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Ethics
2025年10月24日
あんぱんのグローバル化と科学の文化的側面
京都に来て2年目、よく外国人観光客の方に話しかけられます。
道案内の質問はもちろん、先日はスーパーで大好きなあんぱんを眺めていたら、横からラテン訛りの英語で「それどんな味?」と興味津々顔の青年が。
思わず「最高だよ」と即答しかけたのですが、ふとどこかの国では「甘い豆」という発想自体が受け入れられないという話が頭をよぎり、ハッと思い留まります。まさに異文化コミュニケーション。
さて、iPS細胞研究をはじめ最先端の医科学研究には、文化の違いなんて関係ない…と思われるかもしれませんが、あながちそうとは言い切れません。具体的には「社会としてその新しい技術を使って良いのか」という議論でそれは顕在化します。
今から10年前、「ゲノム編集」という技術でヒトの受精卵のDNA情報を改変することについて国際的な議論の場が開かれました。この時、ある国の研究者は遺伝疾患の治療を念頭に「我が国では喜んで受け入れるだろう」と語り、別の国の研究者は「倫理的に許されない」と訴えるなど、国や文化の間で技術に対する姿勢の違いが浮き彫りになりました。
それから3年後の中国にて、ゲノム編集でDNA情報を改変した赤ちゃんが世界で初めて誕生した時には、世界中から非難が殺到しました。しかし英国はそれより前に、ミトコンドリアという細胞のパーツの不調(ミトコンドリア病)が子に遺伝するのを防ぐ目的で、同じく受精卵を操作し、ミトコンドリアをDNAごと取り替える「ミトコンドリア置換」という技術を合法化しています。つい先日の報告によれば、既に同国内でこの技術を施された8人の赤ちゃんが誕生しているとのこと。何がこの温度差を生むのでしょう。
前出の「新しい技術を使って良いのか」という問いには、技術の安全性だけでなく、その技術を社会の中に受け入れる上での倫理的・法的・社会的な課題が関わります。それは教科書のように「正しい答え」が予め用意してある訳ではなく、「正しさ」自体も、文化を含む様々な要因によって異なります。ただ、グローバル化の進む今日の社会では「よそはよそ、うちはうち」とバラバラになるのも問題だし、特定の文化規範の前提や、専門家の見解だけで統一ルールを作るのも考えものです。様々な立場の人が見解を共有し、みんなが納得できる在り方へと繋げるべく、新たなコミュニケーションの方策を検討していかなければいけません。
ということで、「甘く煮た豆が入っていて、自分は好きだけど、日本独特かも」と拙い英語で説明してみたところ、彼は「うちの国にも似たものがあるよ。じゃ美味そうだしこれにする!ありがとう!」とあんぱん片手にレジに歩いて行きました。
なんと、あんぱんは既にグローバルな存在なのかもしれない。だとしたら、苦手な人はどんなところが苦手なのだろう?あんぱんは様々な価値観にどう応え、世界に何をもたらすことが出来るのだろう?文化を越えつつ文化を大事にする、新たなコミュニケーションに向けた模索はまだまだ続きます。
黒ごまトッピングは粒餡、
白ごま(ケシ)はこし餡。
「つぶこし論争」に配慮した
コミュニケーションが伺えます。
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この記事を書いた人:久保田 唯史
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)上廣倫理研究部門 特定研究員
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この記事を書いた人:久保田 唯史
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
上廣倫理研究部門 特定研究員
