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2023年6月8日

iPS細胞由来の間葉系幹細胞から高品質な軟骨を作製

ポイント

  1. 様々な細胞による軟骨修復は行われているが、長期間効果のある治療法は存在していない。
  2. iPS細胞由来の間葉系幹細胞から関節軟骨修復に適した軟骨スフェロイドを作製する方法を確立した。
  3. バイオプリンターを利用してより大きな軟骨を作る際の材料として使用できる。
1. 要旨

 Denise Zujur研究員、池谷真准教授CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、中山功一教授(佐賀大学医学部 附属再生医学研究センター)、味の素株式会社らのグループと共同で、iPS細胞から作製した間葉系幹細胞(iMSC)注1)を用いて、神経堤細胞注2)を経て軟骨スフェロイド注3)を作製する方法を確立しました。この軟骨スフェロイドを使って大きな軟骨の作製、軟骨の修復ができる可能性があります。

 現在までに、軟骨組織修復のための効果的で持続的な治療法は存在しません。再生医療では、主に軟骨細胞と間葉系幹細胞がよく使われています。しかし、どちらの細胞も、細胞提供者に由来する合併症、限られた増殖能、脱分化など、課題があります。池谷准教授らのグループは、こうした課題を解決する一つの方法として、iMSCから高品質な軟骨スフェロイドを生成するための分化方法を検討しました。

 研究グループは低分子化合物TD-198946を使うことで、iMSCを軟骨へと分化させる効率が良くなることを示しました。iMSCの中でも軟骨に分化しやすい方法で作製したiMSCを使い、段階的に分化誘導する方法を用いて、高品質な軟骨スフェロイドを作製することができました。この軟骨スフェロイドを作製し、免疫不全マウスに移植したところ、軟骨の品質に関わる細胞外マトリックス注4)の産生が増加し、脱分化や線維性軟骨形成、肥大化の兆候はなく、生体内で軟骨が維持されることを示しました。

 今回の成果は幹細胞を使った軟骨修復の新しい細胞源として、iMSCが利用可能であることを示しています。さらに、軟骨スフェロイドは数日程度で融合するため、剣山メソッド型のバイオプリンター注5)などを利用して、より大きな軟骨組織を構築することもできると考えられます。

 この研究成果は2023年5月10日に「Frontiers in Cell and Developmental Biology」で公開されました。

2. 研究の背景

 軟骨は、関節を滑らかに動かす役割をする組織です。しかし、軟骨は血管を持たないため、細胞の増殖や分化を促進するために必要な物質の供給が不十分です。そのため、軟骨は一旦損傷すると修復が難しく、関節痛や変形などの原因となることがあります。

 現在は再生医療として、患者さん自身の体から取り出した軟骨細胞や間葉系幹細胞を培養し、軟骨へと分化させて移植する取り組みがあります。しかし、この手法では、細胞提供者に由来する合併症、限られた増殖能、脱分化などの課題があります。

 iPS細胞は体の外で大量に培養することができるので、細胞治療用の軟骨を大量に作るための材料の一つとして期待されています。また、血液の細胞からつくることができ、あらかじめ作製し保存されているiPS細胞も利用することができるため、細胞採取の際に患者さんにかける負担が少なくなります。

 これまでに研究グループではiPS細胞から神経堤細胞を経由して間葉系幹細胞を作製し(iMSC)、得られたiMSCがさまざまな細胞に分化すること、創薬や疾患モデリングに利用できることを示してきました。また、再生医療用の細胞を作製するために、動物由来成分を含まない方法でiMSCを培養する方法を確立しました(CiRAニュース 2022年9月15日)。

 今回の研究では、軟骨への分化を促進する低分子化合物としてTD-198946を使い、iMSCから高品質な軟骨の塊(スフェロイド)を作製することを目指しました。

3. 研究結果

1)iMSCは軟骨へと分化することができる
 iMSCから軟骨様組織を作るための効率的な分化方法を確立するために、異なる条件で作られた複数のiMSC(T1-iMSCおよびXSF-iMSC)と骨髄由来MSC(BM-MSC)を比較検討した。T1-iMSCは他と比べて軟骨形成に優れていると同時に、骨や脂肪は形成しにくいことがわかりました(Fig. 1)。

Fig. 1 各MSCの軟骨への分化能の比較

軟骨組織を青く染めるアルシアンブルー染色を行なった結果。T1-iMSCが最も青く染まっており、軟骨によく分化していた(上段)。一方、骨や脂肪への分化はあまり見られなかった(中段・下段)。スケールバー:100 μm

2)低分子化合物と三段階の誘導により軟骨分化を促進する
 MSCの軟骨分化は、従来TGF-βや骨形成タンパク質(BMP)などの因子で持続的に刺激することで行われてきました。近年では、段階的に分化させる方法が登場しています。研究グループは、TGF-βとBMPに加えて、軟骨形成を促進する低分子化合物であるTD-198946(TD)を使い、軟骨スフェロイドを作る方法として、従来の方法と三段階誘導法とを比較しました。段階的に分化させて作られた軟骨スフェロイドは、従来の方法のものと比較して、高品質(関節軟骨マーカーであるRPG4の発現が高く、肥大軟骨マーカーであるCOL10A1の発現が低い)であることが分かりました (Fig. 2)。

Fig. 2 従来法と三段階誘導法との比較

三段階誘導法で誘導した軟骨スフェロイドは従来法と比較して、関節軟骨マーカーであるRPG4の発現が高く、肥大軟骨マーカーであるCOL10A1の発現が低く、高品質であることがわかる。

3)iMSC由来の軟骨スフェロイドは生体内でも軟骨の状態を維持することができる
 軟骨スフェロイドを生体内に移植した際にその性質が維持されるかどうか確かめました。T1-iMSCあるいはBM-MSCから作製した軟骨スフェロイドを、免疫不全マウスの皮下に移植しました。8週間後に移植したスフェロイドを採取し、顕微鏡で観察しました。BM-MSCから作製した軟骨スフェロイドには、8週間後には軟骨様組織の他に石灰化し、骨様組織ができてきていました。一方で、T1-iMSCから作製した軟骨スフェロイドは、8週間後でも軟骨として残っていました(Fig. 3)。

Fig. 3 移植した軟骨スフェロイドの組織染色

青色の部分はアルシアンブルー染色で染まった軟骨。茶色はコッサ染色で染まった石灰化した部分。

4)iMSC由来の軟骨スフェロイドは数日で融合する
 段階的に分化させる方法で作られた軟骨スフェロイドは、近くに存在していると接着し、7日目には完全に融合していました(Fig. 4)。

Fig. 4 軟骨スフェロイドの顕微鏡写真

4. まとめと展望

 今回の研究では、軟骨を修復・再生する能力をもつ軟骨前駆細胞をiMSCから製造する方法を開発しました。この方法により、軟骨前駆細胞を安定的に大量に製造することができると考えられます。また、剣山メソッド型のバイオプリンターなどの技術を利用して大きな軟骨組織を構築し、大欠損を修復できる可能性があります。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Enhanced chondrogenic differentiation of iPS cell-derived mesenchymal stem/stromal cells via neural crest cell induction for hyaline cartilage repair
  2. ジャーナル名
    Frontiers in Cell and Developmental Biology
  3. 著者
    Denise Zujur1, Ziadoon Al-Akashi1, Anna Nakamura2, Chengzhu Zhao1,3, Kazuma Takahashi4, Shizuka Aritomi4, William Theoputra1, Daisuke Kamiya1,5, Koichi Nakayama2 and Makoto Ikeya1,5*
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 佐賀大学医学部 附属再生医学研究センター
    3. 重慶医科大学生命科学研究所
    4. 味の素株式会社 バイオ・ファイン研究所
    5. 武田薬品-CiRA共同プログラム(T-CiRA)
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 京都大学インキュベーションプログラム
  2. 京都大学研究連携基盤次世代研究者支援事業
  3. 株式会社ヘリオス
  4. 味の素株式会社
  5. 武田薬品工業株式会社
  6. 日本医療研究開発機構(AMED)
    「再生医療実現拠点ネットワークプログラム iPS細胞研究中核拠点」
  7. 日本学術振興会 科研費(#16H05447)
  8. iPS細胞研究基金
  9. 科学技術振興機構 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2110)
7. 用語説明

注1) iPS細胞から作製した間葉系幹細胞(iMSC)
間葉系幹細胞は、成体内に存在する幹細胞の一種で、骨や軟骨、脂肪などに分化する能力がある。これをiPS細胞から誘導したものがiPS細胞由来間葉系幹細胞。

注2) 神経堤細胞
発生の途中で一時的に現れる細胞で、さまざまな細胞に分化する。第四の胚葉とも呼ばれる。

注3) 軟骨スフェロイド
軟骨細胞が集まって形成される小さな球体のこと。細胞外マトリックスを細胞の周りにまとっていて、軟骨同様の構造をしている。

注4) 細胞外マトリックス
細胞の周囲にあるタンパク質、糖、水からなる物質。組織を支え、形を保ち、細胞同士をつなぐ役割がある。

注5) 剣山メソッド型のバイオプリンター
臓器や組織を作成する新しい方法の一つとして注目されている。細胞を培養して増やし、小さな細胞の塊を作る。次に、これらの細胞の塊をバイオプリンターにかけ、剣山のように並べられた針に、目的とする臓器や組織の形状に合わせて刺して積み上げていく。数日経つと細胞の塊同士がくっつき、針を抜いても立体形状が維持される。

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