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Ethics
2026年11月5日
ピノコとヒト胚モデル
漫画「ブラック・ジャック」にピノコという登場人物がいます。元は双子の姉の体内にできた畸形嚢腫注1)注1)畸形嚢腫
臓器や歯、毛髪などのさまざまな組織が、袋状の膜で覆われた腫瘍として形成される病気。で、天才外科医ブラック・ジャックが摘出し、小さな女の子として組み立てて以降、彼の助手として活躍します。喜怒哀楽が豊かでチャーミングな姿は人間味にあふれる一方で、出自や自称18歳という設定は人間と同じとは言えません。私はヒト胚モデルについて考えるとき、ついこのピノコを連想してしまうことがよくあります。両者はもちろんまったく別なものですが、どちらにも「これはいったいどういう存在なのだろう」と考えさせるところがあるからかもしれません。
ヒト胚とは、精子と卵子が受精してできる受精卵から始まる発生初期の状態を指し、子宮で育てば私たちと同じ人になり得る存在です。一方、ヒト胚モデルとは、iPS細胞やES細胞を使ってヒト胚に似せて作られる細胞群のことで、受精を経ることもありません。「本物」のヒト胚を作製・利用することは、倫理的観点から厳しく制限されているため、その代わりとして、またはそれを補う研究手法として、ヒト胚モデル研究は近年、目覚ましい発展を遂げています。特に、人の発生過程の一部を実験室で再現できることから、生命の始まりの仕組みを理解し、不妊症などの研究に役立つツールとして、大きな期待を集めています。
ヒト胚モデルにはさまざまな「モデル」があります。例えば、ヒト胚のすべて―発生が進めば身体になる部分と、胎盤など身体の発生を支える部分―を模倣するものがあります。もちろん、今の技術では、それらが人として成長することはありません。他にも、身体になる部分だけを模倣するモデルがありますが、胎盤になる部分がないため、これらも人と同様に成長することはありません。また、脳神経系を発達させないモデルもあります。この場合、たとえヒト胚モデルが将来、長期に発生を進めることがあっても、痛みや苦痛を感じる能力をもつことはないとされています。そのため、害をなしてはならないという倫理原則(無危害原則)に反する懸念は少ないと考えられています。
しかし、ヒト胚の精緻な模倣を目指して研究が進めば、本来、代替・補完的手段であったはずのヒト胚モデルが、次第に本物のヒト胚に近づいていくことは、論理的に考えると自然な流れとも言えます。特に、ヒト胚全体を模倣するモデルでは、その懸念がより大きくなるでしょう。では、胎盤になる部分がなければ人に成長する可能性はないので問題ないのでしょうか。これについても今後、人工子宮などの関連技術が進展すれば、その前提自体が変わるかもしれません。また、仮に痛みや苦痛を感じる脳神経系だけを欠き、それ以外はヒト胚に極めてよく似たモデルが作られるようになったとき、私たちはこれを「モデル」として扱うべきでしょうか。それとも「本物」と同じように制限して扱うべきでしょうか。
こうして考えていくと、ヒト胚モデルは、ヒト胚とヒト胚ではないもの、人になる可能性がある存在とない存在、人間らしい性質とそうでない性質との間にある境界を揺さぶり、その見直しを私たちに迫る存在のように思えてきます。そんなとき、私の頭の中にはかわいくやんちゃなピノコが現れて、大人たちが真面目に引いた境界線の上に、次々といたずら書きをしていくようなイメージが浮かびます。そのたびに、私はこのヒト胚モデルという不思議でどこか奇妙な存在に、思わず愛着にも似た気持ちを感じてしまうのです。
注1)畸形嚢腫
臓器や歯、毛髪などのさまざまな組織が、袋状の膜で覆われた腫瘍として形成される病気。
