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2023年6月7日

ヒトiPS細胞由来大腸オルガノイドおよびヒトケラチノサイトを用いたmpoxウイルス2022年株の解析

ポイント

  1. mpox注1ウイルス(MPXV)はヒトケラチノサイト注2およびヒトiPS細胞由来大腸オルガノイド注3に感染可能であり、特にヒトケラチノサイトにおいて高い感染効率を示した。
  2. ヒトケラチノサイトおよびヒトiPS細胞由来大腸オルガノイドを用いて、MPXV 2022年 アウトブレイク株(2022 MPXV)とMPXV従来株の比較解析を行った。
  3. 2022 MPXVを感染させたヒトケラチノサイトにおいて、低酸素症に関する遺伝子の発現量が上昇した。
  4. 従来株であるZr-599注4を感染させたヒトiPS細胞由来大腸オルガノイドにおいて、腸管の機能障害が確認された。
1. 要旨

 渡邉幸夫 研究員(CiRA増殖分化機構研究部門)、木村出海 特任研究員(東京大学医科学研究所システムウイルス学分野:研究当時)、橋本里菜 研究員(CiRA同部門)、G2Pコンソーシアム、佐藤佳 教授(東京大学医科学研究所同分野)、高山和雄 講師(CiRA同部門)らの研究チームは、ヒトケラチノサイトおよびヒトiPS細胞由来大腸オルガノイドを用いて、mpoxウイルス(MPXV)の感染実験を行い、MPXV従来株およびMPXV 2022年アウトブレイク株(2022 MPXV)のウイルス学的特徴を明らかにしました。

 本研究では、ヒトケラチノサイト(以下、ケラチノサイト)とヒトiPS細胞由来の大腸オルガノイド(以下、大腸オルガノイド)に対して、クレードI(Zr-599)、クレードIIa(Liberia注5)、クレードIIb(2022 MPXV)の3系統のMPXVの感染実験を行い、MPXV感染レベルの評価および感染に対する宿主応答の解析を行いました。

 3系統のウイルスは、いずれもケラチノサイトおよび大腸オルガノイドに感染することが確認され、特にケラチノサイトにおいて約7~42倍の高い感染効率を示しました。また、ウイルス感染によりケラチノサイトの機能障害およびミトコンドリア障害を引き起こすことが示唆されました。さらに、2022 MPXVを感染させたケラチノサイトでは、低酸素症に関連する遺伝子の発現量の上昇がみられ、Zr-599 MPXVを感染させたヒトiPS細胞由来大腸オルガノイドでは、腸管の機能障害がみられました。

 今回評価したヒトの皮膚と腸管のMPXV感染モデルが、2022 MPXVのウイルス学的特徴のさらなる解析とmpox治療薬探索に役立つことが期待されます。

 この研究成果は2023年6月6日午後9時(日本時間)に「Journal of Medical Virology」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

 1970年、コンゴ民主共和国においてmpoxの最初の症例が確認されて以降、中東アフリカではmpox患者が継続的に確認されていました。2022年にMPXVの新しい系統(2022 MPXV)が出現し、現在では欧米諸国などアフリカ以外の地域でも感染が広がっています。MPXVはクレードI、IIa、IIbの3つの系統に分類されます。2022 MPXVはクレードIIbに属し、クレードIよりも致死性が低いことが知られています。また、mpoxの症状として発疹、発熱、頭痛やリンパ節腫脹などがあげられますが、2022 MPXV感染者は特に直腸や生殖器周辺の発疹が多く見られることがわかっています。しかし、MPXV系統間のウイルス学的な特徴の比較は十分ではなく、2022 MPXVについてのより詳細な解析を進める必要があります。

 そこで本研究では、ケラチノサイトおよびiPS細胞由来大腸オルガノイドに対して、クレードI、IIa、IIbの3系統のMPXVを感染させ、2022 MPXVのウイルス学的特徴の同定と各部位における宿主応答の解析を試みました。

3. 研究結果

1)MPXVは大腸オルガノイドよりもケラチノサイトに感染しやすい
 この感染実験では、クレードI、IIa、IIbの3系統のMPXVとしてそれぞれZr-599、Liberia、2022 MPXVを用いました(図1)。

図1:本研究で用いたMPXV

Zr-599はクレードI、LiberiaはクレードIIa、2022 MPXVはクレードIIbに属する。
本研究で使用した2022 MPXVは赤字で示す。

 3系統のMPXVを、ケラチノサイトおよび大腸オルガノイドに3日間感染させました(図2A)。感染1、2、3日目のケラチノサイトおよび大腸オルガノイドの培養上清においてウイルスゲノムが検出されました(図2B)。2022MPXVを感染させたケラチノサイトにおいては、1日目から3日目にかけてウイルスゲノム量が16.7倍に増加していた一方で、大腸オルガノイドでは1.4倍程度でほぼ変化していませんでした。また、大腸オルガノイドよりもケラチノサイトのほうがMPXV mRNA発現量が高いことが示されました(図2C)。これらの結果は、2022 MPXVがMPXV従来株と同様に、ケラチノサイトへの感染指向性が高いことが示唆されました。

図2:ケラチノサイトおよび大腸オルガノイドへのMPXV感染実験

(A) 感染実験の手順

(B) 各細胞における培養上清中のウイルスゲノム量の経時変化

(C) 各細胞におけるMPXV mRNA発現の分布を示したサーコスプロット

2)MPXVを感染させたケラチノサイトの解析
 MPXVの感染は、どの系統の場合もケラチノサイトの形態異常を引き起こしました(図3A)。また、MPXV感染によってケラチノサイトのマーカーであるKRT10の発現がほぼ消失しました(図3B)。これらの結果は、MPXV感染がケラチノサイトの細胞障害を引き起こすことを示しています。

図3:MPXVを感染させたケラチノサイト

(A) MPXV感染によりケラチノサイトが形態異常を起こす様子。

(B) MPXV感染によりケラチノサイトのマーカー(KRT10)が消失する様子。

 次に、MPXV感染によるケラチノサイトの宿主応答を調べるために、網羅的遺伝子発現を解析しました。クラスタリング解析により、2022 MPXVはMPXV従来株と比較して遺伝子発現プロファイルが異なることが示唆されました(図4A)。また、MPXV感染により発現上昇あるいは減少した上位10個の遺伝子群を調べたところ、どのMPXVの系統もケラチノサイトの機能およびミトコンドリア機能に関わる遺伝子群の発現が低下していました(図4B)。一方で、MPXV感染によりヌクレオソーム注6の構築に関わる遺伝子群の発現上昇が確認されました(図4B)。以上のことから、MPXV感染による3系統で共通の遺伝子発現プロファイルの変動を明らかにしました。

 続いて、ケラチノサイトにおいて、2022 MPXV感染に特異的な遺伝子発現変動について評価しました。その結果、2022 MPXV感染群に特異的に、低酸素症注7への応答を示す遺伝子群の発現上昇が確認されました(図4C)。したがって、2022 MPXVがMPXV従来株と異なるメカニズムで皮膚障害を生じさせる可能性が示唆されました。

図4:MPXVを感染させたケラチノサイトにおける遺伝子発現解析

(A) クラスタリング解析の結果。2022 MPXVのみ異なる遺伝子プロファイルを示す

(B) エンリッチメント解析の結果。MPXV感染によりヌクレオソームアセンブリなどに関わる遺伝子発現が変化している。

(C) DAVIDを用いたエンリッチメント解析の結果。MPXV感染により低酸素症に応答する遺伝子発現が上昇している。

3)MPXVを感染させた大腸オルガノイドの解析
 MPXVを感染させた大腸オルガノイドについても、網羅的遺伝子発現解析を実施しました。クラスタリング解析の結果、Zr-599感染群は他のMPXV株とは異なる遺伝子発現プロファイルを示すことがわかりました(図5A)。Zr-599感染群においては、亜鉛への応答および亜鉛の恒常性に関わる遺伝子群の発現が減少していました(図5B)。亜鉛の吸収・排泄は腸管の恒常性に重要であることが知られています。Zr-599感染群において、亜鉛の適量維持に必要なMT1G注8のタンパク質発現が減少していることが確認されました(図5C)。過去に、Zr-599が霊長類において重度の腸管障害を引き起こすことは報告されています。これらの結果から、Zr-599感染により腸管における亜鉛の量の均衡が崩れ、腸管障害を誘導する可能性が示唆されました。

図5:MPXVを感染させた大腸オルガノイドにおける遺伝子発現解析

(A) クラスタリング解析の結果。Zr-599のみ異なる遺伝子プロファイルを示す。

(B) エンリッチメント解析の結果。Zr-599感染により亜鉛の調節に関わる遺伝子
発現が変化している。

(C) 免疫染色画像。Zr-599感染により、亜鉛調節に関わるMT1Gのタンパク質
発現が減少する。

4. まとめと展望

 本研究では、ヒトケラチノサイトとヒトiPS細胞由来大腸オルガノイドを用いて、MPXV感染と宿主応答の両方を評価することに成功しました。MPXVタンパク質を標的とする治療薬はすでにいくつか開発されていますが、ヒト細胞におけるそれらの抗ウイルス効果は十分に検討されていません。本研究のモデルを用いることで、抗ウイルス薬だけでなく、皮膚および大腸における障害を改善する治療薬候補も評価可能です。新型コロナウイルスと同様に、MPXVは新しい変異を獲得する可能性があるため、今後もさまざまな薬の開発が必要です。本研究成果がmpoxの理解を深め、mpox治療薬開発の促進につながることが期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Virological characterization of the 2022 outbreak-causing monkeypox virus using human keratinocytes and colon organoids
  2. ジャーナル名
    Journal of Medical Virology
  3. 著者
    Yukio Watanabe1*, Izumi Kimura2*, Rina Hashimoto1*, Ayaka Sakamoto1, Naoko Yasuhara1,
    Takuya Yamamoto1,3,4, The Genotype to Phenotype Japan (G2P-Japan) Consortium, Kei Sato2,5,6,7**,
    Kazuo Takayama1,8**
    *筆頭著者 **責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 システムウイルス学分野
    3. 理化学研究所革新知能統合研究センター(AIP)iPS細胞連携医学的リスク回避チーム
    4. 京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
    5. 東京大学医科学研究所 感染症国際研究センター
    6. 東京大学医科学研究所 国際ワクチンデザインセンター
    7. 熊本大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター
    8. 日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)
6. 本研究への支援

本研究は、主に以下の支援を受けて実施されました。

  1. 京都大学基金 iPS細胞研究基金
  2. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構
    (JP21gm1610005、JP21fk0108425、JP223fa727002、JP223fa627001)
7. 用語説明

注1)mpox
昨年まではサル痘と呼ばれていた感染症。

注2)ヒトケラチノサイト
ヒトの表皮を構成する細胞の90%以上を占める細胞。

注3)大腸オルガノイド
大腸上皮細胞などからなる大腸様三次元構造体。

注4)Zr-599
本研究で用いたMPXV従来株の一つ。クレードIに属し、コンゴ型と呼ばれる。

注5)Liberia
本研究で用いたMPXV従来株の一つ。クレードIIaに属し、西アフリカ型と呼ばれる。

注6)ヌクレオソーム
ヒストンにDNAが巻き付いた構造。

注7)低酸素症
細胞や組織が低酸素状態に置かれていること。

注8)MT1G
メタロチオネイン(metallothionein)-1G。亜鉛を含む金属イオン結合タンパク質。

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