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―患者さん由来神経筋オルガノイドとマウスで効果―

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2026年9月18日

運動ニューロン疾患に対する塩基編集治療の可能性を実証
―患者さん由来神経筋オルガノイドとマウスで効果―

ポイント

  1. 近位筋優位型遺伝性運動感覚ニューロパチー(Hereditary motor and sensory neuropathy with proximal dominant involvement; HMSN-P)の原因となる遺伝子変異を一塩基単位で修正する塩基編集治療を開発し、HMSN-Pの病態を再現したマウスと、患者さん由来iPS細胞から作製した神経筋オルガノイドで有効性を調べた。
  2. HMSN-Pマウスでは、塩基編集により、運動機能の改善、運動神経軸索の減少抑制、生存期間の延長が認められた。
  3. 患者さん由来iPS細胞から作製した神経筋オルガノイドでは、塩基編集により、原因遺伝子から作られるタンパク質の異常な凝集と神経細胞死が減少した。
  4. 今後、HMSN-Pをはじめとした一塩基変異による遺伝性疾患の治療開発研究につながることが期待される。
1. 要旨

 今村恵子(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)、理化学研究所バイオリソースセンター(理研BRC))、和泉唯信(徳島大学大学院医歯薬学研究部)、西田敬二(神戸大学先端バイオ工学センター)、神里興太(琉球大学大学院医学研究科)、垣花学(同左)、日置寛之(順天堂大学大学院医学研究科)、Martin Marsala(カリフォルニア大学サンディエゴ校)、加藤友久(金沢医科大学総合医学研究所)、井上治久(CiRA、理研BRC)らの研究グループは、近位筋優位型遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)注1)注1)近位筋優位型遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)
TFG遺伝子の特定の変異(P285L変異)によって起こる希少な遺伝性神経疾患。成人期に発症し、主に肩や腰に近い筋肉から筋力低下が進み、感覚障害、嚥下障害、呼吸障害を伴うことがある。
の原因となる遺伝子変異を一塩基単位で修正する「塩基編集注2)注2)塩基編集
二重らせん構造のDNA鎖を構成する基本単位であり、遺伝情報の1文字に相当する「塩基」を、DNA鎖を切断することなく他の塩基へ変換することのできる技術。DNA鎖上の特定の部位にくっついて、DNA鎖を切断するゲノム編集の技術を改変して作られた方法。
」による治療法を開発し、その効果を調べました。

 HMSN-Pは、成人期に発症して手足の筋肉の力が徐々に低下する遺伝性の神経疾患です。特定の変異をもつTFG(TRK-fused gene)遺伝子注3)注3)TFG(TRK-fused gene)遺伝子
細胞内で小胞体からゴルジ体への物質輸送や、タンパク質の品質管理に関わる。HMSN-PではP285L変異をもつTFGタンパク質が凝集し、神経細胞に障害を与えると考えられている。
から作られる変異型のTFGタンパク質が運動ニューロン(運動神経細胞)注4)注4)運動ニューロン
脳や脊髄から筋肉へ運動の指令を伝える神経細胞。
や感覚ニューロン(感覚神経細胞)に溜まることが原因と考えられています。現在、病気の進行そのものを抑える治療法は確立していません。

 正常なTFG遺伝子(野生型)は、運動・感覚ニューロンで必要なため、研究グループは、DNAを切断せずに変異の修正が期待できるアデニン塩基編集技術を選定しました。さらに変異を修正する塩基編集システムをアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター注5)注5)AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクター
治療に必要な遺伝子を細胞へ届けるための運び屋として利用されるベクターの一種。人に病気を起こさないアデノ随伴ウイルスのDNA配列を元にしており、体内で増殖するリスクの極めて低い設計になっている。神経細胞など、分裂しない細胞へ効率よく遺伝子を導入できる特長がある。
に搭載し、HMSN-Pの病態を再現したモデルマウスの脊髄に投与しました。その結果、モデルマウスでみられた運動神経の軸索の減少が抑えられ、運動機能の改善と、生存期間の延長が確認されました。さらに、HMSN-Pの患者さん由来iPS細胞から作製した神経筋オルガノイド注6)注6)神経筋オルガノイド
iPS細胞などから作製する三次元の組織モデル(オルガノイド)のうち、神経・筋肉の特徴の一部を再現したもの。
に対して、同様に塩基編集システムを導入したところ、TFGタンパク質の異常な凝集と神経細胞死が減少しました。

 本研究は、HMSN-Pに対する塩基編集治療の有効性を動物モデルとヒト細胞由来モデルの双方で示した概念実証です。今後、安全性や投与法などをさらに検討する必要がありますが、塩基編集による治療は、HMSN-Pだけでなく、一塩基の変異が原因となるほかの遺伝性神経疾患への応用にも期待されます。

 この研究成果は、2026年9月4日に国際科学誌「Molecular Therapy Advances」にオンライン掲載されました。

2. 研究の背景

 近位筋優位型遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)のように運動ニューロンが徐々に失われる「運動ニューロン疾患」の一つとして知られています。運動ニューロン疾患の根本的な治療法は限られており、HMSN-Pの進行を抑える治療法は確立されていません。

 HMSN-Pでは、特定の部位の塩基が変異したTFG遺伝子により、もともとアミノ酸のロイシンだった部分がプロリンに置き換わった(P285L変異)TFGタンパク質が作られます。変異したTFGタンパク質は神経細胞内で凝集しやすくなり、細胞内のタンパク質品質管理などを障害すると考えられています。一方、正常な野生型TFGタンパク質は細胞内の物質輸送やタンパク質の恒常性維持に重要です。このため、問題となる変異型TFG遺伝子の働きを単純に抑えるだけでは、正常な働きまで損なう可能性があり、変異している一塩基だけを正確に修正する方法が望まれていました。

 ゲノム編集技術として知られるCRISPR-Cas9システムによる遺伝子の修正では、DNAの二本鎖を切断するため、意図しない挿入や欠失が生じる懸念があります。塩基編集は、CRISPR-Cas9システムを基盤に、DNA鎖を切断せずに特定の塩基を別の塩基へ変換できるように改変された技術です。本研究では、この技術を用いてHMSN-Pの原因変異を正常型へ修復する治療法の開発を行い、治療の可能性を検証しました。

3. 研究結果

1)患者さん由来iPS細胞で最適な塩基編集ベクターを選出
 変異型TFG遺伝子を修復するために、HMSN-P患者さんから作製したiPS細胞を用いて、塩基を変換する反応に必要な3種類のアデニン塩基編集酵素(ABE7、sABE7、ABE8e)の性能を比較しました。その結果、ABE8eが最も高い修正効率を示しました。解析した範囲では、設計上意図していない候補部位に問題となると考えられる明らかな編集は検出されませんでした。これらの結果から、ABE8eを用いた塩基編集システムを搭載したアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを構築しました。

図1 塩基編集の模式図

アデニン塩基編集酵素(右図:濃い青の部位)を用いて、変異部位の塩基をアデニン(A)からグアニン(G)に変換し修復する。

2)HMSN-Pモデルマウスで運動機能と生存期間が改善
 研究グループは、ヒトの変異型TFG遺伝子を発現し、加齢とともに筋力低下、脊髄の運動神経細胞の減少、神経軸索の変性を示すHMSN-Pモデルマウスを作製しました。

 3か月齢のモデルマウスの腰部脊髄に、軟膜下投与という方法で、塩基編集システムを搭載したアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを投与しました。

図2 脊髄軟膜下投与法によってAAVベクターが導入された神経細胞

緑色の蛍光タンパク質(EGFP)を搭載したAAVベクターをマウスの脊髄軟膜下に投与し、AAVベクターがどの程度、脊髄および神経根(脊髄と末梢の筋肉や感覚器をつなぐ神経線にの束)に導入され、機能するかを評価した。緑色の蛍光を示す細胞で、AAVベクターが導入され、遺伝子の発現が誘導されている。NFH:神経線維(ニューロフィラメント)染色

 治療群では、腰部の運動神経軸索の減少が抑えられ、運動機能の改善と生存期間の延長がみられました。また、HMSN-Pモデルマウスの脊髄でみられたアストロサイト注7)注7)アストロサイト
脳や脊髄に存在するグリア細胞の一種。神経細胞への栄養供給や神経伝達物質の調節などを通じて、神経細胞が働きやすい環境を保ちます。病気の際には活性化し、神経組織の保護や炎症反応に関わる。
ミクログリア注8)注8)ミクログリア
脳や脊髄に存在する免疫細胞。異物や損傷した細胞を取り除き、神経組織の環境を保つ役割があります。病気の際には活性化し、免疫反応や炎症反応に関わる。
の病的な活性化も、治療群ではみられず、改善が認められました。

図3 塩基編集AAVベクターによるHMSN-Pモデルマウスの軸索変性抑制効果

HMSN-Pモデルマウス(図中;Tg+vehicle)では、運動神経の軸索が変性する一方、AAVベクター投与により、その変性が抑制されました(図中;Tg+AAV)。NFH;神経線維(ニューロフィラメント)染色。Non-Tg;野生型マウス。

3)患者さん由来の神経筋オルガノイドで病的変化を軽減
 次に、HMSN-P患者さん由来iPS細胞から、神経細胞と筋細胞で構成される神経筋オルガノイドを作製しました。このオルガノイドでは、神経細胞内にTFGタンパク質の凝集が多くみられ、神経細胞死も増加していました。塩基編集治療用AAVベクターを添加したところ、神経細胞内のTFGタンパク質の凝集が減少し、神経細胞死も有意に抑制されました。このように、患者さん由来の細胞モデルでもHMSN-Pの病的変化の改善が示されました。

4. まとめ

 本研究では、HMSN-Pの原因となる一塩基変異を直接修正することで、変異型TFGタンパク質の有害な作用を減らしつつ、正常なTFGタンパク質の働きを保つことを目指しました。モデルマウスと、患者さんiPS細胞から作製した神経筋オルガノイドの双方で治療効果が得られ、塩基編集が遺伝性運動ニューロン疾患の新しい治療戦略となり得ることが示されました。

 ただし、本研究は動物モデルや培養細胞モデルを利用した基礎研究段階であり、現時点で患者さんに使用できる治療法ではありません。臨床応用に向けては、さまざまな安全性評価やさらなる研究開発、長期的な効果と副作用の検証が必要となります。

 これらの課題を一つずつ解決することで、HMSN-Pの治療開発に加え、ALSを含めた、一塩基変異が原因となる他の遺伝性神経疾患の治療開発研究にも役立つことが期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Base editing rescues a hereditary motor neuron disease in mouse and patient-derived iPSC organoid models
  2. ジャーナル名
    Molecular Therapy Advances
  3. 著者
    Keiko Imamura1,2,3, Shin Yoshioka4, Kota Kamizato5, Ryosuke Oki6, Hiroyuki Hioki7, Kayoko Tsukita1,2, Ikuyo Inoue1,3, Rina Shimizu1,3, Mako Takiguchi1,3, Tomoki Sakasai1, Aya Okusa1, Ran Shibukawa2, Takeshi Niki1,2, Satoko Sakurai1, Taro Okunomiya1,2, Takayuki Kondo1,2,3, Tomohisa Kato Jr8,9, Atsushi Miyanohara10, Manabu Kakinohana5, Takuya Yamamoto1,3,11, Martin Marsala10, Keiji Nishida4,12, Yuishin Izumi6,*,
    Haruhisa Inoue1,2,3,*
    *:共同責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 理化学研究所 バイオリソース研究センター(BRC)iPS創薬基盤開発チーム
    3. 理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIP)iPS細胞連携医学的リスク回避チーム
    4. 神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科
    5. 琉球大学 大学院医学研究科 麻酔科学講座
    6. 徳島大学 大学院医歯薬学研究部 医学域 医科学部門 臨床神経科学分野
    7. 順天堂大学大学院 医学研究科 脳回路形態学
    8. 金沢医科大学 総合医学研究所 先端医療研究領域 iPS細胞応用医学研究分野
    9. 金沢医科大学病院 再生医療センター
    10. カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)
    11. 京都大学 高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
    12. 神戸大学先端バイオ工学研究センター
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本医療研究開発機構(AMED)

    - 再生医療等実用化研究事業
    「近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチーに対する遺伝子治療開発に向けた非臨床試験」

    - 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
    「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」
    「SOD1変異ALSに対する遺伝子編集治療法の開発」
    「機能性オルガノイドを用いた運動ニューロン疾患遺伝子治療薬スクリーニング系の確立」
    「レジストリ連携による神経変性疾患iPS細胞コホートの構築と整備」

    - 難治性疾患実用化研究事業
    「筋萎縮性側索硬化症(ALS)に対する遺伝子治療法の開発」
    「トライアルレディコホート構築に向けた近位筋優位遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)のレジストリ研究」

    - 脳とこころの研究推進プログラム
    「マルチスケール構造情報を繋ぐ順行性CLEMウイルスベクター技術群の開発」

  2. 日本学術振興会

    - 再生医療と遺伝子治療の融合による革新的治療の創出に向けた国際共同研究の推進

  3. 公益財団法人上廣倫理財団
  4. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1)近位筋優位型遺伝性運動感覚ニューロパチー(HMSN-P)
TFG遺伝子の特定の変異(P285L変異)によって起こる希少な遺伝性神経疾患。成人期に発症し、主に肩や腰に近い筋肉から筋力低下が進み、感覚障害、嚥下障害、呼吸障害を伴うことがある。

注2)塩基編集
二重らせん構造のDNA鎖を構成する基本単位であり、遺伝情報の1文字に相当する「塩基」を、DNA鎖を切断することなく他の塩基へ変換することのできる技術。DNA鎖上の特定の部位にくっついて、DNA鎖を切断するゲノム編集の技術を改変して作られた方法。

注3)TFG(TRK-fused gene)遺伝子
細胞内で小胞体からゴルジ体への物質輸送や、タンパク質の品質管理に関わる。HMSN-PではP285L変異をもつTFGタンパク質が凝集し、神経細胞に障害を与えると考えられている。

注4)運動ニューロン
脳や脊髄から筋肉へ運動の指令を伝える神経細胞。

注5)AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクター
治療に必要な遺伝子を細胞へ届けるための運び屋として利用されるベクターの一種。人に病気を起こさないアデノ随伴ウイルスのDNA配列を元にしており、体内で増殖するリスクの極めて低い設計になっている。神経細胞など、分裂しない細胞へ効率よく遺伝子を導入できる特長がある。

注6)神経筋オルガノイド
iPS細胞などから作製する三次元の組織モデル(オルガノイド)のうち、神経・筋肉の特徴の一部を再現したもの。

注7)アストロサイト
脳や脊髄に存在するグリア細胞の一種。神経細胞への栄養供給や神経伝達物質の調節などを通じて、神経細胞が働きやすい環境を保ちます。病気の際には活性化し、神経組織の保護や炎症反応に関わる。

注8)ミクログリア
脳や脊髄に存在する免疫細胞。異物や損傷した細胞を取り除き、神経組織の環境を保つ役割があります。病気の際には活性化し、免疫反応や炎症反応に関わる。

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