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2026年6月16日
ゲノム編集の安全性を徹底検証 ―LNPの優位性と新たな評価法を確立―
ポイント
- 従来のAAVウイルスベクターを用いた送達ではゲノム編集部位にベクター断片の挿入が観察されましたが、脂質ナノ粒子(LNP)ではそのようなベクター断片の組み込みリスクが極めて低いことをマウス生体内で実証しました。
- 予期せぬゲノム編集変異を検出するために、LNPをヒトiPS細胞に投与し、全ゲノムシーケンスを実施してゲノム編集に特異的な変異パターンを抽出しました。
- コンピュータ予測、試験管内実験、ヒトiPS細胞の全ゲノム解析を統合し、ゲノム編集による予期せぬ変異を高精度に検出する「多階層評価手法」を開発しました。これにより、安全なゲノム編集治療の実現を加速させることが期待されます。
直江洋一 研究員(CiRA臨床応用研究部門・T-CiRA)、犬飼直人 ディレクター(武田薬品工業・T-CiRA)、堀田秋津 教授(CiRA臨床応用研究部門・T-CiRA)らの研究グループは、遺伝子治療分野において期待される脂質ナノ粒子(LNP)注1)を用いたCRISPR-Cas9ゲノム編集について、その高い安全性と、予期せぬ遺伝子変異(オフターゲット変異)注2)を洗い出す新たな網羅的評価システムを開発しました。
希少難病であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、原因遺伝子の変異により進行性の筋力低下を招く重篤な疾患として知られていますが、治療のためのゲノム編集を安全に行うにあたり、従来のウイルスベクターを用いる送達方法での不要なベクターDNA断片の組み込みリスクや、狙い以外のゲノムが書き換わる「オフターゲット変異」を正確に洗い出す具体的な検証方法は未確立でした。
研究グループは、マウスの筋肉組織を用いてLNPとアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター送達の安全性を比較し、LNPでは不要な遺伝子挿入がほぼ皆無であり、繰り返し投与を行っても安定した編集効率を維持できることを発見しました。さらに、健康なドナー由来のヒトiPS細胞を用い、コンピュータ予測、試験管内実験(CIRCLE-seq法)注3)、および独自の「欠失挿入クラスター法注4)」を取り入れた超高深度の全ゲノムシーケンス注5)解析を組み合わせることで、培養中に自然発生する変異とゲノム編集による変異を区別し、11箇所のオフターゲット候補サイトを特定することに成功しました。
本研究の成果は、LNPを用いたゲノム編集治療の安全優位性を示すもので、今後の遺伝性疾患に対する新規治療法や予防戦略の開発につながるプラットフォームとなることが期待されます。
この研究成果は2026年6月16日に「Molecular Therapy Nucleic Acids」で公開されました。
DMDは、筋肉の細胞を支えるジストロフィン遺伝子の変異により、進行性の筋力低下を引き起こし、最終的には心不全や呼吸不全に至る重篤な遺伝性疾患です。近年、CRISPR-Cas9システムを用いて、異常のある遺伝子の一部を飛び越えさせる「エキソンスキッピング」により正常なタンパク質を復元するゲノム編集治療が注目を集めています(CiRAニュース2014年11月27日、CiRAニュース2023年8月25日)。しかし、ゲノム編集による改変は不可逆的であるため、がん抑制遺伝子などの意図しない領域を傷付けてしまうリスクを最小限に抑え、それを事前に検査することが医療応用の大前提となります。
これまで、ゲノム編集のツールを細胞内へ届ける輸送体として「アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター」が多用されてきましたが、AAVのDNA断片がゲノムの切断部位に誤って組み込まれるリスクが報告されていました。これに対し、DNAを含まないLNPは一過性かつ安全な配送手段として期待されていましたが、実際の生体内(in vivo)における挿入リスクの低さについては、厳密な実験的検証が不足していました。また、標的ゲノム部位以外の場所が改変される「オフターゲット変異」についても、数多くのコンピュータ予測ツールが存在するものの、ツール間で結果のばらつきが大きく、どれを信頼すべきか、また細胞内での実際の変異とどう結びつくのかという明確な評価指針が存在していませんでした。
そこで研究グループは、LNPデリバリーのマウス生体内での優位性を実証するとともに、実験動物やヒト由来がん細胞ではなく、核型が正常なヒトiPS細胞を評価モデルとして用い、コンピュータ予測、試験管内実験、生体内全ゲノムシーケンス解析を統合することで、漏れがなく信頼性の極めて高いオフターゲットリスク評価方法の確立に挑戦しました。
1)マウス生体内におけるLNPデリバリーの安全性と繰り返し投与の優位性を実証
研究グループは、ヒトDMD遺伝子のエキソン45を標的とする2種類のガイドRNA(gRNA #1および#23)を用い、マウスの骨格筋においてLNPとAAVベクターの性能を直接比較しました。AAVベクターは1回目の投与で10.29%の編集効率を示したものの、2回目の投与では免疫応答などの影響により0.68%へと激減しました。一方、LNPは1回目(3.60%)と2回目(3.55%)でほぼ同等の編集効率を維持し、繰り返し投与が可能であることが示されました(Fig. 1)。さらに、切断部位への不要な遺伝子挿入率を調べたところ、AAVでは5.69%もの高頻度でウイルスの遺伝子断片(特にITRと呼ばれる構造領域)がゲノムに組み込まれていることが判明しました。これに対し、LNPでは外来導入遺伝子の断片組み込みはほぼ完全にゼロ(検出限界以下)であり、安全面での優位性が確認されました。
Fig. 1 マウス骨格筋においてLNPは二回投与でも効率が落ちず、配列挿入も少ない
2)13種類のコンピュータ予測ツールの比較と試験管内実験によるベンチマーク
次に、オフターゲット変異を予測する13種類のソフトウェアの性能を、実際の試験管内でのDNA切断実験データ(CIRCLE-seq)を基準として横断的に評価しました。その結果、各ツールが算出する予測スコアと実際の切断活性との相関は極めて限定的であることが分かりました。医療応用においては、真のオフターゲット変異を「見落とさないこと(高感度)」が最優先されるため、研究グループは感度が最も高く、多様な条件で網羅的に探索できるソフトウェアとして「Cas-OFFinder」を選定しました(Fig. 2)。しかし、これらのコンピュータ予測だけでは非常に多くの偽陽性(実際には変異が起きない場所)が含まれるため、実験データとの統合が必須であることも浮き彫りとなりました。
Fig. 2 オフターゲット予測ツールの『感度(Sensitivity)』と
『精度(Precision)』のバランスを比較評価
3)正常ヒトiPS細胞を用いた「欠失挿入クラスター法」による全ゲノム変異解析
実際の人間と同じ正常なDNA修復機構を持つ評価モデルとして、健康なドナーから樹立された2系統のヒトiPS細胞(1383D2、1383D6)を使用しました。LNPを高用量で投与し、ほぼ飽和状態までゲノム編集を誘導した上で、超高深度での全ゲノムシーケンス解析を行いました。ゲノムシーケンスデータの解析においては、培養中に自然発生する新規変異やDNA配列の機械読み取りエラーと、ゲノム編集によって生じた変異を区別することが一般的には困難です。そこで研究グループは、ゲノム編集による変異は同一箇所で多様な長さの挿入・欠失(インデル)が密集するという特徴に着目し、複数の変異パターンが集積した領域を特定する「欠失挿入クラスター法」を独自に開発しました(Fig. 3)。これにより、ノイズを排除してゲノム編集由来の変異を捉えることに成功しました。
Fig. 3 DNAシーケンスデータから欠失挿入クラスターを見つけ出す仕組み
4)3つのデータを統合した「多階層リスク評価」により高信頼性の11箇所を同定
最終的に、①コンピュータ予測(Cas-OFFinder)、②試験管内での切断活性(CIRCLE-seq)、③iPS細胞内での全ゲノム解析(WGS欠失挿入クラスター)の3つの異なる階層のデータを統合しました。その結果、ゲノム全体からわずか11箇所の高信頼性オフターゲット候補サイトを絞り込むことに成功しました。さらに詳細なリスク評価(アノテーション)を行ったところ、4箇所が遺伝子またはノンコーディングRNA領域に重複していました。この11箇所についてPCRで増幅し、7-12万回以上という深さでDNA配列を高感度に解析した所、ほとんどの候補部位では細胞の種類によって変異の程度が異なりましたが、9番染色体上の遺伝子ではない1か所では比較的高い頻度で変異が確認されました。一方で、似た配列を持つ別の候補部位では高頻度の変異は見られませんでした。
本研究は、遺伝子を書き換えるDNAを一切持ち込まないLNPデリバリーが、従来のAAVウイルスベクターに比べて生体内での遺伝子挿入リスクを低減できることを示しました。また、コンピュータ予測、生化学的解析、正常細胞の全ゲノム解析を組み合わせることで、オフターゲットリスクを1塩基レベルで徹底的に洗い出す安全評価法を確立しました。
この成果は、ゲノム編集治療薬の臨床開発における安全性評価方法の策定に大きく貢献します。さらに、筋ジストロフィーにとどまらず、様々な遺伝性疾患に対する生体内(in vivo)ゲノム編集治療や、iPS細胞を用いた再生医療製品の製造におけるゲノム編集安全性の担保など、次世代の医療技術を社会へ安全に届けるための不可欠な基盤プラットフォームとして広く展開されることが期待されます。
- 論文名
Comprehensive assessment of on- and off-target mutagenesis via lipid nanoparticle delivery of CRISPR-Cas9 genome editing - ジャーナル名
Molecular Therapy Nucleic Acids - 著者
Youichi Naoe1,2, Naoko Fujimoto1,2, Yukimasa Makita2,3, Dongyang Li1,2, Naoto Inukai2,3, and Akitsu Hotta1,2 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
- 武田薬品工業株式会社
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業
- タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 医療分野研究成果展開事業
DMDに対するナノDDSを用いたゲノム編集治療法の開発(JP19im0210115)- スマートバイオ創薬等研究支援事業
核酸編集ツール送達による希少難治性遺伝性疾患治療法開発(JP24am0521006)- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
人工ナノ粒子放出型細胞による次世代の細胞遺伝子治療プラットフォーム開発(JP22bm1123006)
再生・細胞医療・遺伝子治療研究中核拠点(JP23bm1323001)
注1)脂質ナノ粒子(LNP)
RNAなどを体内の細胞へ送り届けるために用いられる、脂質で作られた直径0.1μm以下の微小なカプセルです。DNAを含まないため、不要なDNA断片が宿主のゲノムに組み込まれるリスクを排除でき、タンパク質も含まないため、免疫拒絶も起こしにくく、ウイルスベクターよりも安全な配送技術として注目されています。
注2)オフターゲット変異
ゲノム編集において、本来狙った標的配列(オンターゲット)とは異なる、類似した別のゲノム配列を誤って切断・改変してしまう現象です。予期せぬ遺伝子破壊やがん化のリスクを伴うため、治療応用においてはこれを極限まで抑制し、正確に評価することが不可欠です。
注3)CIRCLE-seq
試験管内でゲノムDNAとゲノム編集酵素を混ぜ合わせ、実際にどの配列が切断されるかを網羅的かつ超高感度に探索する実験手法です。コンピュータ予測のばらつきを補い、実際に切断が起こりうる候補地を物理的に洗い出すことができます。
注4)欠失挿入クラスター法
ゲノム編集の切断跡に生じる塩基の挿入(insertion)や欠失(deletion)の混在(indel)に着目し、同じ場所に多様な変異パターンが密集している領域を検出する、本研究独自の解析手法です。これにより、全ゲノム解析における配列読み取りエラーなどのノイズを効果的に排除できます。
注5)全ゲノムシーケンス(WGS)
細胞が持つすべてのゲノム配列(全遺伝情報)を網羅的に解読する最先端の解析技術です。本研究では、培養中の自然発生的な変異を含んだ膨大なデータから、ゲノム編集によって生じた極めて微細な変化をくまなく検出するために活用されました。
