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2026年2月24日

脳の隠れた組織から、神経疾患治療の未来を切り拓く

堅田 かただ 明子 さやこ 准教授

2025年9月に新しくCiRAに主任研究者として着任した堅田明子准教授。嗅覚、概日リズム注1)の研究を経て、いま情熱を注ぐのは「脈絡叢みゃくらくそう」。脳や脊髄を守る"脳脊髄液"をつくる組織です。長らく注目されてこなかった脳の中の小さな組織。この隠れた重要組織を理解すれば、認知症をはじめとする神経疾患の新しい治療法につながる可能性があります。iPS細胞技術を応用し、これまで見過ごされてきた脳の仕組みに迫ることで、堅田准教授は新しい治療の未来を切り拓こうとしています。
隠れた重要組織に可能性を見出す

 奈良先端科学技術大学院大学で助教として研究をスタートした頃、堅田准教授にひとつの疑問が浮かびました。

 「脳を作り上げていく源となる神経幹細胞は、どうしてさまざまな種類の細胞を生み出せるのだろう?」

 神経幹細胞は発生過程で少しずつ性質を変化させ、ニューロン注2)やグリア注3)といった多様な細胞へと分かれていきます。その変化を導くスイッチは何で、どこから来ているのか。その答えの鍵を握ると考えたのが、脈絡叢でした。

 脈絡叢は、マウスなどの実験動物では非常に小さな組織です。当時はほとんど注目されておらず、専門的に研究する人は世界的にも限られていました。

 「研究する人が少ないからこそ、新しい発見の余地があります。その点で脈絡叢は非常に魅力的な組織でした」と堅田准教授。

世界最高の環境で、「本物」を作る

 CiRAで堅田准教授が取り組むのは、脈絡叢と脳のオルガノイド研究です。オルガノイドとは、iPS細胞や幹細胞から作られる小さな臓器のようなもの。しかし、既存の脳オルガノイドは見た目だけは脳の塊でも、本来の精緻な神経回路を再現できていないケースも多くあります。また、脈絡叢オルガノイドと脳オルガノイド、相互がそれぞれの組織の成熟度や機能面でどのように影響するのか、といった観点での研究はこれまでありません。

 「せっかく世界最高の環境に来たのだから、本気でやりたい。CiRAには、精緻な脳と脈絡叢オルガノイドを作るための知識と技術が集約されています」

 臨床との連携体制も整った環境だからこそ、iPS細胞を基礎研究の材料として使うにとどまらず、その成果を治療に直結させることを目指して研究を進めています。

安心感を持ちながら挑戦するチーム作り

 新しく立ち上げた研究室で、どのようなチーム作りを目指しているのでしょうか。

 「研究室には、さまざまな個性と専門性を持つ人が集まってきています。それぞれが得意分野を伸ばしながら、互いに刺激し合い、協力しながら新しいアイデアを生み出していきたいです」と抱負を語ります。

 特に堅田准教授が大切にしているのが、研究を心から楽しめる環境づくりです。研究の原動力となる好奇心や発見の喜びを共有しつつ、子育てや家庭の事情を抱えながら研究に取り組むメンバーにとっても、安心して働ける環境やサポート体制を整えることを意識しています。

 「個々の興味や状況を尊重しつつ、失敗を恐れず挑戦できる雰囲気を作ることで、研究の質を高めるだけでなく、メンバー全員が楽しみながら、安心して成長できる研究室を築いていきたいです」

脳の治療法を変える、新しいアプローチ

 堅田准教授が見据えるのは、認知症をはじめとする神経疾患の新しい治療法の開発です。

 「脳は神経回路が張り巡らされた、非常に複雑な組織です。傷ついた場所によっては、細胞を移植したり、手術で治療したりするのが難しい場合があります。一方で、脈絡叢は脳の空洞にある組織です。将来、脈絡叢がつくる脳脊髄液を介して、傷ついた細胞だけを修復する『特別な働きを持つ小さな物質(マイクロRNA注4)など)』をピンポイントで届けられるようになれば、回復を目指せます」

 また、脈絡叢は血液中の不要な物質が脳や脳脊髄液に入り込むのを防ぐ"フィルター"の役割を持ちます。しかし、その機能は加齢によってどんどん悪くなることがわかっています。

 「もし、脳のフィルターを修復したり、新しいものに交換したりする治療法が確立できれば、認知症や物忘れといった脳の老化による症状の治療にも応用できると考えています」

 研究成果を患者さんに届けるまでの道のりは長く、根気のいるものです。しかし堅田准教授は、基礎研究から臨床応用へ、橋渡しとなる研究を着実に積み重ねることを目指しています。5年後、10年後には、脈絡叢の働きを活かした新しい神経疾患治療を実現させたい。それが、堅田准教授の描く未来です。

注1)概日リズム
体内時計によってつくられる、1日周期で繰り返される生体リズム。

注2)ニューロン
脳からの司令を脳内の他の場所、また体の各部に伝える電気ケーブルのような細胞。

注3)グリア
ニューロンの活動を支えるため、脳内環境を整えたり代謝的な支援をしたりする細胞。

注4)マイクロRNA
対になる配列を持つmRNA(メッセンジャーRNA)と結合し、翻訳を抑制したり、mRNAを分解したりすることで、結果としてタンパク質の合成を抑える働きをもつと考えられている。

  1. 取材・執筆した人:吉野 千明
    京都在住のフリーランスライター・講師。約10年間、企業や大学、研究所での検査・実験業務に従事。現場を知るサイエンスライターとして活動する。インタビュー記事やプレスリリース、オウンドメディア、書籍執筆など300本以上の制作実績を持つ。
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