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2026年2月9日
腎臓病治療に新たな道をつくるベンチャーの挑戦
ニュースレターの特集では、ベンチャー企業を設立したCiRA教員3名に起業の背景や直面した課題、そして今後の展望について話を聞きました。また、京都大学イノベーションキャピタル株式会社(京都iCAP)で投資や事業企画を担う執行役員に京大発ベンチャーの特徴などについてお話を伺いました。全4回の第1回は、CiRAの長船健二教授です。
長船 健二 教授
リジェネフロ株式会社 取締役(※)・
最高科学顧問
なぜベンチャーを立ち上げたのですか?
私は腎臓専門の内科医でして、腎臓を悪くして大変な思いをしている患者さんを数多く診療してきました。そういう経緯があり、腎臓を再生させて患者さんを助けたいと思い、2000年から研究を始めたのです。現在、iPS細胞を使った腎臓病治療の研究を進めているのですが、腎臓は難しい臓器で、治療法の開発には非常に時間がかかります。一般的な競争的研究費だけでは、臨床試験まで到達することはほぼ不可能です。
実は2009年から6年間、日本の大手製薬企業と共同研究を進め、腎臓病に対する細胞療法開発で良いデータも出ていました。しかし、製薬企業は数年で製品化が見える技術以外には投資しにくく、途中で中止になってしまったんです。その時に周囲から「ベンチャーを作ったらどうか」と背中を押されました。それに、企業との共同研究だと確実なことしかできず、自分がやりたいチャレンジングなことや大きなことはなかなかできません。「自分が臨床へ届ける道をつくらないといけない」と感じ、リジェネフロ株式会社を設立しました。
どのようにベンチャーを立ち上げたのでしょうか?
まずは、京都大学のスタートアップ支援としてインキュベーションプログラムに応募し、採択されたところからスタートしました。同時に、社長探しも重要でした。知り合いから、かつて外資系大手製薬企業に務めていた方を紹介していただき、その方に腎臓病の新しい治療法をつくるベンチャーの構想をお話ししたところ、「ぜひ一緒にやりたい」と言ってくださいました。その方と、月1回のミーティングを重ねながら、事業計画、必要な人材、資金調達の戦略について話し合い、ベンチャー立ち上げの準備をしていきました。
会社を設立したのは2019年です。設立後は週3回ほど東京に通い、1日に4~5社回りました。ほぼすべてのベンチャーキャピタルと面談したと思います。また、企業のコーポレートベンチャーキャピタルも回り、事業計画を説明し続けました。その結果、国内の投資家から必要な資金を集めることができ、ベンチャーとしての開発体制を整えることができました。
どういう技術を社会実装しようとしているのでしょうか?
私たちは、iPS細胞技術を活用し、複数の難治性疾患に対する新たな治療法の実現を目指しています。
まず我々が開発した技術である、ヒトiPS細胞から腎臓のもとになるネフロン前駆細胞を効率よく作製し、移植するといった腎臓病に対する細胞療法の実用化を目指しています。この細胞には腎臓を保護する働きなどがあり、マウスの腎臓被膜下に投与すると、腎臓の機能低下を抑えられるということが分かっています。1回投与すれば、少なくとも数年は透析への移行を抑制できると想定しています。我々の細胞療法は一般的な細胞療法と比較してコストを低く提供できるため、透析療法よりも医療経済的な負担を大きく和らげることが期待されます。国内に約2,000万人いるといわれる慢性腎臓病(CKD)患者に対し、人工透析や腎移植に依存しない新たな治療選択肢を提供することを目指しています。また、常染色体顕性多発性嚢胞腎(ADPKD)の新規治療薬候補の同定にも成功しており、2024年4月には臨床試験を開始しました。
さらに、iPS細胞から作製した膵臓細胞を用いた糖尿病の新規治療法(細胞療法・治療薬)の開発にも取り組んでいます。また、移植用肝細胞や肝組織をiPS細胞から作製し、肝硬変をはじめとする難治性肝疾患に対する再生医療技術の実用化も目指しています。これと並行して、代謝機能異常関連脂肪肝炎(MASH)の治療薬開発も進めています。
最終的なゴールは、移植用の腎臓・膵臓・肝臓そのものをiPS細胞から作り出すことです。
ベンチャーでの役割を教えてください。
私は、取締役兼最高科学顧問をしています。月1回の取締役会、月2回の研究開発の進捗共有ミーティングなどに参加し、研究と臨床応用について意見を述べています。経営の意思決定は、社長や経営チームに任せるようにしています。
研究とベンチャー業務の両立・難しさ・やりがいを教えてください。
京都大学の規程に則って(※)、月に数時間ベンチャーの業務をしています。あくまでも、研究をおろそかにしない範囲です。一番大事なことは利益相反に気を付けるということです。大学で自身の研究成果が出た時に、それを自身のベンチャーだけに教えたりすることは決してしてはいけません。大学の教員とベンチャーの取締役という両方の立場がありますので、きちんと切り分けるようにしています。出張一つをとっても、「大学教員として行くのか」「ベンチャーの役員として行くのか」を明確に分けています。そのあたりは非常に気を付けています。
やりがいは、ベンチャーですと、自分たちの研究を、実際に患者さんに届くところまで自分の手で前に進められることです。製薬企業との共同研究では、どうしても企業側が興味を持つテーマに制限されがちですが、ベンチャーでは自分たちが本当にやりたいテーマにも取り組めます。そこに、大きなやりがいを感じています。
リジェネフロ株式会社の培養室(京都市)
ベンチャーを立ち上げるとき、立ち上げてからの苦労を教えてください。
再生医療は臨床試験だけでも大規模な費用かかることが多く、資金調達のハードルが非常に高いです。さらに、投資のトレンドは国や時期で大きく変わります。今のアメリカでは細胞療法への投資人気が低迷してきており、資金を集めにくい状況です。一方、日本では再生医療が比較的注目されていますが、それでも目利きが難しい領域なので、投資家が慎重になりがちです。
ベンチャーキャピタルから投資を受けているため、設けられている期限内には成果を示したいと考えています。2019年に会社をスタートしたため、2029年頃までには臨床試験の一部を開始し、良いデータを出し、大手企業に引き継ぐ流れを作る必要があります。時間が非常にタイトなこともプレッシャーです。
今後どのようなことを実現したいですか?
目指していることは、「腎不全、糖尿病、肝硬変など治らなかった病気に治療の選択肢を提供すること」、そして「治療コストを下げ、社会全体の医療負担を減らすこと」です。
腎臓病になっても透析に至らなければ医療費は大きく減りますし、患者さんが普通に働けるようになることで社会全体が豊かになることに貢献したいです。新しい治療法を日本から世界へ輸出し、日本の社会を豊かにすることにも貢献したいと考えています。直近の目標としては、2027年には腎臓病に対する細胞療法の臨床試験を始めることを目指しています。
一般の薬でも開発には20年以上かかります。細胞療法はさらに複雑で、品質と安全性を担保する作業が必要ですし規制も厳しいです。一般の皆さまには「iPS細胞研究に、長い目で興味と関心を持ち続けていただきたい」とお伝えしたいです。
(※)「国立大学法人京都大学に勤務する教職員の兼業に関する指針」により、教員は大学の審査を受けた上で、自らの研究成果を活用した企業の取締役等の役員を兼ねることができる。ただし、兼業に従事する時間が、1週間あたり8時間以内と定められている。
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取材・執筆した人:三宅 陽子
京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 国際広報室 サイエンスコミュニケーター
