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2026年7月13日

ヒトiPS細胞由来心筋細胞の増殖と成熟を制御する分子スイッチ「PRDM16」の役割を解明

ポイント

  1. ヒトiPS細胞由来心筋細胞(hiPSC-CMs)の増殖と成熟のバランスを制御する重要な因子として「PRDM16」を同定した。
  2. PRDM16は、細胞周期を駆動する中心因子であるCDK1およびリン酸化AKT(phospho-AKT)の機能を抑制することで、心筋細胞の増殖を抑え、筋収縮のための構造と代謝に関する成熟を誘導するスイッチとして機能することを示した。
  3. PRDM16の発現制御により、心筋細胞を「増殖させる段階」から「成熟した状態」へと移行できる可能性を示し、将来の心臓再生医療や人工心臓モデルの作製に貢献する成果を得た。
1. 要旨

 谷奏慧研究員、吉田善紀准教授CiRA臨床応用研究部門)、Antonio Lucena-Cacace准教授(大阪大学)らは、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた解析により転写因子PRDM16が心筋細胞の増殖と成熟のバランスを制御する因子であることを明らかにしました。

 心筋細胞における「増殖能の停止」と「成熟した機能の獲得」がどのように制御されているかの解明は、心血管研究における極めて重要な課題です。

 本研究では、PRDM16を低下させると心筋細胞が再び増殖能を獲得する一方で、成熟が阻害されることが分かりました。また、PRDM16を増加させると、細胞周期注1)が抑制され、成熟心筋細胞にみられる、筋収縮のための構造の形成や代謝の変化、収縮機能の獲得などが促進されました。

 成熟した心筋組織の作製や将来の心臓再生医療に向けて、PRDM16が新たな分子標的となることが示唆されます。

 本研究成果は、2026年7月9日に科学誌「Stem Cell Reports」にオンライン公開されました。

本研究の概要

2. 研究の背景

 iPS細胞から作製した心筋細胞は、心疾患に対する再生医療や新しい治療薬の開発における病態モデルおよび毒性評価ツールとして大きな期待を集めています。しかし、試験管内で作製された心筋細胞は生体の成人のものに比べて胎児に近い未成熟な状態にとどまることが多く、これが実用化における大きな障壁となっています。

 これまでにも、培養液の工夫や電気刺激、ホルモン処理など様々な成熟化のアプローチが試みられてきましたが、細胞の収縮に必要なサルコメア注2)構造の構築とミトコンドリアによるエネルギー代謝に関する成熟を制御する分子メカニズムの全貌は未解明でした。研究グループは、心臓発達期において重要な役割を持つ転写因子「PRDM16」に着目し、ヒトiPS細胞由来心筋細胞における機能解析を進めました。

3. 研究結果

1)細胞周期の動態に連動するPRDM16の発現変動
 FUCCI(Fluorescent Ubiquitination-based Cell Cycle Indicator)注3)(図1A)を導入したヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた解析により、PRDM16の発現は細胞周期と連動して変動することが判明しました。

 FUCCIが緑色に光る細胞群(F-Green)はDNA合成、分裂期(S/G2/M期)にあり、PRDM16の発現量が有意に低下していました。同時に、細胞周期の進行に必須の因子群(CDK1, CDK4, PLK1, PCNA)の発現上昇が確認されました。また、赤色に光る細胞群(F-Red)では細胞周期を離脱した休止期(G1/G0期)にあり、PRDM16の発現量が顕著に上昇しました(図1B)。

 PRDM16の発現が低い増殖期の細胞群(F-Green)では、成熟した心筋に必要な収縮装置(サルコメア)の部品をつくる遺伝子(MYL2, MYH7, TNNI3 )や、成熟の目印となる遺伝子(HOPX )の発現が、休止期の細胞(F-Red)に比べて約半分以下にまで低下しました(図1D, E)。

 この結果は、PRDM16の発現上昇が心筋細胞の「増殖停止」および「成熟プログラムの始動」と密接に同調していることを示唆します。

図1. 細胞周期の違いによる心筋細胞の遺伝子発現パターンの変化

A:FUCCI (Fluorescent Ubiquitination-based Cell Cycle Indicator)の概要図

B:細胞周期によるPRDM16 遺伝子の発現変動

C:細胞周期関連遺伝子の発現プロファイル

D:増殖期における心筋特異的遺伝子発現

E:細胞周期によるHOPX 遺伝子の変動

2)PRDM16ノックダウン(機能抑制)による増殖の再活性化と成熟の阻害
 RDM16が心筋細胞の増殖と成熟を直接制御しているかを検証するため、siRNA注4)を用いてPRDM16の発現を抑制する実験を行いました。通常、成熟促進因子として知られるmTOR阻害剤(Torin1)を添加すると、心筋細胞は強制的に細胞周期を離脱し、休止期(G0期)の割合が増加して成熟が進みます。しかし、PRDM16をノックダウンした細胞ではこの成熟プロセスが著しく阻害され(図2A)、Torin1の存在下であっても、増殖期の細胞(F-Green)の割合が高水準に維持され、細胞が休止期を強制的に離脱して細胞周期に再進入することが明らかになりました。

 さらに、増殖マーカー(MKI67)や有糸分裂マーカー(AURKB)陽性細胞が増加し(図2B)、細胞の分裂・増殖能が再活性化されることが実証されました。

 タンパク質レベルの解析から、PRDM16の欠損によって細胞周期を駆動するCDK1、CDK4注5)、および生存と成長に関わるリン酸化AKT(pAKT)注6)が有意に上昇し、Torin1による抑制効果を無効にすることを明らかにしました(図2C)。

 生きた細胞のエネルギー代謝をリアルタイムかつ非侵襲的に測定できるフラックスアナライザーを用いてミトコンドリア酸素消費レート(OCR)を測定したところ、PRDM16ノックダウン細胞ではTorin1による最大呼吸能の向上が見られませんでした。また、3次元立体心臓組織(EHT)注7)を用いた機能評価では、PRDM16が低下した心筋組織はTorin1の刺激を受けても十分な収縮力を発達させることができず、成熟した心筋に特有のタンパク質への切り替わり(TNNI1→TNNI3、MYH6→MYH7、MYL7→MYL2)も進みませんでした。

図2. PRDM16抑制による心筋細胞周期の進行とその分子メカニズム

A:フローサイトメトリーによる細胞周期の解析

B:免疫染色による分裂期心筋細胞およびAURKB陽性心筋細胞の定量評価。cTNT(赤)は心筋細胞、Hoechst(青)は核、AURKB(白、矢印)は有糸分裂をそれぞれ示す

C:ウェスタンブロッティングによる細胞周期、シグナルタンパク質の変動解析

3)PRDM16過剰発現による構造および機能に関する成熟の誘導
 PRDM16の発現を高めるため、レンチウイルスを用いて過剰発現を誘導しその影響を観察しました。PRDM16を過剰発現させた心筋細胞では、個々の細胞サイズが有意に拡大しました。(図3A)これは生体における出生後の心筋成熟に見られる重要な特徴と一致します。

 過剰発現した細胞では、成熟型心筋特異的なトロポニンアイソフォームであるTNNI3タンパク質の発現が増加しました(図3B)。さらに、ミトコンドリアの酸化代謝(酸化的リン酸化/ OXPHOS)注8)に関わるタンパク質複合体(Complex II, III, V)の発現が増強され、エネルギー代謝環境が成人の心筋に近い状態へと最適化されました。これに伴い、3次元立体心臓組織の評価において、自発的な拍動の頻度が低下し(図3C)、より成熟した心筋に近い性質(不整脈の起きにくさにつながりうる特徴)を示しました。

図3. PRDM16過剰発現による心筋細胞の成熟化促進とその影響

A:PRDM16過剰発現に伴う心筋細胞面積の変化

B:免疫染色による成熟心筋マーカー(TNNI3)の発現の評価

C:3次元人工心臓組織(hiPSC-EHT)における自律拍動数の変化

4. まとめ

 本研究は、ヒトiPS細胞由来心筋細胞において、転写因子PRDM16が細胞周期の進行を抑える分子メカニズムを担うことを明らかにしました。成体の心筋細胞は分裂をほぼ停止しており再生しにくいため、この仕組みの理解は再生医療の課題に直結します。

 PRDM16の発現を制御することにより、抑制されていた細胞周期の進行を誘導し、CDK1/4の発現上昇やAKT/mTORシグナル経路の活性化を伴う具体的な細胞分裂プロセスが駆動されることを見出しました。本成果は、ヒト心筋細胞がどのように増殖から成熟へと移行するかという運命決定メカニズムの一端を新たに解明したものであり、心臓生物学における従来の知見を進めるものです。

 本研究で特定されたシグナル経路の制御と最適化は、今後、より安全な心臓再生医療戦略の基盤技術開発へとつながるだけでなく、創薬や疾患モデルにおける「より高品質で機能的な人工心臓組織」の構築に大きく貢献することが期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    PRDM16 Modulates Aspects of Cell-Cycle Dynamics and Maturation in Human iPSC-Derived Cardiomyocytes
  2. ジャーナル名
    Stem Cell Reports
  3. 著者
    Kanae Tani1, Yasuko Matsumura1, Misato Nishikawa1, Megumi Narita1, Amanda Putri Elvandari1,
    Antonio Lucena-Cacace1,2,*, Yoshinori Yoshida1,*
    *:責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRiMe)
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. Leducq Foundation(18CVD05)
  2. 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(22K16137, 24K11267, 21H02912)
  3. 日本医療研究開発機構(AMED)

    - 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
    「再生医療用iPS細胞ストック開発拠点」
    「iPS細胞を用いたサブタイプ別心筋組織構築による心疾患研究」

    - 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
    「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」
    「心臓の病理を統合的に再現する領域特異的心筋組織モデルの構築」
    「心筋細胞と心外膜細胞を用いた心臓オルガノイドによる心筋組織再建治療の開発」

    - 医薬品等規制調和・評価研究事業
    「重篤副作用患者由来iPS細胞バンクの構築に向けたフィージビリティ研究」
    「ヒトiPS細胞技術とAI・機械学習を用いた統合的な抗がん剤心毒性評価法の開発と国際標準化」

    - 橋渡し研究プログラム
    「iPS細胞由来心筋細胞を用いた心筋再建治療法の創出」

  4. 科学技術振興機構(JST)

    - ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム(D-Global)(JPMJSF2323)

    - 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2110)

  5. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1)細胞周期
細胞が分裂して増殖する際の一連の過程(DNAの複製、細胞の分裂など)を適切にコントロールする仕組みのこと。成体の心筋細胞はこの制御によって細胞周期が強固に停止されているため、一度ダメージを受けるとほとんど再生しない。

注2)サルコメア
心筋や骨格筋が収縮するための最小単位となる構造。タンパク質が規則正しく整列してできており、この並びが整うほど心筋細胞は成熟し、力強く収縮できるようになる。

注3)FUCCI(Fluorescent Ubiquitination-based Cell Cycle Indicator)
細胞が「分裂の準備・分裂中」なのか「休んでいる(分裂していない)」のかを、細胞の色(蛍光)で見分けられるようにする目印の仕組み。緑色は分裂に向かう時期、赤色は休止期を示し、生きた細胞の状態をそのまま観察できる。

注4)siRNA(small interfering RNA)
細胞内で特定の遺伝子が働くのを防ぐために使われる、短い人工のRNAのこと。このRNAを細胞に入れると、狙った遺伝子のmRNAが壊され、その遺伝子から作られるタンパク質の量を減らすことができる。

注5)CDK1、CDK4
細胞分裂を前に進める「アクセル」役を担うタンパク質(酵素)。これらが働くと細胞は分裂へと進む。成熟した心筋細胞では通常は抑えられているが、増殖する細胞では活発になる。

注6)リン酸化AKT(p-AKT)
細胞の成長、増殖、そして代謝をコントロールする代表的な細胞内のシグナル伝達経路の上流ではたらく因子であり、mTORの活性化を誘導することが知られる。

注7)EHT(人工心臓組織)
iPS細胞から作った心筋細胞を集めて立体的に培養し、実際に拍動・収縮する小さな心臓組織を人工的に作製したもの。心筋の収縮力など、生体に近い機能を評価できる。

注8)酸化的リン酸化/OXPHOS
ミトコンドリアが酸素を使って効率よくエネルギー(ATP)を作り出す代謝の仕組み。成熟した心筋細胞は主にこの代謝でエネルギーをまかなう(未熟な細胞は糖を使う「解糖」に頼っている)。

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