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2016年10月24日
患者さん由来iPS細胞とゲノム編集技術を用いて、BH4代謝病のドパミン合成異常の疾患モデル系構築に成功
ポイント
- BH4代謝病注1)の患者さん由来iPS細胞とゲノム編集技術を用いて、ドパミン合成異常を示すモデルを構築した。
- BH4代謝病患者さん由来iPS細胞から作製したドパミン神経は、生理活性物質セピアプテリン注2)投与で、ドパミン注3)合成異常が改善した。
- セピアプテリンは、ドパミン合成量が減少することが知られているパーキンソン病患者由来iPS細胞から作製したドパミン神経のドパミン合成を改善した。
- iPS細胞利用により判明したRare Disease(患者数の少ない疾患)の知見からCommon Disease(患者数の多い疾患)の病態を改善しうる生理活性物質を同定し、iPS細胞による疾患再定義を行った。
石川泰三研究員(CiRA・大日本住友製薬株式会社)および井上治久教授(CiRA)らの研究グループは、患者さん由来のiPS細胞を用いて、BH4代謝病におけるドパミン合成異常の再現と、その遺伝学的および薬理学的修復に成功しました。
ドパミンを合成する為にはチロシンハイドロキシレース(TH)という酵素が必要ですが、THによるドパミン合成にはさらにテトラヒドロビオプテリン(BH4)が必要となります。
研究グループは、BH4の合成やリサイクルに関わる酵素である6-ピルボイルテトラヒドロプテリン合成酵素(PTPS)やジヒドロプテリジン還元酵素(DHPR)に変異のある患者さんからiPS細胞をつくり、ゲノム編集技術注4)(CRISPR/Cas9システム)を用いて遺伝子を修復した正常なiPS細胞を用意しました。
それらのiPS細胞をドパミン神経へと分化させたところ、PTPS欠損の患者さん由来神経細胞ではBH4の量、THタンパク質レベル、ドパミン合成レベルが減少しているという表現型を示しました。
そこで、BH4前駆物質セピアプテリンを添加したところ、PTPS欠損ドパミン神経細胞で見られるそれらの表現型が改善されました。
さらに、セピアプテリン投与で、ドパミン量が減少することが知られているパーキンソン病患者由来iPS細胞から作製したドパミン神経の合成するドパミン量が改善しました。
これらの結果から、BH4代謝病の患者さん由来のiPS細胞はドパミン合成異常を示す疾患のその異常を改善する生理活性物質や治療薬のスクリーニングに利用可能であることが分かると同時に、BH4代謝病とパーキンソン病は異なる疾患ですが、それぞれの患者さんのiPS細胞由来ドパミン神経を用いて、ドパミン合成を改善する共通の生理活性物質を同定し、iPS細胞を利用して、ともに共通の生理活性物質がiPS細胞由来神経細胞のドパミン合成を改善する疾患であると、疾患再定義をしました。
この研究成果は2016年10月18日(英国時間)に「Human Molecular Genetics」でオンライン公開されました。
ドパミンは脳内の神経伝達物質の一種で、BH4代謝病やパーキンソン病を含むいくつかの疾患で中心的な役割を果たしています。 ドパミンを合成する経路の中で、律速段階となっているのがチロシンハイドロキシレース(TH)による反応ですが、そのTHの反応にはBH4が必要となります。 そのため、BH4の合成やリサイクルがうまくできなくなると、ドパミン合成が異常になり、運動障害を含め様々な症状をきたします。 BH4の合成に関わるPTPSという酵素や、BH4のリサイクルに関わるDHPRという酵素をコードする遺伝子に変異が入ると、BH4の代謝異常がおきます(Fig. 1)。 BH4代謝異常やBH4の代謝についてはこれまでにも研究がされていましたが、BH4の合成やリサイクルに関わる遺伝子の変化が患者さんの脳の中でどのようにしてドパミン合成の異常をおこすのかは分かっていませんでした。
1) 遺伝的に同質なコントロール細胞の作製
遺伝子変異(変化)によりPTPSやDHPRが欠損している患者さんの末梢血注5)から、iPS細胞を作製しました。そこからドパミン(DA)神経へと誘導することで、BH4代謝病患者さんのモデル神経細胞を作りました。 また、iPS細胞の段階で原因となっている遺伝子変異を、ゲノム編集技術により修復し、ドパミン神経へと誘導し、患者さんと遺伝子情報が変異箇所を除いて同じであるコントロール細胞を作りました(Fig. 2)

Fig. 1 BH4の生合成とリサイクル

Fig. 2患者さん由来iPS細胞を用いてBH4代謝異常のドパミン神経に対する影響を探る方法
2) THタンパク質量や合成されるドパミン量が患者さん由来iPS細胞から作製した神経細胞では減少した。PTPSを欠損した患者さんのモデル神経細胞と遺伝子修復した神経細胞とを比較したところ、神経細胞の量はどちらも同じくらいであるにも関わらず、BH4の量、THタンパク質の量、合成されるドパミンレベルが患者さんのモデル神経細胞の方で減少していました(Fig. 3)。 一方、DHPRを欠損した患者さんのモデル神経細胞ではBH4の量が減少しておらず、かわりにBH4酸化物であるBH2が増加していました(Fig. 4)。 このことから両変異遺伝子でドパミン量減少をきたす機序に差異があることが示唆されました。

Fig. 3 PTPS変異BH4代謝病の患者さん由来のドパミン細胞でのBH4量、THタンパク質、ドパミン合成レベル
左からBH4の量、TH発現面積、THタンパク質の量、ドパミン合成レベルをそれぞれ表している。いずれも遺伝子修復をしていない患者さんモデル神経細胞の方が低くなっている。

Fig. 4 DHPR変異BH4代謝病患者さん由来のドパミン神経細胞でのBH4量
BH4の量に変化が見られない。
PTPS変異BH4代謝病の患者さんモデル神経細胞に、BH4あるいはBH4の前駆物質であるセピアプテリンを作用させると、THタンパク質の量およびドパミン合成レベルが増加しました(Fig. 5)。
ドパミン合成異常があるパーキンソン病の患者さんモデル神経細胞にセピアプテリンを作用させたところ、同様にTHタンパク質量の増加、ドパミン合成レベルの増加を確認できました(Fig. 6)。

Fig. 5 セピアプテリンを作用させた際のTHタンパク質やドパミン合成
左からiPS細胞から分化させた神経細胞、THタンパク質、ドパミン合成レベルをそれぞれ表している。
BH4あるいはセピアプテリンの添加によりTHタンパク質やドパミンレベルが増加している。

Fig. 6 パーキンソン病患者さんモデル神経細胞におけるセピアプテリンの効果
左からiPS細胞から分化させたドパミン神経細胞、ドパミン合成レベル。セピアプテリンの添加により、THの発現強度、ドパミンレベルが増加している。
上記研究成果は、BH4を合成する酵素の遺伝子変異がBH4代謝病のドパミン合成に影響を与えている事と、セピアプテリンがBH4代謝病患者さん由来iPS細胞より分化したドパミン細胞のドパミン合成異常の改善に有用である事を示すものです。
BH4代謝病の患者さん由来のiPS細胞はドパミン合成異常を示す疾患のドパミン合成を改善する生理活性物質や治療薬のスクリーニングに利用可能であることが分かると同時に、iPS細胞利用により判明したRare Diseaseの知見からCommon Diseaseの病態を改善しうる生理活性物質を同定しました。
- 論文名
"Genetic and pharmacological correction of aberrant dopamine synthesis using patient iPSCs with BH4 metabolism disorders" - ジャーナル名
Human Molecular Genetics - 著者
Taizo Ishikawa1,2,, Keiko Imamura1, Takayuki Kondo1, Yasushi Koshiba1,3, Satoshi Hara4, Hiroshi Ichinose4, Mahoko Furujo5, Masako Kinoshita6, Tomoko Oeda6, Jun Takahashi1, Ryosuke Takahashi3, Haruhisa Inoue1,* - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 大日本住友製薬
- 京都大学大学院医学研究科
- 東京工業大学生命理工学院
- 国立病院機構 岡山医療センター
- 国立病院機構 宇多野病院
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 「疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究」
- AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 「iPS細胞研究中核拠点」
- AMED 難治性疾患実用化研究事業
- 持田記念医学薬学振興財団
- 第一三共生命科学研究振興財団
注1) BH4代謝病 (ビオプテリン代謝異常症)
BH4代謝病 (ビオプテリン代謝異常症)
テトラヒドロビオプテリン(BH4)の先天的な代謝異常によりおきる遺伝性疾患。BH4代謝の異常により、神経伝達物質の低下による重篤な中枢神経障害がおこる。PTPS欠損の患者さんは世界で300名(日本で32名)、DHPR欠損の患者さんは世界で200名(日本で5名)と報告されている。
注2) セピアプテリン
BH4(テトラヒドロビオプテリン)の前駆物質でもある生理活性物質。
注3) ドパミン (ドーパミン)
中枢神経系での神経伝達物質の1つ。運動調節、ホルモン調節、意欲、学習などに関わるとされる。フェニルアラニンやチロシンというアミノ酸にTHが作用することで前駆物質であるL-ドーパが作られ、そのL-ドーパからドパミンが合成される。
注4) ゲノム編集技術
細胞の中にある遺伝情報を、必要に応じて酵素を使って切り貼りして編集をする技術。幾つかの方法があるが、最近ではCRISPR/Cas9システムがよく用いられている。
注5) 末梢血
通常の体を巡っている血液のこと。臓器中にプールされている血液やさい帯血と区別するために使われる。