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2017年11月29日
ヒトiPS/ES細胞から効率良く尿管芽組織を作製することに成功
ポイント
- 枝分かれ構造を示す尿管芽注1をヒトiPS/ES細胞から作製する方法を確立した。
- 尿管芽を派生させる胎生組織である前方中間中胚葉注2が前方原始線条注3由来である可能性を示した。
- 今回作製した尿管芽は、腎集合管や下部尿路系の作製研究や、ヒト胚発生初期の段階で異常をきたす遺伝性腎尿路系疾患の病態解析、疾患モデルの開発などへの応用が期待される。
前伸一特定拠点助教、兩坂誠大学院生、および長船健二教授(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)らの研究グループは、ヒトiPS/ES細胞から効率良く胎児期の腎前駆組織の一つである尿管芽を作製することに成功しました。
これまで、ヒトiPS/ES細胞を用いて、尿管芽を選択的かつ高効率に作製する方法は確立されていませんでした。今回の研究では、腎臓発生過程を段階的に模倣することによって、ヒトiPS/ES細胞を尿管芽へ分化誘導する方法を確立しました。今回確立した方法は、未だ開発されていない尿管芽から腎集合管や下部尿路系の作製研究への応用や、ヒト胚発生初期の段階で異常をきたす遺伝性腎尿路系疾患の病態の解析や、疾患モデルの作製にも活用することができると期待されます。
本研究成果は、2017年11月20日に米科学誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」でオンライン公開されました。
胎児の腎臓は、将来ネフロン注4に分化する後腎間葉と、集合管、下部尿路系に分化する尿管芽という二つの異なる前駆組織から構成されています。これまで、ヒトiPS/ES細胞を用いてネフロンの前駆細胞を作製した報告はありましたが、尿管芽系譜の細胞を選択的かつ高効率に作製する方法は確立されていませんでした。また、尿管芽の分化誘導法を確立することは、尿管芽系譜細胞に異常をきたす遺伝性腎尿路系疾患の病態解析や、それらの疾患の新しい治療法の開発などへ応用することが期待できます。そこで研究グループはヒトiPS/ES細胞を用いて尿管芽を作製することを試みました。
1) ヒトiPS/ES細胞から前方中間中胚葉への分化誘導
ヒトiPS/ES細胞を前方原始線条へと分化誘導した後、レチノイン酸などの因子を含む培地で培養を行うことで、尿管芽系譜の前駆細胞である、前方中間中胚葉へ約70%の高効率で分化誘導することが可能であることを発見しました。
図1 前方中間中胚葉の誘導
分化誘導した前方中間中胚葉細胞。前方中間中胚葉のマーカーであるOSR1、GATA3を発現している。
赤:GATA3 緑:OSR1
スケールバー:100 μm
2) 前方中間中胚葉細胞からウォルフ管注5への分化誘導
作製した前方中間中胚葉の細胞を、線維芽細胞増殖因子などを加えた培地で培養したところ、ウォルフ管(中腎管)細胞へ分化誘導できることが確認されました。作製されたウォルフ管細胞は上皮細胞のマーカーであるEカドヘリンを発現していないウォルフ管の先端の細胞に似た性質を持っていることが分かりました。さらに、研究グループは、それらの細胞を三次元培養することにより、成熟したウォルフ管の上皮細胞を作製することにも成功しました。
図2 ウォルフ管細胞の誘導
A. 分化誘導したウォルフ管細胞。ウォルフ管細胞のマーカーであるGATA3、PAX2、LHX1は
発現しているが、成熟したウォルフ管のマーカーであるEカドヘリンは発現していない。
左. 赤:PAX2 緑:LHX1 青:核
右. 赤:GATA3 緑:Eカドヘリン 青:核
スケールバー:100 μm
B. 三次元培養したウォルフ管細胞の細胞塊の明視野像(左)と免疫染色像(右)。
三次元培養することでEカドヘリン陽性の成熟したウォルフ管上皮細胞を作製できた。
左. スケールバー:300 μm
右. 赤:GATA3 緑:Eカドヘリン スケールバー:100 μm
3) 成熟したウォルフ管細胞から枝分かれ構造をとる尿管芽を作製
三次元培養によって得られた成熟ウォルフ管細胞から成る細胞塊をマトリゲルに封入して、グリア細胞株由来神経栄養因子などの因子を加えて培養したところ、尿管芽様の発芽構造の形成を認め、さらに培養を継続することで、枝分かれ構造をとることが明らかになりました。また、この枝分かれ構造には、先端と幹の領域が形成されており、尿管芽発生を模倣していることも確認することができました。
図3 尿管芽の発芽と枝分かれ構造の形成
A. ウォルフ管細胞から成る細胞塊をマトリゲル内で7日間培養した構造物の明視野像。
尿管芽様の発芽構造を多数認める。スケールバー:300 μm
B. 15日目の枝分かれした尿管芽様構造の免疫染色像。先端(RET)と幹(サイトケラチン19)に特異的なマーカーを発現していることを確認した。
赤:サイトケラチン19 緑:RET スケールバー:100 μm
本研究では、ヒトiPS/ES細胞から前方中間中胚葉、ウォルフ管細胞を経て、枝分かれする尿管芽構造を選択的かつ高効率に作製することに成功しました。今回の結果は、腎集合管や下部尿路系組織の作製、尿管芽系譜細胞で異常をきたす遺伝性疾患の研究などに活用することができるため、腎臓の再生医療の開発に貢献することが期待されます。
- 論文名
"Generation of branching ureteric bud tissues from human pluripotent stem cells" - ジャーナル名
Biochemical and Biophysical Research Communications - 著者
Shin-Ichi Mae*, Makoto Ryosaka*, Taro Toyoda, Kyoko Matsuse, Yoichi Oshima, Hiraku Tsujimoto, Shiori Okumura, Aya Shibasaki, Kenji Osafune**
* 筆頭著者
** 責任著者 - 著者の所属機関
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」、「技術開発個別課題」
- AMED 難治性疾患実用化研究事業
- 日本学術振興会 (JSPS) 最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
- 日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究 (C)
- 日本学術振興会 (JSPS)・文部科学省 科学研究費補助金 若手研究 (B)
- 大塚製薬株式会社
注1)尿管芽
腎臓の前駆組織の一つ。尿の排泄路である集合管、下部尿路系などに将来分化する。
注2)前方中間中胚葉
動物の発生初期に見られる細胞の名前。中胚葉は筋肉や、血液、腎臓に分化するが、その中で前方中間中胚葉は将来、尿管芽に分化する。
注3)前方原始線条
原始線条は哺乳類の発生過程で初期に現れる溝のような構造。マウスの場合発生開始6-7日目に見られ、この部分で細胞の形態が変化しさまざまな種類の細胞に分化していく。前方原始線条は将来内胚葉や中胚葉の細胞の基となる領域。
注4)ネフロン
腎臓の基本的な単位。ヒトの場合、左右の腎臓合わせて約200万個のネフロンから成る。血液をろ過する糸球体と、尿の成分調節を行う尿細管を合わせた構造の名称。
注5)ウォルフ管(別名、中腎管)
尿管芽の前駆組織の一つ。前方中間中胚葉から派生し、頭側から尾側方向に伸長し、管状の構造を形成する。尿管芽はこのウォルフ管の管構造を形成した部分から発芽する。ウォルフ管自体は、将来、女性では消退し、男性では生殖腺になる。