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2017年12月1日
アドレナリン受容体作動薬がヒトiPS細胞から肝細胞への分化を促進することを発見
ポイント
- ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)(注1)やヒトES細胞(胚性幹細胞)(注2)由来の肝芽細胞(注3)から肝細胞を分化誘導する低分子化合物としてアドレナリンα1受容体作動薬(注4)であるメトキサミン塩酸塩を同定した。
- アドレナリンα1受容体作動薬は、ヒトiPS/ES細胞から肝細胞の分化誘導で頻用される増殖因子である肝細胞増殖因子(HGF)(注5)とオンコスタチンM(OsM)(注6)の代替となる。
- 化合物を用いた分化誘導法を開発することにより、再生医療や創薬研究で使用する肝細胞を低コストで供給できるようになることが期待される。
肝疾患に対する再生医療や創薬、薬物の肝毒性評価には、ヒト肝細胞が必要ですが、人体から採取したヒト肝細胞を培養により増やし、安定的かつ大量に得ることは難しいです。そこで、無限の増殖能を有するヒトiPS細胞やヒトES細胞から肝細胞を作製することが期待されていますが、分化誘導に使用する増殖因子は高価であり、安価な肝細胞の作製法の開発が期待されています。
小髙 真希 研究員(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)、長船 健二 教授(京都大学CiRA増殖分化機構研究部門)らの研究グループは、低分子化合物のスクリーニングを行うことにより、ヒトiPS細胞由来の肝芽細胞を肝細胞へ分化誘導する化合物として、アドレナリンα1受容体作動薬として知られているメトキサミン塩酸塩を同定しました。
メトキサミン塩酸塩を用いて作製された肝細胞は、生体内の肝細胞がもつアルブミン(注7)やα1アンチトリプシン(注8)を分泌する能力やグリコーゲン(注9)を蓄積する能力を示し、CYP(注10)1A2、CYP3A4、CYP2D6などの薬物代謝酵素(注11)の活性を有することが確認されました。また、メトキサミン塩酸塩により、オンコスタチンM(OsM)を含むIL-6ファミリー(注12)のサイトカイン(注13)が作用するシグナル分子(注14)であるSTAT3の経路が活性化し、肝細胞が分化誘導されるメカニズムが示唆されました。
この研究成果は、2017年12月1日に英科学誌「Scientific Reports」で公開されました。
ヒトiPS細胞やヒトES細胞から作製される肝細胞は、再生医療、疾患モデル作製、創薬、薬剤の肝毒性評価などへの応用が期待されています。しかし、これまでに報告されたヒトiPS細胞やヒトES細胞から肝細胞を作製する方法は、増殖因子と呼ばれる高価なタンパク質製剤を使用するものがほとんどで、大量の肝細胞を準備するにはコストが高くなることが懸念されています。そのため、安価な低分子化合物を用いた肝細胞の作製法の開発が望まれています。そこで、長船教授らの研究グループは、低分子化合物のスクリーニングを行い、ヒトiPS細胞由来の肝芽細胞から肝細胞を分化誘導する化合物を同定し、その化合物を用いた新規の分化誘導法の開発を目指しました。
1) ヒトiPS細胞由来の肝芽細胞から肝細胞を分化誘導する化合物を同定した
研究グループはまず、ヒトiPS細胞から作製した肝芽細胞に対する約1,120種類の低分子化合物の作用をスクリーニング探索し、肝芽細胞から肝細胞を分化誘導する化合物として、アドレナリンα1受容体作動薬であるメトキサミン塩酸塩(図1)を同定しました。肝芽細胞から肝細胞への分化誘導には、これまでHGFとOsMの組み合わせが頻用されてきましたが、メトキサミン塩酸塩はHGFとOsMの代わりになることが分かりました。また、メトキサミン塩酸塩は、多種のヒトiPS細胞株とヒトES細胞株由来の肝芽細胞から肝細胞を分化誘導できることが分かりました。

図1 メトキサミン塩酸塩の化学構造
2) メトキサミン塩酸塩を用いて作製した肝細胞の機能を評価した
メトキサミン塩酸塩を用いて肝芽細胞から作製した肝細胞は、アルブミンをはじめとするマーカー遺伝子を発現し(図2)、さらに、アルブミンおよびα1アンチトリプシンの分泌、細胞質内の脂肪滴(注15)やグリコーゲンの蓄積および薬剤代謝酵素であるCYPの活性を有するなどの機能を示しました。

図2 低分子化合物メトキサミン塩酸塩により分化誘導された肝細胞の免疫染色像
緑:アルブミン陽性細胞、青:核
3) メトキサミン塩酸塩による肝細胞への分化機序の一部を明らかにした
マイクロアレイ解析(注16)により、HGFとOsMの組み合わせとメトキサミン塩酸塩により誘導された肝細胞が、類似の遺伝子発現パターンを有することが分かりました。さらに、HGFとOsMによる肝芽細胞から肝細胞への分化誘導において、メトキサミン塩酸塩の作用を阻害するアドレナリンα1受容体拮抗薬を加えることで肝細胞への分化が抑えられました。さらに、メトキサミン塩酸塩が、ヒトiPS細胞由来の肝芽細胞から肝細胞への分化において、OsMの下流として働くシグナル分子であるSTAT3を活性化することが判明しました。これらの結果は、アドレナリンα1受容体作動薬が、HGFおよびOsMの下流で働き、シグナル分子STAT3を活性化することによって、肝細胞の分化を誘導することを示唆しています。

図3 アドレナリンα1受容体作動薬がヒトiPS細胞から肝細胞への分化を促進する
本研究では、ヒトiPS細胞やヒトES細胞由来の肝芽細胞から肝細胞を分化誘導する低分子化合物であるメトキサミン塩酸塩を同定しました。この発見により、肝臓の発生分化機構の解明が進むと考えられます。また、メトキサミン塩酸塩を用いた肝細胞の分化誘導法は、肝疾患に対する再生医療や創薬、薬剤の肝毒性評価などに使用する肝細胞を低コストで供給できる方法の開発に貢献することが期待されます。
- 論文名
"Adrenergic receptor agonists induce the differentiation of pluripotent stem cell-derived hepatoblasts into hepatocyte-like cells" - ジャーナル名
Scientific Reports - 著者
Maki Kotaka1, Taro Toyoda1, Katsutaro Yasuda1, Yuko Kitano1, Chihiro Okada1,3, Akira Ohta1, Akira Watanabe1,2, Motonari Uesugi2,4 and Kenji Osafune1 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 京都大学物質-細胞統合システム拠点 (iCeMS)
- 三菱スペース・ソフトウエア株式会社
- 京都大学化学研究所
本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム
「iPS細胞研究中核拠点」 - 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実用化研究事業
- 科学技術振興機構(JST)山中iPS細胞特別プロジェクト
注1)iPS細胞(人工多能性幹細胞)
体細胞に特定因子(初期化因子)を導入することにより樹立される、ES細胞に類似した多能性幹細胞。
注2)ES細胞(胚性幹細胞)
受精後6、7日目の胚盤胞から細胞を取り出し、それを培養することによって作製される多能性幹細胞の一つで、あらゆる組織の細胞に分化することができる。
注3) 肝芽細胞
胎生期の肝幹・前駆細胞。高い増殖能と肝細胞・胆管上皮細胞への二方向の分化能を持つ。
注4)アドレナリンα1受容体作動薬
細胞の表面にあり、アドレナリンなどのホルモンにより活性化される受容体の1種であるα1受容体を刺激する。
注5)肝細胞増殖因子(HGF)
肝細胞の増殖を促すサイトカイン。肝臓以外でも多くの臓器で産生され、器官の再生を促す。
注6)オンコスタチンM(OsM)
血液細胞により産生され、IL-6ファミリー(注12)のサイトカインとして知られる。増殖因子で、肝芽細胞から肝細胞への分化を促進するとされる。
注7)アルブミン
肝臓で合成される主要なタンパク質の一種。
注8)α1アンチトリプシン
糖タンパク質の一つ。血中に存在し、タンパク質分解酵素を阻害する酵素。
注9)グリコーゲン
動物の肝臓や筋肉に蓄えられる多糖。余剰な糖は肝臓や骨格筋で、グリコーゲンという形でエネルギー源として貯蔵される。
注10)薬物代謝酵素
薬物などの生体外物質の代謝反応(分解・排出しやすくするなど)を行う酵素。
注11) CYP
シトクロムP450。主に肝臓に存在する。薬剤の解毒を行うなど、さまざまな生命活動に関与する酵素ファミリーの総称。
注12)IL(インターロイキン)-6ファミリー
インターロイキン6。リンパ球を含むさまざまな細胞により産生されるサイトカイン。炎症反応など多様な生物学的活性を示す。ファミリーとは、それに類するものの一群。
注13)サイトカイン
さまざまな細胞から分泌され、特定の細胞の働きに作用するタンパク質。免疫反応や炎症反応など多くの病気に関連している。
注14)シグナル分子
細胞間のシグナルを出し、連絡しあう分子。細胞間や細胞膜上でのシグナル(情報)伝達に関わる分子。
注15)脂肪滴
細胞内にある小器官で、コレステロールなどの脂質を蓄える。
注16)マイクロアレイ解析
一度に膨大な数のDNAやたんぱく質を網羅的に検査することができる解析技術。