ニュース・イベント
News & Events
ニュース・イベント
News & Events
ニュース
News
2026年9月3日
増幅可能な多能性幹細胞由来骨髄系細胞株からCARマクロファージ様細胞を作製
―腫瘍細胞への応答を捉え、投与後持続性を次課題として提示―
ポイント
- 継続的に増幅できる多能性幹細胞由来骨髄系細胞株(PSC-ML)を細胞供給源として、ドキシサイクリン誘導性の抗HER2 CARを備えたマクロファージ様細胞(ML-MP)を、2つのヒト多能性幹細胞株から作製しました。
- 試験管内で、ML-MPによるHER2陽性腫瘍細胞シグナルの低下と、腫瘍細胞を取り込む様子を確認しました。また、腫瘍細胞との接触に伴う転写応答と、CAR誘導条件下で相対的に強調される転写応答を区別して解析しました。
- マウスの皮下共移植アッセイでは、CAR非誘導群とCAR誘導群のいずれでも腫瘍シグナルが未処置群より低下し、CAR誘導群の生存期間が未処置群より延長しました。ただし、CAR誘導による上乗せ効果は明確には示されませんでした。また、マウスへ投与したML-MPのシグナルは7日目には検出できなくなり、細胞供給源の増幅可能性と分化後細胞の投与後持続性を別々に最適化する必要性が示されました。
渥美友哉大学院生(在籍当時)、丹羽明特定拠点講師、齋藤潤教授ら(いずれもCiRA臨床応用研究部門)の研究グループは、継続的に増幅できる多能性幹細胞注1)注1)多能性幹細胞(PSC)
自己複製能と、さまざまな細胞へ分化する能力を持つ細胞。人工多能性幹細胞(iPS細胞)と胚性幹細胞(ES細胞)を含みます。由来骨髄系細胞株(PSC-ML)注2)注2)PSC-ML
多能性幹細胞から作製した単球系細胞にBMI1、c-MYC、MDM2を導入して樹立した、継続的に増幅可能な骨髄系細胞株。本研究では、分化後マクロファージ様細胞を作るための供給源として用いました。を細胞供給源として、ドキシサイクリン(DOX)により抗HER2注3)注3)HER2
一部の乳がんや固形腫瘍で高く発現する細胞表面タンパク質。CARの標的として利用されています。キメラ抗原受容体(CAR)注4)注4)キメラ抗原受容体(CAR)
抗体に由来する標的認識部位と、細胞内へ情報を伝える領域を組み合わせた人工受容体。本研究ではHER2を認識するCARを用いました。の発現を誘導できるマクロファージ様細胞(ML-MP)注5)注5)ML-MP
PSC-MLから分化させたマクロファージ様細胞。本研究で試験管内およびマウスへの投与に用いた分化後細胞です。を作製しました。さらにML-MPについて、①試験管内での腫瘍細胞制御、②腫瘍細胞との接触およびCAR誘導に伴う遺伝子発現変化、③マウスへの投与後の細胞持続性、の3点を分けて評価しました。
細胞療法の開発では、同じ品質の細胞を安定して供給できることだけでなく、投与した細胞が生体内で十分な期間機能することが同様に重要です。PSC-MLは増幅と遺伝子改変に適した細胞供給源ですが、そこから分化させたML-MPにCARを組み込むことで腫瘍細胞に直接応答する細胞を作れるのか、また供給源の増幅可能性が分化後細胞の投与後持続性につながるのかは、十分に分かっていませんでした。
本研究では、ML-MPが試験管内でHER2陽性腫瘍細胞に対して制御能を有し、腫瘍細胞を取り込む様子を確認しました。RNAシーケンス解析注6)注6)トランスクリプトーム解析(RNAシーケンス解析)
細胞内で発現している多数のRNAを網羅的に測定し、細胞状態に関連する遺伝子発現パターンを調べる方法です。では、腫瘍細胞との接触に関連する炎症・移動・取り込みの遺伝子プログラムと、CAR誘導条件で相対的に強調される小胞輸送・リソソーム・タンパク質恒常性関連プログラムを捉えました。しかし、CARによる機能増強は腫瘍モデルによって異なりました。マウスの皮下共移植アッセイ注7)注7)皮下共移植アッセイ
腫瘍細胞とエフェクター細胞を同じ皮下部位へ同時に投与する実験。本研究では初期の細胞接触を評価しましたが、形成済み腫瘍への遊走・浸潤や治療効果を検証するモデルではありません。では、CARを誘導した細胞は未治療群と比べて有意に腫瘍増殖を抑制しましたが、CARを誘導しない細胞に対する明確な追加効果は確認されず、最終的にはすべてのマウスで腫瘍が進行し、死亡しました。また、マウスに投与したML-MPの生物発光シグナルを追跡したところ、3日目から大きく減少し、7日目には検出できなくなりました。
これらの成果は、PSC-MLを用いてCARマクロファージ様細胞を作製し、その機能と応答を評価できる基盤を示すとともに、分化後細胞の投与後の持続性が今後の重要な改良課題であることを明らかにするものです。本研究成果は、2026年8月5日に、国際細胞・遺伝子治療学会の学会誌である国際学術誌「Cytotherapy」にオンライン掲載されました。
マクロファージは、腫瘍組織へ入りこんで標的細胞を取り込み、サイトカインやケモカインを介して周囲の免疫環境を変化させる性質を持つため、CARを導入する新たな免疫細胞療法の候補として注目されています。しかし、患者さんの単球から個別に製造するマクロファージ製品は、出発細胞の個人差、製造期間、遺伝子改変の難しさなどの制約があります。
PSC-MLは、多能性幹細胞から作製した単球系細胞を継続的に増幅できるようにした骨髄系細胞株で、同一の細胞背景を保ちながら遺伝子改変を行える点が特長です。一方、PSC-MLから分化させたML-MPにCARを組み込んだとき、腫瘍細胞との接触下でどのような機能や遺伝子発現応答を示すのか、またPSC-MLが継続的に増幅できることが、分化後ML-MPの投与後持続性につながるのかは、十分に明らかになっていませんでした。そこで本研究では、「細胞供給源としての増幅可能性」と「分化後細胞の投与後持続性」を区別し、CAR導入ML-MPの試験管内機能、転写応答、生体内での短期挙動を多面的に評価しました(図1)。
図1 研究の概要
多能性幹細胞由来骨髄系細胞株(PSC-ML)から、抗HER2 CARを備えたマクロファージ様
細胞(ML-MP)を作製し、試験管内評価、RNAシーケンス解析、マウスでの評価を実施。
1)増幅可能なPSC-MLを基盤とする誘導性CARマクロファージ様細胞の作製
本研究では、ヒトiPS細胞株409B2およびヒトES細胞株KhES1に、ドキシサイクリン(DOX)の添加によって発現を誘導できる抗HER2 CAR遺伝子カセットを導入しました。これらの細胞を単球系へ分化させた後、熊本大学の千住覚先生らが2013年に報告された多能性幹細胞由来骨髄系細胞株の増幅法を基盤として、BMI1、c-MYC、MDM2を導入し、長期増幅可能な多能性幹細胞由来骨髄系細胞株(PSC-ML)を樹立しました。さらに、PSC-MLをマクロファージ様細胞(ML-MP)へ分化させました。その結果、ヒトiPS細胞株およびヒトES細胞株のいずれからも、マクロファージに特徴的な形態および細胞表面マーカーを示すML-MPを安定して作製することができました。
2)試験管内での腫瘍細胞制御と貪食の観察
HER2を導入した白血病細胞株K562とHER2陽性乳がん細胞株OCUB-Fにルシフェラーゼを発現させ、それぞれの細胞とML-MPを共培養しました。3日後、ルシフェラーゼ活性を指標として腫瘍細胞量を評価しました。いずれの多能性幹細胞株由来ML-MPでも、CAR発現条件では未処置の腫瘍細胞と比べてルシフェラーゼシグナルが低下し、測定可能な腫瘍細胞制御を示しました。ライブイメージングでは、ML-MPが腫瘍細胞を取り込む様子も観察されました(図2)。
図2 試験管内での腫瘍細胞応答
HER2陽性腫瘍細胞との共培養で、CAR発現下でのML-MPによる腫瘍細胞量の低下がみられ(上段)、ライブイメージングでは腫瘍細胞を取り込む様子を観察(下段)。
3)腫瘍細胞との接触とCAR誘導条件に関連する転写応答
ML-MP単独、CAR非誘導のML-MPとHER2陽性腫瘍細胞との共培養、CARを誘導したML-MPとHER2陽性腫瘍細胞との共培養の3条件でRNAシーケンスを行いました。腫瘍細胞との接触は、炎症シグナル、細胞移動、細胞接着、取り込みに関連する遺伝子群の変化と関連していました。一方、CAR誘導条件では、小胞輸送、リソソーム、酸性化、タンパク質恒常性に関連する遺伝子群が相対的に強調されました。これらの結果は、各経路の機能的活性化や腫瘍細胞制御の原因を直接証明するものではありませんが、腫瘍細胞との接触やCAR誘導条件に伴う遺伝子発現上の特徴を示しました(図3)。
図3 RNAシーケンス解析
上段:解析デザインと主成分解析、発現ヒートマップ。
下段:腫瘍細胞との接触やCAR誘導条件に関連するシグナルを経路解析で探索。
4)マウスへの投与後の腫瘍制御能と投与後持続性
免疫不全マウスを用いて腫瘍細胞とML-MPの共移植アッセイを行い、生体内における腫瘍制御能を評価しました。移植後21日目には、CAR非誘導群とCAR誘導群のいずれでも、腫瘍由来の生物発光シグナルがML-MP未処置群より有意に低くなり、ML-MP投与による腫瘍増殖抑制が認められました。一方、CAR誘導群とCAR非誘導群との間には有意差を認めず、CAR誘導による明確な上乗せ効果を統計学的に示すことはできませんでした。また、この腫瘍増殖抑制は長期的な腫瘍制御にはつながらず、最終的にはすべてのマウスで腫瘍が進行し、死亡しました。同時に、ルシフェラーゼ標識したML-MPのみを皮下投与し、生物発光イメージング注8)注8)生物発光イメージング
ルシフェラーゼを発現させた細胞に基質を投与し、発生する光を測定して、生体内の細胞量や局在を追跡する方法です。により追跡したところ、生物発光シグナルは3日目までに大きく低下し、7日目には検出できなくなりました(図4)。
図4 マウス生体内での腫瘍制御能と投与後持続性
上段:生体内での腫瘍抑制が観察され、CAR発現誘導時に最も長く生存。
下段:ルシフェラーゼ標識したML-MPの追跡では、シグナルは3日目までに大きく低下し、7日目には検出できなくなった。
本研究の意義は、増幅可能なPSC-MLをCAR改変可能な中間プラットフォームとして用い、そこから分化させたML-MPについて、①試験管内での腫瘍細胞制御機能、②腫瘍細胞接触時の転写応答、③生体内での腫瘍制御能と投与後の持続性を、一連の実験系で評価した点にあります。特に、同一の改変細胞背景でCAR非誘導条件とCAR誘導条件を比較することで、腫瘍細胞との接触そのものに伴う応答と、CAR誘導によって変化する応答を分けて捉えました。
この成果は、PSC-MLが、増幅と遺伝子改変に適した標準化可能な細胞供給源となり得ることを支持します。一方、分化後ML-MPは試験管内だけでなく生体内でも一定の腫瘍増殖抑制を示したものの、その効果は長期的な腫瘍制御にはつながらず、投与されたML-MP自体も短期間で減少しました。すなわち、安定した細胞供給を実現する技術と、分化後細胞を生体内で長く維持し、十分な抗腫瘍機能を発揮させる技術は、別々に最適化する必要があります。本研究は、ML-MP技術に基づくCARマクロファージ様細胞の治療応用に向けて、今後改良すべき要素を明確にしました。
今後は、ML-MPの生存を支える仕組み、投与部位での保持、腫瘍微小環境による抑制への耐性、CAR発現の誘導・維持、投与経路などを個別に検討する必要があります。サイトカインによる生存支援、局所投与、腫瘍への移動・保持を高める改変、さらにCD47-SIRPα経路や免疫チェックポイント標的薬との併用、安全性を制御できる仕組みなどが候補となります。これらを組み合わせることで、増幅可能な細胞供給源の利点を、より持続的に機能する細胞製品へつなげることを目指します。
- 論文名
Evaluation of PSC-derived myeloid line-based CAR macrophage-like cells identifies limited in vivo persistence - ジャーナル名
Cytotherapy - 著者
Yuya Atsumi1,#, Akira Niwa1,#, Yohko Kitagawa1, Tatsuro Kumaki1, Shigeki Yagyu2,3, Yozo Nakazawa3,4, Megumu K. Saito1,*
# 共同筆頭著者
* 責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)臨床応用研究部門
- 京都府立医科大学大学院医学研究科
- 信州大学医学部 遺伝子・細胞治療先端研究センター(CARS)
- 信州大学医学部 小児医学教室
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
「再生医療用iPS細胞ストック開発拠点」
「疾患iPS細胞を活用した難治性血液・免疫疾患の病態解明と治療法開発」- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」 - テルモ生命科学振興財団
- iPS細胞研究基金
注1)多能性幹細胞(PSC)
自己複製能と、さまざまな細胞へ分化する能力を持つ細胞。人工多能性幹細胞(iPS細胞)と胚性幹細胞(ES細胞)を含みます。
注2)PSC-ML
多能性幹細胞から作製した単球系細胞にBMI1、c-MYC、MDM2を導入して樹立した、継続的に増幅可能な骨髄系細胞株。本研究では、分化後マクロファージ様細胞を作るための供給源として用いました。
注3)HER2
一部の乳がんや固形腫瘍で高く発現する細胞表面タンパク質。CARの標的として利用されています。
注4)キメラ抗原受容体(CAR)
抗体に由来する標的認識部位と、細胞内へ情報を伝える領域を組み合わせた人工受容体。本研究ではHER2を認識するCARを用いました。
注5)ML-MP
PSC-MLから分化させたマクロファージ様細胞。本研究で試験管内およびマウスへの投与に用いた分化後細胞です。
注6)トランスクリプトーム解析(RNAシーケンス解析)
細胞内で発現している多数のRNAを網羅的に測定し、細胞状態に関連する遺伝子発現パターンを調べる方法です。
注7)皮下共移植アッセイ
腫瘍細胞とエフェクター細胞を同じ皮下部位へ同時に投与する実験。本研究では初期の細胞接触を評価しましたが、形成済み腫瘍への遊走・浸潤や治療効果を検証するモデルではありません。
注8)生物発光イメージング
ルシフェラーゼを発現させた細胞に基質を投与し、発生する光を測定して、生体内の細胞量や局在を追跡する方法です。
※本研究は、京都大学iPS細胞研究所と、信州大学、京都府立医科大学の共同研究により実施されました。
