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2017年8月22日
患者さん由来iPS細胞を用いて劇症1型糖尿病の病態メカニズムの一端を解明
ポイント
- 劇症1型糖尿病注1患者さんの皮膚の細胞からiPS細胞を作製した。
- 劇症1型糖尿病患者さん由来iPS細胞から、インスリン注2を産生する細胞(膵β細胞様細胞注3)を分化誘導することに成功した。
- この劇症1型糖尿病患者さんの膵β細胞様細胞を用いて病態モデル注4を作製し、患者さんの膵β細胞では細胞傷害刺激に対して細胞死(アポトーシス)注5に陥りやすい可能性があることを明らかにした。
劇症1型糖尿病は1型糖尿病の一種で、急激に発症してインスリンが不足し、血糖値が高い状態になる疾患です。特定の遺伝的素因をもつ人に、ウイルス感染が引き金となってほぼすべてのβ細胞が破壊されることで発症すると考えられていますが、その原因の詳細は不明でした。 細川吉弥研究員(大阪大学大学院内分泌・代謝内科、京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)、豊田太郎講師(京都大学CiRA同部門)、今川彰久教授(大阪大学大学院内分泌・代謝内科、大阪医科大学内科学I)、下村伊一郎教授(大阪大学大学院内分泌・代謝内科)、長船健二教授(京都大学CiRA同部門)らの研究グループは、劇症1型糖尿病の病態解明に向けて、まず劇症1型糖尿病の患者さんの細胞からiPS細胞を作製し、そのiPS細胞から、インスリンを作る膵β細胞様細胞を分化誘導しました。次に、これらの劇症1型糖尿病患者さんに由来する膵β細胞様細胞に、細胞傷害刺激としてサイトカイン注6を投与することで膵β細胞傷害モデルを作製し、健常者由来iPS細胞から分化させた膵β細胞様細胞と比較しました。その結果、劇症1型糖尿病患者さんの膵β細胞は細胞死(アポトーシス)に陥りやすいことが示唆されました。さらにこの病態モデルを用いて、遺伝子の解析を行ったところ、劇症1型糖尿病患者さんと健常者の膵β細胞には、いくつかのアポトーシス関連遺伝子の発現に違いがあることがわかりました。 この研究成果は、2017年8月10日にアジア糖尿病学会誌「Journal of Diabetes Investigation」で公開されました。
劇症1型糖尿病は、1型糖尿病のなかでも、特に急激に発症する病気の一つです。特定の遺伝的素因をもつ人において、ウイルス感染をきっかけに起こる免疫反応によって急激に膵β細胞が傷害され、ほとんどすべてのβ細胞が破壊されることで、インスリンが不足した状態になるとされていますが、膵β細胞が傷害される詳細なメカニズムは不明でした。そこで本研究グループは、劇症1型糖尿病患者さんからiPS細胞を作製し、そこから分化誘導させた膵β細胞様細胞を用いることで、劇症1型糖尿病の病態解明を目指しました。
1) 劇症1型糖尿病患者さん由来iPS細胞の作製と膵β細胞様細胞への分化誘導
まず、劇症1型糖尿病患者さん3人の皮膚細胞に6つの初期化因子を導入することで、iPS細胞を作製しました。次に、それらのiPS細胞は、化合物および成長因子の組み合わせ処理を行うことで、インスリンを分泌する膵β細胞様の細胞に分化させることが可能であることを示しました(図1)。

図1
劇症1型糖尿病患者由来のiPS細胞から分化誘導して得られた膵β細胞様細胞
(黄:インスリンを作っている膵β細胞様細胞、青:核)
スケールバー; 100 μm.
2) 劇症1型糖尿病患者さん由来のiPS細胞より分化誘導した膵β細胞様細胞を用いて病態の一部解明に成功
劇症1型糖尿病において、どのように膵β細胞が破壊されるのかを解明するために、劇症1型糖尿病患者さんおよび健常者のiPS細胞から分化誘導させて得られた膵β細胞様細胞に、細胞傷害刺激としてサイトカインを投与しました。すると、劇症1型糖尿病患者さんの膵β細胞様細胞では、細胞死を起こしている細胞の割合が高いことがわかりました(図2)。

図2
iPS細胞から分化誘導して得られた膵β細胞様細胞に細胞傷害を引き起こしたときの細胞死(アポトーシス)を起こした細胞の割合。
健常者のiPS細胞(409B2、975E2、975E4)および劇症1型糖尿病患者さんのiPS細胞(FT1D01、FT1D02、FT1D03)から分化誘導された膵β細胞様細胞に占めるアポトーシス細胞(cleaved caspase-3陽性細胞)の割合(左)を比較すると、
劇症1型糖尿病患者さんのiPS細胞では有意にアポトーシス細胞の比率が高かった(右)。
また、この病態モデルを用いて、RNAシークエンス注7による網羅的遺伝子発現解析を行ったところ、いくつかのアポトーシス関連遺伝子や抗ウイルス関連遺伝子の発現に違いがあることがわかりました。
本研究では、劇症1型糖尿病患者さん由来のiPS細胞を膵β細胞様細胞に分化誘導し解析することで、患者さんの膵β細胞は細胞傷害刺激に対して細胞死(アポトーシス)を起こしやすい可能性があることを示しました。この病態モデルは劇症1型糖尿病のさらなる病態解析に応用できることが期待されます。
- 論文名
Insulin-producing cells derived from 'induced pluripotent stem cells' of patients with fulminant type 1 diabetes: vulnerability to cytokine insults and increased expression of apoptosis-related genes. - ジャーナル名
Journal of Diabetes Investigation - 著者
Yoshiya Hosokawa1,2, Taro Toyoda2, Kenji Fukui1, Megu Yamaguchi Baden1, Michinori Funato2,3, Yasushi Kondo2,4, Tomomi Sudo2, Hiromi Iwahashi1,5, Marina Kishida2,6, Chihiro Okada2,7, Akira Watanabe2,6, Isao Asaka2, Kenji Osafune2*, Akihisa Imagawa1,8*, Iichiro Shimomura1 - 著者の所属機関
- 大阪大学大学院医学系研究科 内分泌・代謝内科学
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 独立行政法人国立病院機構 長良医療センター
- 京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科
- 大阪大学大学院医学系研究科 糖尿病病態医療学寄附講座
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)CREST
- 三菱スペース・ソフトウエア株式会社
- 大阪医科大学内科学I
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
- 日本IDDMネットワーク
注1)劇症1型糖尿病
1型糖尿病の一種。糖尿病(高血糖)症状が出現してから1週間前後というごく短期間のうちに膵β細胞がほとんどすべて破壊されることで、患者さんは一生涯にわたってインスリン治療が必要となります。患者さんの多くは発症前に感冒症状や消化器症状などのウイルス感染を示唆する所見を認めます。
注2)インスリン
血糖値を下げる作用をもつホルモン。
注3)膵β細胞
膵臓に存在する、インスリンを作るはたらきをもつ細胞。
注4)病態モデル
医学研究では、病気に特徴的な症状や性質を再現した病態モデルを用いて病気の原因究明や治療薬の開発が行われます。これまで様々な病態を再現した実験動物が病態モデルとして作製され、研究に利用されてきました。しかしながら、マウスやラットなどの動物モデルで得られた知見がヒトにあてはまらないことがあるなどの問題があり、ヒト細胞を用いた病態モデル作りにiPS細胞が大いに期待されています。
注5)細胞死(アポトーシス)
アポトーシスは細胞死の一種で、さまざまな刺激によってアポトーシスを起こすしくみが活性化され、細胞死が引き起こされます。
注6)サイトカイン
さまざまな細胞から分泌され特定の働きをするタンパク質の総称。細胞の増殖や分化・免疫応答・細胞死などに関与します。
注7)RNAシークエンス
高速シーケンサーを用いて、RNAのシーケンシング(配列情報の決定)を行い、細胞内で発現するトランスクリプトーム(細胞内の全転写産物・全RNA)の定量を行う解析。