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2023年6月9日

ヒトiPS細胞分化モデルを用いた膵内胚葉分化におけるHHEXの役割の解明

ポイント

  1. ヒトiPS細胞の分化誘導モデルを用いて、膵臓の前駆細胞である膵内胚葉の主要なマーカー遺伝子NKX6.1の発現を制御する因子を探索し、候補遺伝子HHEXを同定した。
  2. HHEXは、NKX6.1発現の既知の制御因子であるPDX1とは独立して、NKX6.1および他の膵内胚葉マーカー遺伝子であるPTF1Aの発現を制御することを示した。
  3. HHEXは、膵発生関連遺伝子であるNKX6.1、PTF1A、ONECUT1、ONECUT3の発現を制御することから、成熟した膵内胚葉の分化に必須の役割を果たすことを示した。
1. 要旨

 伊藤遼 研究生(CiRA増殖分化機構研究部門、京都大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌・栄養内科)、長船健二 教授(CiRA同部門)らの研究グループは、膵臓の前駆細胞である膵内胚葉の分化を制御する転写因子HHEXを同定しました。

 重症糖尿病に対しては膵臓・膵島移植が有効な治療法ですが、ドナーが不足していることから、多能性幹細胞を用いた再生医療の開発が望まれています。近年、多能性幹細胞を用いた膵β細胞分化誘導法が開発されていますが、膵系譜細胞のより詳細な分化メカニズムを理解することで、より効率的で安定した分化誘導が実現可能となります。

 本研究では、膵内胚葉の主要マーカー遺伝子NKX6.1を制御する因子を探索し、膵内胚葉の分化メカニズムを解明することを目的としました。ヒトiPS細胞を用いた膵内胚葉への分化過程のモデルにおいて、siRNA注1ノックダウンライブラリーを用いて転写因子のスクリーニングを行い、候補遺伝子HHEXを同定しました。HHEXをノックダウンすると、既知のNKX6.1発現の調節因子PDX1による制御を介することなく、NKX6.1および他の膵内胚葉マーカー遺伝子であるPTF1Aの発現が抑制されることがわかりました。RNAシークエンス解析注2を行ったところ、HHEXをノックダウンした膵内胚葉において、NKX6.1PTF1AONECUT1ONECUT3といった膵発生関連遺伝子の発現低下を認めました。以上より、HHEXが膵内胚葉の分化に必須の役割を果たしていることを明らかにしました。

 この研究成果は、2023年5月29日に英科学誌「Scientific Reports」で公開されました。

2. 研究の背景

 1型糖尿病は、インスリン注3を産生・分泌する膵臓のβ細胞が自己免疫によって破壊され、インスリンの絶対的な欠乏をきたす難治性疾患です。その標準治療はインスリン注射ですが、正常な血糖値を維持するのは困難であり、しばしば低血糖や高血糖を引き起こすことが問題となっています。膵臓・膵島移植は正常血糖を達成できる可能性のある治療法の一つですが、ドナー不足が問題となっています。胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞は、ほぼ無限の増殖能と全身の細胞への多分化能をもつことから、再生医療における膵β細胞の供給源として期待されています。近年、ヒト多能性幹細胞から膵β細胞への分化誘導法が大幅に進歩していますが、より安定した高い分化効率を達成するには、分化メカニズムの詳細な解明が必要となります。

 内胚葉注4系統の発生過程において、後方前腸とよばれる部位は特異的なマーカー遺伝子PDX1を発現し、のちに膵臓、十二指腸、肝外胆管および胃の幽門前庭部に分化します。後方前腸の一部は、NKX6.1およびPTF1Aを発現する膵内胚葉とよばれる部位に分化しますが、このPDX1、NKX6.1、PTF1Aを発現する細胞(PDX1+NKX6.1+PTF1A+細胞)は全ての膵系譜細胞の起源となる膵前駆細胞です。NKX6.1を高発現したヒト多能性幹細胞由来膵内胚葉細胞は、免疫不全糖尿病モデルマウスに移植すると機能的な膵β細胞に成熟し、高血糖を改善します。したがって、膵内胚葉におけるNKX6.1の発現は、その後の膵β細胞への分化に重要な役割を果たしていると考えられています。膵内胚葉におけるNKX6.1 発現調節因子としては、上述の後方前腸マーカー遺伝子PDX1が知られ、また近年ONECUT1も報告されていますが、そのほかの因子は知られていませんでした。

 今回、研究グループは、ヒトiPS細胞分化モデルを用いて、膵内胚葉分化を制御する遺伝子の探索を行うためのsiRNAノックダウンライブラリーによるスクリーニング系を確立し、候補遺伝子HHEXを同定しました。HHEXはこれまで、発生初期の内胚葉組織に発現し各種臓器の形成に寄与することが知られていましたが、より後期の発生段階である膵内胚葉における役割については十分に解明されていませんでした。本研究では、HHEXが膵内胚葉分化の重要な制御因子であることを明らかにしました。

3. 研究結果

1)siRNAを用いたNKX6.1発現制御因子のスクリーニングとHHEXの抽出
 研究グループはまず、siRNAによる遺伝子ノックダウンを用いた、ヒトiPS細胞分化系における膵内胚葉マーカー遺伝子NKX6.1の発現制御因子のスクリーニング系を確立しました。既知のNKX6.1制御因子であるPDX1をポジティブコントロールとして、719の転写因子のsiRNAスクリーニングを行い、NKX6.1発現を制御する候補遺伝子としてHHEXを抽出しました(図1)。

図1 膵内胚葉におけるNKX6.1発現制御因子のsiRNAノックダウンスクリーニング。

2)HHEXはPDX1非依存的にNKX6.1および他の膵内胚葉マーカー遺伝子PTF1Aの発現を制御する
 膵内胚葉におけるHHEXノックダウンの影響についてさらに検証したところ、NKX6.1の発現は減少した一方で、PDX1の発現は減少しませんでした(図2)。また、HHEXノックダウンを行うことにより、NKX6.1のほかにも、膵内胚葉マーカー遺伝子であるPTF1Aの発現も低下することがわかりました(図2)。これらの結果から、HHEXがPDX1による制御とは独立して膵内胚葉細胞の分化を制御することが示されました。

図2 HHEXまたはPDX1のノックダウンによる、膵内胚葉におけるHHEXPDX1NKX6.1PTF1Aの発現(**p < 0.01)。

3)HHEXは一部の膵発生関連遺伝子の発現を制御し、膵内胚葉の成熟に関与する
 HHEXをノックダウンしたヒトiPS細胞由来膵内胚葉の転写プロファイルをRNAシークエンスで解析したところ、膵発生関連遺伝子であるNKX6.1PTF1AONECUT1ONECUT3の発現が低下していました(図3左)。また、HHEXをノックダウンした膵内胚葉を、膵β細胞(CPEP+NKX6.1+細胞)へ分化誘導すると、コントロールよりも分化効率が低下していました(図3右)。これらの結果から、HHEXは膵β細胞への分化能をもつ成熟膵内胚葉の分化に寄与することが示されました。

図3 左:後方前腸(PF)、HHEXをノックダウンした膵内胚葉(PE siHHEX)、およびコントロールの膵内胚葉(PE siControl)における膵発生関連遺伝子発現のヒートマップ。 右:HHEXノックダウンおよびコントロールの膵内胚葉から分化誘導した膵β細胞(CPEP+NKX6.1+細胞)の免疫染色像。スケールバー:100 μm。

4. まとめ

 研究グループは、ヒトiPS細胞分化モデルとsiRNAスクリーニングシステムを用いて、転写因子HHEXが膵発生関連遺伝子NKX6.1、PTF1A、ONECUT1、ONECUT3の発現を制御し、膵内胚葉の分化に関与していることを明らかにしました。これらの発見により、今後、より詳細な膵内胚葉の発生メカニズムが解明され、ヒトiPS細胞/ES細胞の膵内胚葉への効率的で安定した分化が実現することが期待されます。

5. 論文名と著者
  1. 論文名
    Elucidation of HHEX in pancreatic endoderm differentiation using a human iPSC differentiation model
  2. ジャーナル名
    Scientific Reports
  3. 著者
    Ryo Ito1*, Azuma Kimura1, Yurie Hirose1, Yu Hatano1, Atsushi Mima1, Shin-Ichi Mae1, Yamato Keidai2, Toshihiro Nakamura2, Junji Fujikura2, Yohei Nishi1, Akira Ohta1, Taro Toyoda1**, Nobuya Inagaki2, Kenji Osafune1**
    * 筆頭著者
    ** 責任著者
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 京都大学大学院医学研究科 
      糖尿病・内分泌・栄養内科
6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会(JSPS)科研費[21H02979]
  2. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
    [JP22bm0104001, JP22bm1123002]
  3. iPS細胞研究基金
7. 用語説明

注1)siRNA
短鎖干渉RNA(Small interfering RNA)の略称。二十数塩基対の低分子二本鎖RNAのことで、RNA干渉(RNA Interference:RNAi)と呼ばれる機構に関与しており、標的mRNAの分解を誘導することで特異的に遺伝子の発現を抑制することができる。siRNAによる遺伝子発現の抑制をノックダウンという。

注2)RNAシークエンス解析
高速シーケンサーを用いてRNA のシーケンシング(配列情報の決定)を行い、細胞内で発現するトランスクリプトーム(細胞内の全転写産物・全RNA)の定量を行う解析方法。

注3)インスリン
膵臓のβ細胞で産生・分泌されるホルモン。血中を流れるブドウ糖(グルコース)が肝臓・脂肪・骨格筋に取り込まれることを促し、血糖値を下げる働きを持もつ。

注4)内胚葉
動物の発生段階で形成される胚葉の一つで、初期の嚢胚期の最も内側の細胞層。のちに消化管の主要部分やその付属腺、呼吸器などへ分化する。

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