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2023年12月1日
細網異形成症にみられる好中球減少症の治療に向けた新たな研究成果
ポイント
- AK2欠損iPS細胞は細網異形成症における好中球成熟不全を模倣する。
- ミトコンドリアピルビン酸キャリア阻害剤UK-5099はAK2欠損iPS細胞の好中球成熟を改善した。
Wang Jingxin研究員(元・京都大学CiRA臨床応用研究部門)、齋藤潤教授(京都大学CiRA同部門)らの研究グループは、iPS細胞を用いたモデルを用い、ミトコンドリアピルビン酸キャリアの阻害剤が細網異形成症に見られる好中球成熟障害を改善する可能性を示しました。
この研究成果は、2023年11月3日に国際学術誌「Biochemical and Biophysical Research Communications」に掲載されました。
細網異形成症は、アデニル酸キナーゼ2(AK2)遺伝子の機能喪失変異によって引き起こされる稀な遺伝病です。細網異形成症患者さんは重篤な複合免疫不全に苦しみ、早期の造血幹細胞移植を受けなければ、幼少期に感染症で亡くなります。細網異形成症の免疫不全の特徴は、リンパ球減少の他、特有の好中球成熟障害による好中球減少症がみられることです。好中球減少症は細菌感染症のリスクを高めるため、患者さんの生命予後や造血幹細胞移植の成否に影響します。本研究では、細網異形成症の好中球減少症を改善する化合物の探索を目指しました。
細網異形成症ではAK2の機能不全によるミトコンドリアの代謝障害が原因となり、造血前駆細胞の機能障害を引き起こします。以前我々は、細網異形成症患者さん由来iPS細胞から作製した造血前駆細胞注1)はミトコンドリアに細胞内エネルギーであるアデノシン3リン酸(ATP) 注2)が貯留し、核へのATP供給が枯渇することを報告しました(CiRAニュース 2018年3月28日)。本研究では、この結果を踏まえ、ミトコンドリアピルビン酸キャリア(MPC)の阻害剤であるUK-5099を用いて、細胞内のエネルギー分布を変更し、造血前駆細胞の好中球分化能力に影響を与えることを試みました。MPCはミトコンドリアでATPを産生するために、解糖系注3)の産物であるピルビン酸を細胞質からミトコンドリアに移送するタンパクです。MPCの機能を阻害することによって、ミトコンドリアでのATP産生を抑制し、嫌気的条件注4)でのATP産生を亢進させることができると考えました。
UK-5099による好中球成熟の改善
細網異形成症由来のiPS細胞からの好中球の成熟は、UK-5099の添加によって改善されました。特に、10μMのUK-5099を治療に用いた際、成熟好中球の割合が有意に増加しました。しかし、50μMのより高濃度のUK-5099では、成熟好中球の数が減少することが確認されました(図1)。
図1(左)UK-5099におる好中球分化の回復。赤矢印が成熟好中球。
(右)左の画像の定量グラフ。
AK2欠損多能性幹細胞株の確立
より正確に好中球分化とUK-5099の効果を評価するため、野生型多能性幹細胞のAK2遺伝子を欠損させた多能性幹細胞株を作成しました。これらのAK2欠損PSC株から分化させた好中球は、野生型PSC株に比べて好中球の成熟が著しく低下していることが確認されました。また、UK-5099は野生型多能性幹細胞株の好中球成熟に影響を与えず、AK2欠損株でのみ好中球成熟を改善しました(図2)。
図2(左)UK-5099におる好中球分化の回復。赤矢印が成熟好中球。
(右)左の画像の定量グラフ。
UK-5099と活性酸素の関係
細網異形成症患者さん由来iPS細胞の好中球成熟障害は活性酸素の増加と関連している可能性が報告されていました。しかし、本研究ではUK-5099添加は血球前駆細胞の活性酸素種のレベルに影響を与えませんでした。したがって、UK-5099添加による好中球の成熟改善が活性酸素種のレベルとは無関係であることが示唆されます。
この研究は、細網異形成症の治療に向けた新たな方向性を示しました。UK-5099とMPCは、細網異形成症における好中球成熟の欠陥に対する有望な治療標的としての可能性を秘めています。しかし、さらなる研究により、UK-5099が代謝分布と分化プログラムをどのように連携させるのか、そのメカニズムの解明が必要です。また、リンパ球欠損という細網異形成症の重要な症状に対する効果も評価する必要があります。
- 論文名
UK-5099, a mitochondrial pyruvate carrier inhibitor, recovers impaired neutrophil maturation caused by AK2 deficiency in human pluripotent stem cell models - ジャーナル名
Biochemical and Biophysical Research Communications - 著者
Jingxin Wang1,*, Norikazu Saiki1,2,*, Ayako Tanimura3,4, Takafumi Noma5, Akira Niwa1,
Tastutoshi Nakahata1,6, Megumu K. Saito1,**
* 共同筆頭著者
** 責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門
- 東京医科歯科大学 統合研究機構
- 熊本県立大学 環境共生学部
- 島根県立大学 看護栄養学部
- 広島女学院大学 人間生活学部
- 実験動物中央研究所
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構
- 公益財団法人テルモ生命科学振興財団
- iPS細胞研究基金
注1)造血前駆細胞
造血前駆細胞は、血液細胞の多様な系列を生み出す細胞で、造血幹細胞から分化する中間段階の細胞です。造血前駆細胞は、赤血球前駆細胞、顆粒球前駆細胞、リンパ球前駆細胞など、特定の系列の細胞に分化する能力を持っています。
注2)アデノシン三リン酸(ATP)
ATPは、細胞内の主要なエネルギー通貨として機能する分子です。ATPは細胞の様々な化学反応にエネルギーを供給するために使われ、細胞はそのエネルギーを筋収縮、物質輸送、合成反応などのために利用します。ATPの合成は、細胞質及びミトコンドリアで行われます。
注3)解糖系
解糖系は、細胞がエネルギーを産生する基本的な代謝過程です。この過程では、グルコースがピルビン酸に分解され、少量のアデノシン三リン酸(ATP)と還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)が生産されます。解糖系は酸素の有無にかかわらず進行し、細胞がエネルギーを必要とするさまざまな条件下で活性化します。この過程は、細胞内で迅速にエネルギーを供給するために重要です。
注4)嫌気的条件
嫌気的条件(anaerobic conditions)とは、酸素が不足している、または全く存在しない環境のことを指します。このような状況では、生物や細胞は酸素を利用する代謝過程を行うことができず、代わりに酸素を必要としない代謝経路を利用してエネルギーを産生します。