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2017年7月10日
内耳細胞塊(otosphere)のマイクロアレイ比較解析によって、内耳の蝸牛幹細胞と前駆細胞の維持に関わる転写因子を同定
ポイント
- 新生仔マウスの内耳蝸牛注1)細胞を単離培養し、otosphereと呼ばれる蝸牛幹/前駆細胞注2)からなる細胞塊を作製した。
- cDNAマイクロアレイ注3)を用いて、otosphere、マウスES細胞および蝸牛感覚上皮、各々の遺伝子プロファイルを調べ、otosphere、マウスES細胞に共発現している遺伝子、otosphere固有に発現している転写因子注4)を同定した。
- 同定した転写因子をさらに精査することにより、蝸牛幹/前駆細胞の構成維持に必須の転写因子が特定されれば、それらの転写因子により体細胞からotosphereを直接分化させることが可能になると期待される。
伊木健浩特定病院助教 (京都大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科/元CiRA大学院生)、齋藤潤准教授 (CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、cDNAマイクロアレイを用いて、マウスの内耳の蝸牛幹細胞と前駆細胞を特徴づける転写因子の候補を同定しました。
多くの組織がその組織特異的に幹/前駆細胞を有しており、内耳も例外ではありません。内耳幹/前駆細胞は、内耳の分化した細胞から分離され作製されたotosphereに含まれます。otosphereの特徴についてはいくつかの報告例がありますが、大部分は知られていません。そこで研究グループは新生仔マウス内耳にある蝸牛よりotosphereを作製し、cDNAマイクロアレイを用いて、otosphereの遺伝子解析を行いました。同様にマウスES細胞、蝸牛細胞の遺伝子解析も行い、比較を行うことで幹細胞としての性質に関連しそうな遺伝子を同定しました。またotosphereが蝸牛の遺伝子的特徴を残しつつ、固有の遺伝子発現を有することを認めました。
この研究成果は2017年6月29日に米国科学ジャーナル「PLOS ONE」でオンライン公開されました。
難聴は疾病率の高い病気であり、世界中で3億6000万人の難聴者がいると言われています。その中の感音難聴は内耳の蝸牛有毛細胞の傷害が主な原因であり、有毛細胞は哺乳類では再生しないとされているため、症状は永続的です。蝸牛には幹/前駆細胞が存在することが報告されており、これらの細胞の遺伝子的特徴を把握し、効率の良い増幅法、分化法の発見につなぐことができれば、難聴研究や治療に寄与すると考えられます。
1)マイクロアレイのためのotosphereの作製
Otosphereを培養していると、次第に蝸牛幹細胞から分化を始める細胞が増加していきます。分化していない幹細胞をできるだけ多く集めるために、培養日数や継代のタイミングおよび分化を始めた細胞の除去法を検討しました。継代1回、8~10日間の培養で、幹細胞を多く含むotosphereと分化を始めた細胞を多く含むotosphereの大きさが有意差をもって異なることを利用して、otosphereをフィルターにかけ、大部分の分化を始めた細胞を除去することに成功しました。

図1 継代後4日目の、蝸牛幹細胞を多く含むotosphereと分化を始めた細胞を多く含むotosphereの平均長径(左)と、フィルターにかける前後のotopehreの顕微鏡写真(右)
70μmのフィルターを使用して、約90%の純度で幹細胞を多く含むotosphereを得ることができた。
2) マイクロアレイ解析

図2 ES細胞、otosphere、蝸牛感覚上皮細胞のクラスター解析注5)。
図中のESはES細胞、OSはotosphere、CSEは蝸牛感覚上皮細胞を表す。
Otosphereは細胞塊ごとの差が大きいと言われているが、1)の処理により、幹細胞を多く含むotosphereに共通する遺伝子発現を観察することができた。
3) 転写因子の同定
クラスター解析で得られた各群の遺伝子から遺伝子オントロジー解析注6)を行って転写因子の抽出を行いました。qPCR注7)を用いて、抽出された転写因子が実際に発現していることを確認しました。

図3 qPCRによるマイクロアレイ解析結果の妥当性の確認
本研究ではマイクロアレイを用いて、マウスotosphere、ES細胞、蝸牛感覚上皮の遺伝子発現プロファイルを解析し、幹細胞としての特徴に関連するような遺伝子およびotosphereに特有の遺伝子を同定することができました。同定された転写因子を各々精査することで、otosphereの特徴を維持できる転写因子の絞り込みを今後行っていく予定です。
- 論文名
Microarray analyses of otospheres derived from the cochlea in the inner ear identify putative transcription factors that regulate the characteristics of otospheres. - ジャーナル名
PLOS ONE - 著者
Takehiro Iki1,2, Michihiro Tanaka3, Shin-ichiro Kitajiri4, Tomoko Kita2, Yuri Kawasaki1, Akifumi Mizukoshi1,2, Wataru Fujibuchi5, Takayuki Nakagawa2, Tatsutoshi Nakahata1, Juichi Ito2,6, Koichi Omori2 and Megumu K Saito1*
* 責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所 臨床応用研究部門
- 京都大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科
- 京都大学iPS細胞研究所 基盤技術研究部門
- 信州大学医学部 耳鼻咽喉科教室 人工聴覚器講座
- 京都大学iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門
- 滋賀県立成人病センター研究所
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- JSPS 科研費
- 武田科学:ビジョナリーリサーチ継続助成(ステップ)
注1)蝸牛
内耳に存在する聴覚を司る器官。
注2)幹細胞と前駆細胞
幹細胞は、細胞を作ることができる細胞。前駆細胞は、幹細胞から特定の細胞に分化する前の細胞。
注3)cDNAマイクロアレイ
多数のDNA断片を基板上に配置しておき、検体と反応させることで数万の遺伝子発現を一度に調べることができる解析器具。
注4)転写因子
DNAに特異的に結合し、DNAの遺伝情報のRNAに転写する過程を制御するタンパク。
注5)クラスター解析
異なる性質のものが混ざり合った集団から、互いに似た性質を持つものを集め、群を作る方法。分類の基準は決まっていない。
注6)遺伝子オントロジー解析
データベース化されている遺伝子関連情報をもとに、得られた網羅的遺伝子発現データを生物学的プロセス、細胞の構成要素、分子機能の3つのカテゴリーに分け、遺伝子群ごとに解析する手法。
注7)qPCR
リアルタイムPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)または定量PCRと呼ばれ、DNAの増幅と量の計測が同時にできる方法。