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2021年10月27日
上下動撹拌培養装置を用いた流体制御により誘導した反転型脳オルガノイド
脳オルガノイド誘導の流体シミュレーションと流体力学的理解
ポイント
- 上下動撹拌培養装置を用いた流体制御により、従来の化合物を使用せずに脳オルガノイド注1)を誘導できることを明らかにした。
- 上下動撹拌培養装置を用いて作製した脳オルガノイドは層構造が逆転していた。
- 上下動撹拌培養の流体シミューレーションではオルガノイドが均一に分散し、オルガノイドへ均等な力がかかることが判明した。
- 流体制御による一次繊毛注2)への物理的作用とそれに関連するシグナル伝達が、脳オルガノイド内に誘導される神経細胞の位置と種類を変化させた。
Dang Ngoc Anh Suong 元研究員(CiRA増殖分化機構研究部門・理化学研究所(理研)バイオリソース研究センター(BRC)iPS創薬基盤開発チーム)、今村恵子特定拠点講師(CiRA同部門・理研革新知能統合研究センター(AIP)iPS細胞連携医学的リスク回避チーム(上田修功チームリーダー)客員研究員)、
井上治久教授(CiRA同部門・理研BRC iPS創薬基盤開発チームチームリーダー、理研AIP iPS細胞連携医学的リスク回避チーム客員主管研究員)らの研究グループは、上下動撹拌型の培養装置を用いて、非定常的に3D浮遊培養を行いながら流体制御することによって、従来の化合物を使用せずに脳オルガノイドを誘導できることを明らかにしました。
近年、オルガノイド研究は注目されており、脳オルガノイドをつくる方法がこれまでに報告されてきました。井上教授らのグループは、培養液の流動作用・撹拌方法に着目し、上下に非定常撹拌注3)する装置を用いて脳オルガノイドを誘導しました。すると、従来の化合物を使用せずに脳オルガノイドができ、その構造は通常の脳オルガノイドの層構造とは逆転した構造を示していました。流体シミュレーションによると、上下に非定常で撹拌するとオルガノイドが均一に分散し、細胞に均等な力がかかっていることが分かりました。また、細胞への機械的刺激を受け取るセンサーである一次繊毛を脳オルガノイドの中の神経幹細胞で調べると、上下動撹拌培養では均等に全方向に伸びており、遺伝子発現解析において一次繊毛と関連するシグナル変化が見られました。また、従来の脳オルガノイドの誘導法では見られない期間でGABA作動性神経細胞注4)の誘導ができていました。これらの結果は、流体力学的に細胞に加わる物理的作用を制御することで、脳オルガノイドへの分化を制御できることを示唆していると考えられます。
この研究成果は2021年10月22日に「Communications Biology」で公開されました。
ヒトiPS細胞を用いたオルガノイド誘導技術により、脳のような構造を研究に利用することができ、人間の脳の発達や病気について多くの知見を得ることができるようになってきています。脳オルガノイドの誘導方法はまだ明らかになっていない部分もあり、さまざまな化合物の組み合わせを変えることで改良が試みられてきました。しかし、これまでの培養方法では、軌道方向の回転揺動撹拌が主流で、他の撹拌方法を行ったときに、流体力学的に細胞に加わる機械的刺激が細胞の分化にどのような影響を及ぼすのかは、分かっていませんでした。
そこで、井上教授らの研究グループは、脳オルガノイド誘導時に上下動撹拌培養を行うことで、機械的刺激がどのように影響するのか調べました。
1)上下動撹拌培養による脳オルガノイドの誘導
iPS細胞から、回転揺動撹拌と上下動撹拌培養でそれぞれの方法で培養しながら、脳オルガノイドへと誘導し、56日後に免疫染色をして脳オルガノイドの構造を調べました。すると回転揺動撹拌(Orbital mixing)ではSOX2陽性細胞が内側、MAP2陽性細胞が外側に配置されたのに対し、上下動撹拌培養(Vertical mixing)では、SOX2陽性細胞が外側、MAP2陽性細胞が内側に配置され、脳オルガノイドの層構造が逆転していました。(Fig. 1)
Fig.1 誘導56日目の免疫染色像
2)上下動撹拌培養ではオルガノイドに均等な力がかかっている
次に、回転揺動撹拌および上下動撹拌培養時のオルガノイドの動きと培養液中にかかる圧力の変化について、流体シミュレーションを行いました。回転揺動撹拌では均等に分散はしておらず、オルガノイドの位置を表す白球は容器の壁から中心に向かって移動しました。一方、上下動撹拌培養では、白球が均等に分散しており、オルガノイドに均一な力が加わっていることが分かりました。(Fig.2)
Fig.2 軌道攪拌(orbital mixing)と上下動撹拌培養(vertical mixing)の
それぞれの撹拌時にかかる力およびオルガノイドの位置のシミュレーション
3)上下動撹拌培養により一次繊毛の向きが変化する
培養液中の機械的な力と細胞内の反応との関連を明らかにするために、周囲の環境から機械的な刺激による信号を受け取り、細胞の増殖や移動などの制御に関わる一次繊毛に着目しました。神経幹細胞で一次繊毛を免疫染色して分析すると、回転揺動攪拌で培養した場合は、一次繊毛が同じ方を向いて配置されていました。一方、上下動撹拌培養で培養した場合には、一次繊毛の向きがさまざまな向きを示していました。(Fig.3)
Fig.3 神経細胞と一次繊毛の位置。赤く見えるところ(ARL13B)が一次繊毛
上下動撹拌培養を用いて流体制御を行うことで、従来の化合物を使用せずに脳オルガノイドを誘導できることを明らかにしました。この方法では、オルガノイドが均一に分散し、物理的作用により脳オルガノイドの分化制御が可能であることが分かりました。そのメカニズムの一旦として、流体力学に基づく一次繊毛のセンシングとそれに関連するシグナル伝達が関与していることが考えられました。
本研究における流体シミュレーションとそれに基づく脳オルガノイド誘導の理解は、今後の脳オルガノイド研究において、細胞分化における物理的な力の及ぼす影響とそのメカニズムをさらに解析する基盤として有用であるとともに、本方法により誘導した層構造が逆転した脳オルガノイドは、ヒトの脳研究の新しいモデルとして、脳病態・創薬研究と細胞医薬の新たなリソースとなることが期待されます。
- 論文名
Induction of inverted morphology in brain organoids by vertical-mixing bioreactors - ジャーナル名
Communications Biology - 著者
Dang Ngoc Anh Suong1,2, Keiko Imamura1,2,3, Ikuyo Inoue1,3, Ryotaro Kabai4, Satoko Sakamoto4, Tatsuya Okumura4, Yoshikazu Kato5, Takayuki Kondo1,2,3, Yuichiro Yada1,2, William L Klein6, Akira Watanabe4, Haruhisa Inoue1,2,3,7,* - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 理化学研究所バイオリソース研究センター(BRC)
- 理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)
- 京都大学大学院医学研究科
- 佐竹化学機械工業株式会社 撹拌技術開発研究所
- Northwestern University
- 京都大学医学部附属病院 先端医療研究開発機構(iACT)
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 上原記念生命科学財団
- 科学技術振興機構(JST) センター・オブ・イノベーションプログラム
注1) オルガノイド
多能性幹細胞や組織幹細胞から分化誘導された3次元組織で、生体で見られるような構造や機能を保持しているもののこと。将来的な疾患モデリングや創薬スクリーニングなどへの応用が期待されている。
注2) 一次繊毛
細胞一つにつき1本見られる毛のような構造。ヒトの体を構成する大部分の細胞種で観察されている。細胞のアンテナとして機能し、さまざまな要素を検出する対象としている。一次繊毛の異常がさまざまな疾病につながることも報告されている。
注3) 非定常撹拌
従来の回転揺動撹拌の場合は、常に一定の方向に流体が旋回しているのに対して(定常)、上下動撹拌の場合は上向き・停止・下向きと動きが一定ではなく変化する(非定常)。
注4) GABA作動性神経細胞
中枢神経系に存在する抑制性神経細胞の一種。GABAを神経伝達物質として持ち、大脳皮質の神経細胞のうち約20%を占める。