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2021年2月15日

食道と胃の境界はどのように生まれるのか? 〜"異なる上皮の接点"形成メカニズムを解明〜

 通常、食道の内側を覆う粘膜は扁平上皮注1)から成り、胃や腸の内側は円柱上皮注2)という別の粘膜から成っています。食道と胃の接合部は、squamous-columnar junction (SCJ)と呼ばれ、扁平上皮と円柱上皮、さらには両者の中間に存在する少数の未分化な移行上皮からなる境界部位です。

 扁平上皮と円柱上皮は役割が違い、ストレスに対抗する性質も違います。扁平上皮は力学的ストレスには強い一方、円柱上皮は胃酸に対する抵抗性を持ちます。SCJにおける上皮細胞は2つの異なるストレスを受けることになり、SCJは病変が現れる部位として知られています。例えば、胃酸の逆流による炎症で食道が傷つくと、SCJにおいて円柱上皮の領域が広がり、食道下部の粘膜が扁平上皮から円柱上皮に移り変わった「バレット食道」と呼ばれる状態に陥り、癌化のリスクが高まります。食道-胃接合部以外にも、子宮頚部や直腸のSCJも「異なる上皮の接点」であり、いずれも癌の好発部位として知られています。それゆえ、SCJにおける上皮の研究は医学的に大変重要ですが、これまで、どのようにSCJが形成されるのか、そのメカニズムについて全く解明されていませんでした。

 今回、三小田 直 研究員(京都大学CiRA未来生命科学開拓部門)、川口義弥教授(京都大学CiRA同部門)らの研究グループは、マウスの胃におけるSCJの発生を調べ、2つの転写因子Sox2とGata4が関わっていることを突き止めました。Sox2とGata4の発現の調整によって、扁平上皮と円柱上皮への分化と、細胞分化を抑制するMAPK/ERKシグナル経路注3)がバランス良く制御され、SCJが作り出されることが分かりました。

 この研究成果は、2021年1月25日に「Nature Communications」でオンライン公開されました。

 研究グループは、まず、マウスの胃の発生初期の段階で、Sox2とGata4という転写因子が併せて発現していることを確認し、発生が進むにつれ、Sox2は胃の近位(食道側)に強く、Gata4は遠位(腸側)に強く発現するようになることを見つけました(図1)。Sox2、Gata4が働かなくなる変異マウス(ノックアウトマウス)を作成すると、それぞれ扁平上皮と円柱上皮ができず、未分化状態の移行上皮のままになってしまいました。

図1: マウス胎生胃におけるSox2とGata4の発現

 さらに研究グループは、Sox2とGata4が周囲の間質細胞注4)と強調してSCJ を形成する巧妙な仕組みを明らかにしました。まず、Gata4は未知のシグナルを介して周囲の間質細胞にFgf10というタンパク質の発現を促します。一方、Sox2はFgf10の受容体であるFgfr2を発現させます。Fgf10がFgfr2に結合することで細胞内のMAPK/ERKシグナル経路が活性化し、細胞の未分化状態(移行上皮としての性質)を維持することがわかりました。発生過程で進行するSox2・近位 / Gata4・遠位という発現量勾配の形成により、Fgf10発現間質細胞とFgfr2発現上皮細胞の距離は次第に伸びることとなり、結果的に扁平上皮と円柱上皮の中間に位置するMAPK/ERKシグナル活性化領域(移行上皮)が次第に狭められ、成体マウスSCJにも残存することが分かりました。

 最後に、ヒトの食道と胃の接合部や子宮頚部のSCJでも移行上皮がMAPK/ERKシグナル経路を活性化していることを確認しました。バレット食道のサンプルを調べると、Sox2やGata4の発現量が移行上皮パターンをとり、実際にMAPK/ERKシグナル経路を活性化しており、なおかつ細胞増殖も活発に起こっていることがわかりました。つまり、バレット食道や他のSCJにおける病変において、MAPK/ERKシグナル経路の活性が鍵となることを示唆しています。

 これまで、SCJにおいてどのように2つの異なる上皮の恒常性が保たれ、組織が再生されているか解明されていませんでした。今回の研究成果は、SCJにおける組織の再生と腫瘍形成についての新たな理解に繋がり、将来、SCJに生じる癌の治療開発に向けた研究に貢献することが期待できます。

論文名と著者
  1. 論文名
    Epithelial expression of Gata4 and Sox2 regulates specification of the squamous-columnar junction via MAPK/ERK signaling in mice
  2. ジャーナル名
    Nature Communications
  3. 著者
    Nao Sankoda1,2,3, Wataru Tanabe1,2, Akito Tanaka1, Hirofumi Shibata4, Knut Woltjen1,5, Tsutomu Chiba2, Hironori Haga6, Yoshiharu Sakai2, Masaki Mandai6, Takuya Yamamoto1,7,8,9, Yasuhiro Yamada3,7, Shinji Uemoto2 and Yoshiya Kawaguchi1*
    *責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学大学院 医学研究科
    3. 東京大学医科学研究所
    4. 岐阜大学大学院 医学系研究科
    5. 京都大学白眉センター
    6. 京都大学医学部附属病院
    7. 日本医療研究開発機構
    8. ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)
    9. 理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)
本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会
  2. AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム iPS細胞研究中核拠点
  3. 東京大学医科学研究所 国際共同利用・共同研究拠点
用語説明

注1) 扁平上皮
平たい構造を持った組織。食道の内側を覆い、物理的なストレスから食道を守るバリアのような機能を持つ。

注2) 円柱上皮
横断面で見ると円柱のような形をした組織。胃や腸の内側を覆い、分泌物を出して胃酸などの外的な刺激や侵入した菌から上皮細胞を守る。

注3) MAPK/ERKシグナル経路
細胞表面の受容体からの信号を細胞核内のDNAに伝えるタンパク質の伝達ネットワーク。細胞の分裂、分化、死などの様々な細胞のプロセスを制御する複雑な経路。

注4) 間質細胞
臓器と臓器の間に存在する結合組織にあるさまざまな細胞の総称。線維芽細胞、免疫細胞、内皮細胞などがある。

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