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2026年4月27日
iPS創薬により神経突起を伸長させる「チエノピリドン誘導体」を新たに同定
―脳の疾患の細胞病態である神経細胞突起短縮の改善―
ポイント
- ヒトiPS細胞由来神経細胞を用いた大規模スクリーニングにより、神経細胞の突起伸長を促進する化合物群を特定した。
- 化合物群の解析により、酵素「TNIK」を神経細胞の突起の伸長を制御する新たな創薬標的として発見した。
- ヒットした化合物群の化学構造の最適化により「チエノピリドン誘導体」を候補化合物として新たに見出した。
- チエノピリドン誘導体は、ヒト脳オルガノイドでも神経突起の伸長効果を示した。
今村恵子(CiRA臨床研究応用部門、タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)、理化学研究所バイオリソースセンター(理研BRC)iPS創薬基盤開発チーム)、日置剛(武田薬品工業、T-CiRA)、柴田圭輔(武田薬品工業、T-CiRA)、井上治久(CiRA同部門、T-CiRA、理研BRC同チーム)らの研究グループは、ヒトiPS細胞由来の神経細胞に対して2万種類以上の化合物を作用させる表現型スクリーニング注1)を行い、神経細胞の突起(神経突起注2))の伸長を促進する新たな化合物群を発見しました。また、この化合物群が神経突起の伸長に作用する仕組みを解析した結果、TNIK注3)という酵素が神経突起の成長を制御することが明らかになりました。また、ヒットした化合物の化学構造の最適化により見出された「チエノピリドン誘導体注4)」は、ヒト脳オルガノイド注5)でも効果を示しました。本成果は、神経突起の伸長不全が関わる精神・神経疾患の新たな治療法の研究につながることが期待されます。
本研究成果は、2026年3月30日に科学誌「iScience」に掲載されました。
神経細胞は突起(神経突起)を伸ばして他の細胞とつながることで、脳内のネットワークを形成します。しかし、自閉スペクトラム症などの一部の脳の疾患では、この神経突起が十分に伸びないことが知られており、神経細胞レベルでの特徴として注目されています。
近年、ヒトiPS細胞技術の進展により、患者さん由来のiPS細胞から神経細胞を大量に作製し、病態解析から創薬に用いる研究アプローチ(iPS創薬)が広がりつつあります。しかし、多くの脳疾患に関与すると考えられる神経突起の伸長不全について、その改善に有効な化合物への理解は限定的であり、次世代の治療薬開発に向けた新たな創薬ターゲットの探索が求められています。
1)大規模スクリーニングによる化合物の同定
本研究では、自閉スペクトラム症や統合失調症がみられるDup15q症候群注6)の患者さんから提供された細胞を用いて作製したiPS細胞を用いました。患者さん由来iPS細胞から神経細胞を作製したところ、健康な人由来iPS細胞から作製した神経細胞と比較して、神経突起が著しく短いことが確認されました。研究グループは、神経突起の長さに対する2万種類以上の化合物の作用について表現型スクリーニングを行い、網羅的に評価しました。
その結果、神経突起の伸長を促進する複数の化合物を同定し、それらが共通して「インダゾール骨格」を持つことを見出しました。またスクリーニングにより同定した化合物は、健康な人から作製したiPS細胞由来神経細胞の神経突起の伸長も同様に促すことが分かりました。
図1
左:スクリーニングの流れ。21,171種類の化合物を対象に評価した。
右:コントロール群に対して各化合物を作用させた場合の神経突起の長さの変化率(%)を指標とした表現型スクリーニングの結果。
2)TNIKを新たな創薬標的として同定
スクリーニングにより同定した化合物群が神経突起を伸長させる作用の仕組みを解析したところ、「TNIK」という酵素を阻害することで神経突起の伸長が促進される可能性が示されました。さらに、TNIKの発現を抑制すると同様の効果が得られることから、TNIKが神経突起の伸長に関わる重要な分子であることが明らかになりました。
図2
スクリーニングで同定した化合物の酵素(TNIK, MINK, AuroraB)への結合力と突起伸長効果
3)チエノピリドン誘導体の創出
インダゾール骨格をもとに化学構造を最適化した結果、「チエノピリドン」という骨格を持つ化合物群を新たに見出しました。
図3
インダゾール骨からチエノピリドン骨格をもつ化合物の誘導
4)ヒト脳オルガノイドでの有効性
さらに、ヒトiPS細胞から作製した三次元の脳モデル(脳オルガノイド)を用いた解析においても、チエノピリドン誘導体が神経突起の伸長を促進することが認められました。
本研究は、ヒトiPS細胞由来神経細胞を用いた大規模スクリーニングの結果をもとにして、神経突起の伸長を促進する「チエノピリドン誘導体」を新たに同定することに成功しました。本成果は、神経突起の伸長不全が関わる脳の疾患に対する新規治療薬の開発などへの応用が期待されます。
- 論文名
Phenotypic Screening of human iPSC-Derived Neurons identifies Thienopyridones as Neuritogenic Small Molecules - ジャーナル名
iScience - 著者
Keiko Imamura1,2,3,4, Hiroshi Yukikate2,5, Takeshi Hioki2,5, Aya Okusa1,4, Keisuke Shibata2,5, Iñigo Narvaiza2,5, Akira Kaieda5, Bunnai Saito5, Nozomu Sakai5, Dang Ngoc Anh Suong1,3, Takeshi Niki1,3,
Yuko Arioka6, Norio Ozaki6, Haruhisa Inoue1,2,3,4,*
*:責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
- 理化学研究所 バイオリソース研究センター(BRC)iPS創薬基盤開発チーム
- 理化学研究所 革新知能統合研究(AIP)センターiPS細胞連携医学的リスク回避チーム
- 武田薬品工業株式会社
- 名古屋大学大学院医学系研究科精神医学
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」
「機能性オルガノイドを用いた運動ニューロン疾患遺伝子治療薬スクリーニング系の確立」
「アクシオロイドを用いたヒト脊髄発生・疾患のin vitro 3次元モデル」
「レジストリ連携による神経変性疾患iPS細胞コホートの構築と整備」- 脳神経科学統合プログラム
「認知症保護的バリアントの機能解明に基づく治療の研究開発」
「ゲノム編集霊長類を用いた前頭葉機能とその障害の生成機構に関する研究開発」 - 厚生労働科学研究費 難治性疾患政策研究事業
- タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
- iPS細胞研究基金
注1)表現型スクリーニング
細胞の形や働き(表現型)の変化を指標として、多数の化合物の作用を並行して評価(スクリーニング)する手法。本研究では、神経突起の長さという表現型の変化を指標に化合物の作用を評価した。
注2)神経突起
神経細胞から伸びる細長い構造で、他の神経細胞とつながる役割を持つ。神経回路の形成に不可欠であり、その長さや形は脳の機能に大きく関わる。
注3)TNIK
細胞内でタンパク質にリン酸を付加する酵素(キナーゼ)の一種で、神経の発達や機能に関わることが報告されている。
注4)チエノピリドン誘導体
特定の化学構造(チエノピリドン骨格)を共通して持ち、そこから一部を変化させて派生させた化合物群。本研究において、神経突起の伸長を促進する活性を持つことが新たに見出された。
注5)脳オルガノイド
iPS細胞から作製される三次元モデルで、ヒトの脳の構造や機能の一部を再現する。
注6)Dup15q症候群
ヒト15番染色体の特定の領域(長腕11.2-13.1)のコピー数が増えることによって、自閉スペクトラム症、てんかん、運動発達遅延、知的障害などが出現する疾患。コピー数多型を原因とする自閉スペクトラム症の中では最も頻度が高い。
