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2026年2月16日
膝軟骨再生医療を社会実装するベンチャー
池谷 真 准教授
株式会社Arktus Therapeutics 社外取締役(※)
なぜベンチャーを立ち上げたのですか?
私たちの研究室では、iPS細胞から神経堤細胞注1)を経て作製した間葉系幹細胞(iMSC)注2)を用いて、高品質な膝の軟骨のもとになる細胞を作製しました。さらに佐賀大学の中山功一教授らが開発したバイオ3Dプリント技術(剣山メソッド)を用いて共同研究をし、センチメートル単位の軟骨様組織を作るところまで研究を進めてきました。この軟骨様組織をブタの膝の軟骨欠損部に移植し、3か月後には生着し正常歩行ができるようになったことを確認しています。
これはプレクリニカルPOC(前臨床段階での概念実証)にあたるのですけど、ここまで来るまでも多くの資金がかかり研究室レベルでは非常に厳しい状況でした。人に使ってよい医療と言える段階に進むにはさらに高いハードルが待っています。例えば、GMPグレード(医薬品製造品質基準に準拠した)の製造体制や規制当局とのやりとり、製品化となるとコストを下げることも考える必要があります。プレクリニカルPOCまでできたことで、アカデミアの研究としてできるところまではやり切った、という実感がありました。次の段階となると、臨床応用に向けた専門的な人材・組織が必要となりますし、大規模な資金も必要です。1つの研究室では到底まかないきれない。そこで、社会実装までつなげるベンチャーを立ち上げるしかないという結論になりました。
どのようにベンチャーを立ち上げたのでしょうか?
中山功一教授とは、約10年にわたる共同研究の中で、「この研究を臨床につなげたい」という話をずっとしてきました。臨床につなげるための資金を得るために、公的研究費に申請したのですが、なかなか採択されません。そうした中で大きな転機になったのが、京都大学のスタートアップ支援のインキュベーションプログラムに「iPS細胞由来軟骨の実用化プロジェクト」として採択されたことです。京都大学イノベーションキャピタル株式会社(京都iCAP)と相談を重ね、ベンチャーを立ち上げるための投資をどのように集めたらよいかなどアドバイスをいただいたりと一つ一つ進めていき、2023年に立ち上げることができました。
どういう技術を社会実装しようとしているのでしょうか?
iPS細胞から膝軟骨細胞を作製し、変形成膝軟骨症などに効果がある製品をつくることを目標としています。この製品だと膝の痛んだ部分だけをピンポイントで置き換えられますし、ヒトの細胞から作った組織なので、膝の組織になじみやすい。それに、スポーツなどの高い活動レベルを維持できる可能性もあります。今では膝が悪くなると、人工関節か、我慢かの二択なのですが、第三の選択肢を提供したいと考えています。
ベンチャーでの役割を教えてください。
社外取締役をしておりまして、外向けの仕事としては投資家などへの科学的な説明をしており、内向けの仕事としては我々が確立したノウハウを会社に移管するために、技術的なアドバイスをしています。京都大学の規程により(※)、私のような研究者は大学に籍を置いたまま社長になるのは難しく、京都iCAPに紹介いただいた方に社長になっていただいています。最終的な意思決定は社長をはじめとする経営チームに委ね、私は、技術とアカデミアの視点から支える役割に徹するよう心がけています。
研究とベンチャー業務の両立・難しさ・やりがいを教えてください。
今のところ、研究とベンチャーの仕事の両立は比較的うまくいっていると感じています。
ベンチャーの仕事は全体の1~2割程度で、あくまでも研究が本業です。ベンチャーの仕事としては、毎週、技術・規制対応・資金調達などの会議に出席したり、その議事録やレポートに目を通します。必要に応じて、投資家の方との面談などにも参加します。
研究室においてもベンチャーにおいても、プロジェクトを支えてくれる信頼できるメンバーがいますので、私自身は要所要所でしっかり関わる形で、そこまで大変な思いをしていません。もちろん、人間関係の調整など、組織が大きくなるがゆえの悩みもゼロではありません。ただ、それはどこの組織でも同じで、一番難しいと思います。
ベンチャーを立ち上げるとき、立ち上げてからの苦労を教えてください。
やはり立ち上げるときに苦労したのは、社長選びに時間がかかったことでした。最終的に、京都iCAPに相談し、京都iCAPのアントレプレナーシップという社長候補の教育クラスに来られていた中から、京大医学部卒の医師で経営コンサルタント経験もあるうってつけの方を紹介して下さり、今の社長に決まりました。
あとは、規制対応の専門家や、監査役、製造・品質管理に強い人など信頼できる人材を集めるのにも時間がかかりましたし、研究開発をすすめるための設備を整えるのにも、苦労をしました。知り合いに専門性のある人材を紹介してもらったりしました。
今後どのようなことを実現したいですか?
2027年ごろに人へ初めて投与する臨床試験をしたいと計画しています。その先に、2030年ごろの承認・実用化を見据えています。もちろんこれはベストケースであり、規制当局とのやりとりや試験の結果によって変動する可能性はありますが、まずはその目標に向けて一丸となって進めています。
(※)「国立大学法人京都大学に勤務する教職員の兼業に関する指針」により、教員は大学の審査を受けた上で、自らの研究成果を活用した企業の取締役等の役員を兼ねることができる。ただし、兼業に従事する時間が、1週間あたり8時間以内と定められている。
注1)神経堤細胞
発生の途中で一時的に現れる細胞で、さまざまな細胞に分化する。第四の胚葉とも呼ばれる。
注2)iPS細胞から作製した間葉系幹細胞(iMSC)
間葉系幹細胞は、成体内に存在する幹細胞の一種で、骨や軟骨、脂肪などに分化する能力がある。これをiPS細胞から誘導したものがiPS細胞由来間葉系幹細胞。
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取材・執筆した人:三宅 陽子
京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 国際広報室 サイエンスコミュニケーター
