細胞の成熟の指標となる「IL12(インターロイキン12)」の分泌を確認しました(図3B)。検証の結果、体内の免疫系を動員するヘルパー機能が十分に備わっていることが示されました。
さらに、がん細胞に対する細胞障害性の検証では、がん細胞を繰り返し追加する長期の共培養条件下において、CD4+T細胞が免疫反応とT細胞の増殖を活性化するヘルパーT細胞の機能を発揮することで、キラーT細胞と同等以上の攻撃能力を発揮しうることがわかりました(図3C)
図3. iPS細胞由来CD4+T細胞のシングルセル解析とがん免疫効果の検証
A:シングルRNAシーケンス解析による各細胞の遺伝子発現パターンをもとに細胞集団の多様性を可視化した結果。
B:T細胞ががん細胞を認識する目印となるペプチドを反応させたときのIL12の分泌量。
C:各種のT細胞をがん細胞(Nalm6)と培養し、がん細胞の殺傷率を計測した。
本研究では、分化段階に応じたシグナル伝達経路の細やかな制御により、フィーダー細胞(足場細胞)を使わずに、iPS細胞から高品質なCD4単陽性ヘルパーT細胞を安定的に作製する技術を確立しました。この細胞は、高い増殖能と樹状細胞を活性化する免疫の司令塔の機能を備えるだけでなく、状況に応じて自らががん細胞に対する細胞障害性を発揮する高い可塑性も示しました。
iPS細胞からヘルパーT細胞を生み出すことのできる本技術は、既存の免疫療法の課題である細胞の枯渇や効果不足を克服する可能性を秘めています。今後は大量調製法の実証を進め、多様ながん種に対応可能な「既製品(Off the shelf)」型のがん免疫療法の実現に役立つことが期待されます。
- 論文名
Feeder-free generation of CD4 single-positive helper T cells from human iPSCs via stage-specific modulation of Notch and TCR signaling - ジャーナル名
Molecular Therapy - 著者
Yohei Kawai1,*, Shin Kaneko1,2,*
*:責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- シノビセラピューティクス株式会社
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 日本学術振興会 若手研究(JP18K15278)、基盤研究C(JP20K07694, JP23K06741)
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」- 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業
「HTLV-1潜伏感染制御・根治に向けたiPS細胞由来抗CADM1-CAR-T細胞開発に関する研究」 - iPS細胞研究基金
参考:免疫細胞の分類
注1)CD4
細胞膜に存在するタンパク質の一種で、ヘルパーT細胞や樹状細胞、マクロファージなどで発言している。同じく膜タンパク質のCD8との発言の組み合わせで分化段階が区別される。T細胞分化は、まずT前駆細胞からCD4/CD8両陽性(DP;Double Positive)の細胞に一度変化し、その後、CD4単陽性(SP;Single Positive、CD8陰性)のヘルパーT細胞と、CD8単陽性(CD4陰性)のキラーT細胞に分化する。
注2)ヘルパーT細胞
免疫においてはたらく細胞の一種。抗原を認識してその情報を他の免疫細胞に伝えるはたらきをもつ。
注3)キラーT細胞
免疫においてはたらく細胞の一種。他の免疫細胞から抗原の情報を受け取ると、その抗原に対応するキラーT細胞が活性化し、異物を攻撃して分解する。
注4)人工胸腺オルガノイド(Artificial Thymic Organoid: ATO)
特定の分化状態の誘導や維持を補助するマウスのフィーダー細胞に、胸腺上皮細胞でT細胞分化に関わる遺伝子を導入し、3次元培養することで、胸腺の環境を模倣したオルガノイド。幹細胞からT細胞への分化および成熟過程を体外で再現するための細胞培養系。
注5)Notchシグナル
多くの多細胞生物に共通してみられ、発生過程や幹細胞の細胞運命決定にかかわる細胞の情報伝達の方式。
注6)TCRシグナル
T細胞の表面にあるT細胞受容体(TCR)が抗原を認識し、T細胞を活性化させるための情報伝達の方式。
注7)フィーダー細胞
目的の細胞を培養する際、培養条件を整える補助的な役割をもつ細胞。通常は薬剤処理によって分裂できないように処理されている。フィーダーフリーとは、フィーダー細胞を用いないこと。
注8)樹状細胞
免疫においてはたらく細胞の一種。生体内の異物を細胞内に取り込んで分解するほか、異物の抗原を細胞表面に提示して、ヘルパーT細胞やキラーT細胞などの他の免疫細胞を活性化させるはたらきをもつ。
