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2023年3月24日

遺伝子治療によるホスト脳の環境最適化が細胞移植効果を高める 〜ホスト脳へのL1CAMの強制発現によるマウス胎仔脳移植片の軸索伸長促進効果〜

ポイント

  1. ホスト脳へのアデノ随伴ウイルス(AAV)注1)ベクターを介したL1CAM注2)の発現が、移植された大脳皮質ニューロンの軸索注3)伸長を促進することが確認された。
  2. L1CAMは同一分子間結合により、走触性注4)に軸索の伸長を促進することが確認された。
1. 要旨

 土持諒輔大学院生(CiRA臨床応用研究部門、九州大学大学院医学研究院脳神経外科)、髙橋淳教授(CiRA同部門)らの研究グループは、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いてホストのマウス脳に軸索誘導因子であるL1CAMを発現させることにより、マウス胎仔脳移植片の神経細胞の皮質脊髄路注5)に沿った軸索伸展が促進することを明らかにしました。また、発現させたL1CAMは同一分子間結合を介した接触性のメカニズムにより軸索伸長を促進することも分かりました。

 これらの結果は、遺伝子治療による軸索誘導因子の発現によってホストの環境を最適化することが、細胞移植療法の効果を高めることを示唆しています。

 この研究成果は、2023年3月23日 (日本時間)に米国科学誌「Stem Cell Reports」でオンライン公開されました。

概要図

2. 研究の背景

 皮質脊髄路は、運動野を起点とし脊髄まで下行する神経路で、運動機能に不可欠な役割を担っています。脳血管障害や頭部外傷では、しばしばこの経路が損傷し、運動機能障害が引き起こされます。内科的・外科的治療とリハビリテーションによって運動機能障害はある程度改善されますが、現実には多くの患者さんが脳損傷後の障害に悩まされており、新たな治療法として、細胞移植による皮質脊髄路の再構築が期待されています。本研究グループはこれまでに、ヒト多能性幹細胞由来の大脳オルガノイド注6)のマウス脳への移植により、移植片から神経軸索が伸長し、ホストの脊髄まで到達したことを報告しました(CiRAニュース:2020年7月17日「大脳オルガノイドからの皮質脊髄路に沿った軸索伸展」)。しかし、損傷した皮質脊髄路の機能再建には依然改善の余地があり、ホスト脳の環境の改善がこれに寄与すると考えられました。

 神経発生の段階において大脳皮質から起こった神経軸索が脊髄に向けて下行する際には、ネトリン-1 (Netrin-1)、セマフォリン3A (SEMA3A)、セマフォリン3C (SEMA3C)、L1CAMなどの多くの軸索誘導因子が軸索の伸長をサポートすることが知られています。

 これらの軸索誘導因子の作用様式は、2つのグループに分類されます。一つ目は拡散性のタンパク質によって起こる走化性機序と呼ばれるもので、誘引的あるいは反発的に作用しながら軸索を誘導します。上述のうちネトリン-1やセマフォリンはこの機序により軸索を誘導し、発生初期の軸索伸長に関与するとされています。もう一つは細胞接着性に軸索を誘導する走触性機序と呼ばれるもので、膜貫通型の細胞接着分子であるL1CAMは同一分子間結合、すなわちL1CAM同士で結合することでこの機序を発揮し、軸索誘導や中枢神経の成熟に重要な役割を果たすと言われています。成体の皮質脊髄路上ではこれら軸索誘導因子の発現はほとんど消失しており、上述の知見は、ホスト脳におけるこれらの因子の発現が移植細胞からの軸索伸長を促進することを示唆していますが、この仮定はこれまで調査されていませんでした。

 そこで、本研究グループはこれらの軸索誘導因子遺伝子を載せた組換えAAVベクターをホストのマウス脳の運動皮質に注射した上で胎児マウス脳皮質組織を移植し、移植片からの皮質脊髄路に沿った軸索の伸長にどのような影響をもたらすかを検討しました。

3. 研究結果

1)ホスト脳へのL1CAM遺伝子導入による移植片からの軸索伸長促進
 研究グループは、まず軸索誘導因子の遺伝子(Ntn1、Sema3A、Sema3C、L1cam)を持つ組換えAAVベクターを構築しました。そしてこれら各々のベクターをホストとなるマウスの脳の運動野に注射し、それぞれの因子を皮質脊髄路に発現させた後に、GFP(青色の光を受けて緑色に光る蛍光タンパク質)トランスジェニックマウスの胎児脳皮質組織を運動野に移植しました。移植12週間後の皮質脊髄路における移植片由来の軸索の数を比較検討したところ、L1CAMを発現させた群では軸索の数が対照群と比較して有意に多く、脊髄まで到達した軸索の数も有意に多いことが分かりました(図1)。

図1:ホスト脳へのL1CAM遺伝子導入により、移植片からの軸索伸長が促進された

A:マウス脳矢状(体を前後に貫く向き)断。図内の点線で囲まれた領域が皮質脊髄路で、1: 内包、2: 大脳脚、3: 脊髄を表す。

B:GFPで標識された、移植片由来の軸索。L1CAM遺伝子を導入された群では、皮質脊髄路である内包、大脳脚、脊髄において移植片由来の軸索が対照群よりも多く伸展していた。スケールバーは、50 µm。

C:内包、大脳脚、脊髄における移植片由来の軸索の本数。軸索誘導分子を発現させたものの中で、L1CAMを発現させたものだけが、軸索の本数が対照群と比べて有意に多かった。

2)ベクター注射によるホスト脳でのL1CAM発現とそれに沿った移植神経軸索の伸長
 本実験ではAAVベクターの注射によってホスト脳の皮質脊髄路にL1CAM (ベクター由来のものと分かるようにFLAGタグと呼ばれるタンパク質で標識してあります)が発現し、それに沿うように移植神経細胞の軸索が伸展する様が確認されました(図2)。

図2:移植片由来の軸索は、AAVベクターによって発現したL1CAMに沿って伸長した

移植後ホスト脳内包の免疫染色像。右端のパネルは白四角で囲まれた部分の高倍率像。FLAGタグ(白)で標識されたAAVベクター由来のL1CAM(赤)に沿って移植神経細胞の軸索(緑)が伸展している。 スケールバーは、20 µm。

 この結果からベクター注射によってホスト脳に発現したL1CAMが細胞接着性、すなわち走触性機序で移植片からの軸索伸長を促進していることが考えられました。

3)L1CAM発現細胞による同一分子間結合を介した神経軸索伸長の促進
 上述のように、L1CAMは同一分子間結合を介して走触性に軸索伸長に関わると言われています。移植細胞である胎児の神経細胞の軸索はL1CAMを発現している(図3A, B)ので、本実験系でも移植片側のL1CAMとホスト側に遺伝子導入され発現したL1CAMとの間の同一分子間結合によって軸索伸長が促進されていると考えられました。

 そこで、それを確認するべく、遺伝子導入技術を用いてドキシサイクリン(DOX)注7)を作用させることでL1CAMを発現する細胞を作製し、それを敷き詰めた上にGFPトランスジェニックマウス胎児脳神経細胞を共培養させる実験を行いました。すると、L1CAMを発現させた細胞(DOX存在下)の上では発現しない細胞の上に比べて神経軸索がより伸長しました。さらに、これにL1CAMの同一分子間結合を阻害する5G3という薬剤を作用させると、この軸索伸長効果が打ち消されることが確認されました(図3C)。L1CAMの軸索伸長効果には同一分子間結合が関わっていることが示されました。

図3:L1CAM発現細胞は同一分子間結合により神経軸索伸長の促進した

A:GFPトランスジェニックマウス胎児脳の神経細胞を胎生14日目で分散培養し、観察を行った。

B:Aの免疫染色像。移植に用いる胎生14日目のマウス神経細胞にはL1CAMが発現していることが確認できる。スケールバーは、100 µm。

C:DOX存在下でL1CAMを発現する細胞上でGFPトランスジェニックマウス胎児脳神経細胞を共培養したものの免疫染色像。DOX存在下では共培養した神経細胞の軸索がより長く伸長している(再左パネル)が、同一分子間結合阻害剤である5G3を作用させるとその効果が消失している(左より3番目のパネル)。スケールバーは20 µm。

 以上より、AAVベクターによってホスト脳に発現させたL1CAMは同一分子間結合を介した走触性機序により、移植片からの軸索伸長を促進させることが示されました。

4. 本研究の意義と今後の展望 

 本研究によって、AAVを用いてL1CAMをマウス脳内に遺伝子導入することにより、移植された大脳皮質ニューロンの神経突起伸長が促進されることが示されました。この結果は、ホストの環境を最適化することで、移植された細胞の機能が向上するという考えを支持しており、このような細胞移植と遺伝子治療の組み合わせは、神経疾患の治療効率を高めることができると考えられます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Viral delivery of L1CAM promotes axonal extensions by embryonic cerebral grafts in mouse brain
  2. ジャーナル名
    Stem Cell Reports
  3. 著者
    Ryosuke Tsuchimochi1,2, Keitaro Yamagami1,2, Naoko Kubo1, Naoya Amimoto1, Fabian Raudzus1, Bumpei Samata1, Tetsuhiro Kikuchi1, Daisuke Doi1, Koji Yoshimoto2, Aya Mihara1, Jun Takahashi1,3,*
    *:責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)臨床応用研究部門
    2. 九州大学大学院医学研究院脳神経外科
    3. 京都大学大学院医学研究科脳神経外科学
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「疾患・組織別実用化研究拠点A」
7. 用語説明

注1)アデノ随伴ウイルス (AAV)
目的の遺伝子を細胞内に運び込む、ベクターとして用いられる代表的なウイルスの一つ。様々な細胞に遺伝子導入が可能で、病原性が低いため動物個体への遺伝子導入にも適しており、遺伝子治療分野でも広く用いられている。

注2)L1CAM
主に神経発生の段階で働く軸索誘導因子の一つ。神経突起の伸長、軸索誘導、髄鞘形成など、CNSの成熟において重要な役割を果たす

注3)軸索
神経細胞が伸ばす細長い突起で、他の神経細胞や筋肉へ情報を伝達する働きを持つ。

注4)走触性(機序)
軸索誘導因子の作用機序のうち、細胞接着により軸索を誘導・伸長させる機序のこと。

注5)皮質脊髄路
大脳皮質運動野の神経細胞の軸索で構成される神経回路。大脳皮質からの情報を脊髄の神経細胞へ伝達し、運動機能を司る。

注6)オルガノイド
多能性幹細胞や組織幹細胞から分化誘導された3次元組織で、生体で認められるような構造や機能を保持しているもののこと。神経領域では、大脳、神経網膜、小脳、海馬、中脳、視床、脊髄などの領域が報告されている。

注7)ドキシサイクリン(Doxycycline:Dox)
抗生物質の一種。遺伝子工学ではこの物質を作用させて遺伝子のオン/オフを制御する仕組みがよく用いられている。本研究では、ドキシサイクリンが取り込まれると、FLAGタグがついたL1CAMが作られるように遺伝子を操作した細胞を作製し利用している。

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