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2026年6月9日
新所長と若手研究者が語るCiRAの「現在」と「未来」―好奇心が導く、生命科学への探求
循環器内科医として臨床に従事した後、帝京大学医学部助手、米国スクリプス研究所博士研究員、東京大学医科学研究所助教、同研究所ステムセルバンク准教授などを経て、2011年よりCiRA教授、2026年より現職。ヒトiPS細胞から赤血球や血小板をつくり、輸血に役立てるための研究に取り組む。 |
京都大学大学院理学研究科修了。プリンストン大学JSPS海外特別研究員などを経て、2022年より現職。細胞内の膜を持たない小器官(分子アセンブリ)の理解を深め、神経伝達やリプログラミングのメカニズム解明や医療応用のための新しい技術開発に取り組む。 |
小山明 助教(山本拓也研究室) 京都大学大学院生命科学研究科修了。同大学院研究員、JSPS特別研究員RPD、CiRA特定研究員などを経て、2025年より現職。細胞が持つ遺伝情報や細胞を取り巻く環境に着目しながら、腸管幹細胞の「若さ」や「老い」を決める分子メカニズムの解明に取り組む。 |
金丸ゆり 大学院生(櫻井英俊研究室) 千葉大学医学部卒業。6年間の小児科臨床を経て、2024年よりCiRAに大学院生として所属。ポンペ病などの筋疾患に対する遺伝子編集細胞を用いた移植治療のメカニズムを研究している。 |
若手研究者の皆さんが現在取り組んでいる研究テーマと、それにたどり着いたきっかけを教えてください。
下林:
私が目指している研究は、分子レベルから生命現象を理解することです。特に、細胞の初期化メカニズムや細胞の状態や役割がどのように決まっていくかに関心があります。最近は、神経細胞同士が情報を伝えるしくみの研究にも取り組んでいます。
子どもの頃から「認知できる領域の先」つまり、まだまだ世の中で解明されていない現象に興味がありました。最初は宇宙の研究を目指していたのですが、物理学を学ぶうちに、細胞の内部も分子がぎっしり詰まった“未知の宇宙”だと気づいて、興味の対象が変わっていきました。テクノロジーが進展するたびに、細胞内の未知の世界が少しずつ見えるようになり、その最前線に立ちたいという気持ちで研究しています。
金丸:
私は小児疾患の一つであるポンペ病を対象に研究しています。ポンペ病は、先天的な病気で筋力低下を引き起こします。現在は、遺伝子編集を施した細胞を移植し、その細胞移植がどのように筋肉への治療効果をもたらすのかを調べています。
身内に筋疾患の人がいたので、うまく体を動かせない人がいるのはなぜだろうと子どもの頃から疑問に思っていたんですね。そして、小児科医になったのですが、根治療法がないまま進行していく筋疾患の患者さんを診てきて悔しい思いをしてきました。「原因がわかりません」で終わらせず、選択肢を提示する側にまわりたいと思い、研究の道へ踏み出すことにしました。
金丸 ゆり 大学院生
江藤:
臨床の現場で感じた課題が、研究へとつながったんですね。
小山:
私は小腸や大腸といった腸管のもとになる幹細胞に着目し、その細胞の「若さ」や「老い」が分子レベルでどのように決まるのかを研究しています。さらに、そのしくみが腸管の機能や病気のなりやすさにどのように関わっているのかを明らかにしたいと考えています。
以前、大腸がんの研究で行き詰まっていた頃、山中先生の研究グループによるiPS細胞の発表に衝撃を受けました。大人の細胞の「時間が巻き戻る」現象を知ったことで、「生命にとっての時間の原理とは何か」を考えるようになり、発生とリプログラミングの研究に転向しました。今も体の中で起きている「時間の変化」というテーマを追い続けています。
江藤:
小山さんは「時間研究会」を立ち上げているのですよね。
小山:
はい。CiRAでは、老化、発生、疾患などの生命現象について、さまざまな研究が行われていますが、突き詰めて考えると、これらはすべて「時間」と関係していると思うのです。そこで、CiRAの研究者の皆さんと「時間」について議論していく中で、「異なる臓器や現象に共通する原理のようなものが見えてきたら面白いよね」という話になり、この2026年から立ち上げました。月に一回、十数人が集まり、研究発表や意見交換を行っています。
医療応用という出口を掲げるCiRAにて、基礎研究の役割をどう捉えていますか?
江藤:
基礎研究をしている人は自らの好奇心に基づいて、もう徹底的に「好き勝手」にやってほしい。臨床応用という出口を意識しすぎると、どうしても発想が縮こまり、視野が狭くなってしまいます。それよりも、個々の好奇心を伸ばし、他の誰もやっていない未知の領域に挑むことのほうが重要です。たとえ周囲に何を言われようが、自分が信じる「なぜ」を突き詰める。私は、そんな自由な「放牧」の環境こそが、最終的に一番良い結果を生むと確信しています。
下林:
基礎研究者として、所長からそこまで言い切っていただけるのは心強いです。実際、応用を前提に基礎をやろうとすると、どうしても「役に立つかどうか」に縛られてしまいます。CiRAの素晴らしいところは、自由な発想を許容しつつも、すぐ隣に病院で患者さんと向き合う先生や、技術を社会実装するベンチャーの先生がいることです。好奇心全開で突き進む中で、ふとした瞬間に自分の研究が社会のどこにつながるかという「出口」が鮮明に見える。この環境だからこそ、本当の意味での相乗効果が生まれるのだと感じています。
金丸:
私たち臨床医からすると、基礎研究の先生方が何気なく話された内容が、実は一番興味が湧きます。最初から臨床応用を狙ったお話よりも、先生方の純粋な好奇心が溢れ出たもののほうが、不思議と「私の実験でも試してみたい」と刺激になります。好奇心を突き詰めている人の熱量そのものが、私たちにとっては新しい治療を創り出すためのきっかけになると思っています。
江藤:
だからこそ、プログレスセミナー(週1回、CiRA全体で開催される研究進捗報告会)のような共有の場が重要になります。臨床応用を目指す人こそ、基礎研究者の考え方をきちんと学び、サイエンスとして向き合わなければならないと考えています。細胞や薬を作って投与した時に、なぜ効くのか、予期せぬメカニズムが発揮されたとき、どんな副作用が起きうるのか、それをあらかじめ理解した上で臨床に進むことが求められる時代です。議論してきた経験のあるベテラン研究者にはその重要性がわかっていても、まだ中堅の研究者やその研究室に所属する博士研究員や学生には届いていない部分があります。それを伝えていくことも、今の私の仕事だと思っています。臨床応用は単に患者さんに届ける「出口」なだけでなく、あくまで「サイエンス」なのです。
江藤浩之 所長・教授
小山:
先日、CiRAの寄付者の方々とお話しする機会がありました。「若返り」や「時間を巻き戻す」という話題にとても興味を持ってくださったのです。病気の治療に直結していなくても、「夢がありますね」と言っていただけることがあり、基礎研究の面白さそのものを社会に伝えることも、とても大切なのだと感じました。研究は、すぐに役立つものだけに価値があるのではなく、「生命とは何か」を探究すること自体に、人を惹きつける力があるのだと思います。
江藤:
寄付者の方は、本当に幅広い見識をお持ちで、「人間の尊厳」や「老い」といったテーマまで話が広がることもあります。単なる医療技術の話ではなく、「人はどう生きるのか」というところまで議論が広がっていく。そのような話ができるのも基礎研究の面白さの一つだと思いますね。
議論を活発化するために、研究所全体で取り組んでいることはありますか?
江藤:
プログレスセミナーでは、若手研究者の発表に対する質疑応答の時間を無制限にしました。1つ、2つ質問するのではなく、対話によってサイエンスを深めてほしい。そのためには、適切な問いを立てる「ファシリテーター」という役割も増やしました。やはり質問力って、研究所全体のサイエンスのレベルを上げるんですよ。
小山:
質問を考えるのは訓練だと思います。私も最初は苦労しましたが、集中して話を聞き、予習して臨むうちに、質問できるようになりました。セミナーは、自分の研究を多角的に捉え直すきっかけになっています。質問を通して発表者の研究がより進展し、自身の研究の深化にもつながれば、一石二鳥だと思っています。
小山 明 助教
江藤:
小山さんはいつもたくさん質問してくれて助かります。若手が躊躇なく意見を言える文化を、もっと浸透させていきたいですね。
下林:
CiRAで毎年行っているリトリート(CiRAの研究者や学生が1泊2日で発表や交流をする行事)って結構重要で、他のラボの研究に協力するきっかけになったことがあります。みんなが集まることってそんなにないじゃないですか。今、実際にリトリートをきっかけに共同研究が始まっています。
金丸:
CiRAの魅力は、横のつながりの強さだと思います。部門は分かれていても、気づいたらいろいろな研究室がコラボレーションしていて、議論もすごく活発です。研究分野が違っていても、雑談のような会話から新しいアイデアが生まれることが多いのは、CiRAらしいところだと思います。
今後の展望や、挑戦したいことについてお聞かせください。
下林:
主任研究者として、世界基準で活躍できる研究者を育てていきたいです。学生の個性を思い切り伸ばし、「この分野なら世界で勝てる」と言える人材を輩出できたらと思っています。同時に、自分自身の研究としては、神経細胞の中で分子たちがどのように集まり、情報を伝えるための精密な「場」をつくっているのかを知りたいと考えています。そのしくみが神経だけでなく、生命の中でどれほど広く使われているのかを、5年から10年かけて明らかにしていきたいです。
下林 俊典 准教授
小山:
自分自身の研究者としての原点に立ち返り、時計の時間(物理の時間)とは異なる、「生命にとっての時間の原理」を探求し続けたいです。そして、基礎研究者として、「生命に学ぶ」姿勢を大切にしたいと考えています。また、恩師が私に自由に研究させてくれたように、私も、学生が自由に伸び伸びと研究できる環境を大切にしたいです。下の世代に研究を任せることは、実はとても勇気がいることなのですが、自由の中からこそ、思いがけない発見や新しい発想が生まれると信じています。
金丸:
まずは自分の研究を形にすることを一度体験したいです。それができたら、臨床で見てきた問題点を研究という形で応用できないか、メカニズムをもう少し掘り下げられないか、と考えているところです。小児科って、治療法が確立されていない疾患が結構あります。成人用量しか承認されていない薬や日本で未承認の薬も多いですし、安全性や有効性のデータが不十分なことも少なくありません。そういうところにも、いつかアプローチできたらと思っています。
江藤:
私が目指しているのは、CiRAという恵まれた環境を使ってもらいながら、その人その人の研究を自分の好奇心に基づいて、伸ばしていくことです。この研究所から新たなアイデアやブレイクスルーが出れば、それはもう皆にとってのハッピーにつながります。皆さんが自分の好奇心を信じて突き進むことが、結果として未来の医療を切り拓く力になると確信しています。
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聞き手・執筆した人:吉野 千明
京都在住のフリーランスライター・講師。約10年間、企業や大学、研究所での検査・実験業務に従事。現場を知るサイエンスライターとして活動する。インタビュー記事やプレスリリース、オウンドメディア、書籍執筆など300本以上の制作実績を持つ。
