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2024年3月29日
iPS細胞から作った肺胞や気道の細胞によりSARS-CoV-2変異株の病原性を比較評価する
ポイント
- マイクロパターン培養注1)によりiPS細胞から肺胞と気道の細胞を分化誘導する方法を確立した
- 新型コロナウイルスが肺胞や気道に感染するモデルを作ることができた
- 新型コロナウイルスの変異株など病原性を予測することができると期待される
増井淳研究員(CiRA臨床応用研究部門)、高山和雄講師(CiRA増殖分化機構研究部門)、後藤慎平教授(CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、マイクロパターン培養プレートの上でヒトiPS細胞から肺胞上皮細胞注2)と気道上皮細胞注3)を分化誘導し、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の変異株を見分けるモデル系を開発しました。
SARS-CoV-2の感染拡大では、ウイルスの変異株が次々と出現し、その病原性を迅速に評価するシステムが必要でした。肺胞上皮細胞はSARS-CoV-2が体内へと侵入する場の一つです。しかし、肺胞上皮細胞の入手や維持培養は困難であり、ウイルス侵入の評価を行うことができませんでした。研究チームでは、SARS-CoV-2の変異株を高分解能で識別するためのモデルとして、マイクロパターン培養によりiPS細胞由来の肺胞上皮細胞と気道上皮細胞を別々に誘導したものを開発しました。コロニーの周辺部でII型肺胞上皮(AT2)細胞が、中央部では多毛化した気道上皮細胞が誘導されました。肺胞上皮細胞と気道上皮細胞それぞれの感染実験により、SARS-CoV-2変異株の感染効率や、感染した細胞の反応の違いなど、病原性の特徴を詳細に調べることができました。今回開発した培養系を使うことでSARS-CoV-2の新しい変異株についても病原性を迅速に予測することができると考えられます。
この研究成果は2023年3月29日(日本時間)に「Stem Cell Reports」で公開されました。
AT2細胞は肺の損傷を修復するうえで重要な体性幹細胞です。実験室での培養が試みられてきましたが、生体から取り出したAT2細胞を培養することは困難で、iPS細胞を用いてAT2細胞を作製する方法が開発されています。iPS細胞由来のAT2細胞は、マトリゲルを使用した特殊な3次元オルガノイド培養法が必要ですが、オルガノイドのサイズを制御するのが難しく、直接的な解析も困難でした。
COVID-19パンデミックでは、ウイルスの変異とその影響を迅速に調べる必要がありました。AT2細胞を含めた肺細胞の実験室モデルが必要でしたが、マトリゲルを使用した既存のモデルは、細胞がウイルスと接触する頂端膜(Apical面)がオルガノイドの内側に向いており、COVID-19の研究に適していませんでした。
近年、マイクロパターン培養技術を用いた新しいアプローチが開発されました。これにより、決まった形状とサイズのオルガノイドを作製することができるようになりました。今回の研究では、このマイクロパターン培養技術を用いてオルガノイドを作製し、アピカル面が外側に向いたウイルス感染実験に適したモデル系の構築を試みました。
1. iPS細胞由来 肺胞上皮細胞の作製
マイクロパターン培養を利用してiPS細胞由来の肺前駆細胞からAT2細胞への分化誘導を行いました。今回利用したiPS細胞には、AT2細胞が産生するサーファクタントタンパク質(SFTPC)が細胞内でできると、緑色に検出できるようにGFP遺伝子導入をした細胞を用いました。分化誘導後14日目に、AT2細胞のマーカーであるSFTPCおよびAT2細胞のアピカル面に存在するNaPi2bの発現を蛍光顕微鏡で観察しました。NaPi2bは細胞集団の表面に発現しており、アピカル面が外側にあることがわかりました(Fig. 1)。
Fig. 1 AT2細胞への分化誘導確認
黄色矢頭:肺サーファクタントを貯めるラメラ体
Hoechst:細胞核、GFP(SPC):AT2細胞、NaPi2b:AT2細胞のアピカル面
2. iPS細胞由来 気道上皮細胞の作製
AT2細胞と同様にマイクロパターン培養を利用してiPS細胞由来肺前駆細胞から気道上皮を作製しました。分化誘導後14日目には、線毛が動いている様子が観察されたほか、線毛上皮細胞の線毛を表すAc-Tubが細胞集団の表面に観察されました(Fig. 2)。
Fig. 2 線毛上皮細胞への分化誘導
Hoechst:細胞核、Ac-Tub:線毛、FOXJ1:線毛上皮細胞
3. SARS-CoV-2感染実験
マイクロパターン培養により作製した、肺胞と気道の上皮細胞を利用して、それぞれ5種類のSARS-CoV-2(B.1.1.214株、B.1.617.2株=Delta株、BA.1株、BA.2株、BA.5株)を感染させて、培養上清中のSARS-CoV-2ゲノム量と細胞中遺伝子発現を調べました。すると、2つの株(B.1.1.214株、B.1.617.2株)ではウイルスゲノム量が多かったのに対して、BA株=Omicron株では少ない傾向が見られました。一方で、気道上皮細胞ではBA.5株がB.1.1.214株と同等のウイルスゲノム量を示したこと、細胞中遺伝子発現量ではBA.1株がB.1.617.2株と同等のウイルス遺伝子量だったことなど、変異株ごとのトロピズムの違いが定量的に示されました (Fig. 3)。
Fig. 3 培養上清中のSARS-CoV-2ゲノム量
つぎに、蛍光免疫染色画像を解析することで、SARS-CoV-2感染をタンパク質レベルでの定量化を試みました。肺胞および気道の細胞マーカータンパク質と、SARS-CoV-2のヌクレオカプシドタンパク質(SARS-CoV-2 NP)注4)を染色し測定しました。SARS-CoV-2 NPは肺胞上皮細胞および気道上皮細胞で検出されました(Fig. 4)。また、肺胞上皮細胞におけるSARS-CoV-2 NPが検出されたコロニーの割合は、B.1.1.214株およびB.1.617.2株で高く(それぞれ63.0±29.7%および71.2±14.1%)、Omicron株では低い割合を示しました:9.4±2.4%(BA.1)、9.3±1.0%(BA.2)。一方、気道上皮細胞ではBA.1株がB.1.617.2株と同等の割合を示し、遺伝子解析と相関した結果をタンパク質レベルでも定量化出来ました。
Fig. 4 蛍光免疫染色によるSARS-CoV-2感染評価
マイクロパターン培養を用いることで、ウイルス感染実験に利用可能なヒトiPS細胞から肺胞および気道上皮細胞を作製することができました。それぞれの感染実験により、SARS-CoV-2変異株のトロピズムや感染効率、感染した細胞の反応の違いなど、病原性の特徴を詳細に調べることができました。今回開発した培養系を使うことで新たに出現するSARS-CoV-2変異株をはじめ、新規ウイルスの感染メカニズムの解明や、病原性を予測することができると考えられます。
- 論文名
Micro-patterned culture of iPSC-derived alveolar and airway cells distinguishes SARS-CoV-2 variants - ジャーナル名
Stem Cell Reports - 著者
Atsushi Masui1,2, Rina Hashimoto1, Yasufumi Matsumura3, Takuya Yamamoto1,4,5, Miki Nagao3, Takeshi Noda6,7, Kazuo Takayama1,*, Shimpei Gotoh1,2,*
*責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 京都大学大学院医学研究科 呼吸器疾患創薬講座
- 京都大学大学院医学研究科 臨床病態検査学
- 理化学研究所革新知能統合研究センター iPS細胞連携医学的リスク回避チーム
- 京都大学ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)
- 京都大学医生物学研究所 微細構造ウイルス学分野
- 京都大学大学院生命科学研究科 微細構造ウイルス学研究室
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- 京都大学iPS細胞研究所山中伸弥研究室への新型コロナウイルス特別研究助成
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構
(JP21gm1610005, JP17bm0804007, JP22bm1123013, JP23bm1323001)
- 国立研究開発法人科学技術振興機構(JPMJCR20HA)
- 京都大学医生物学研究所 ウイルス感染症・生命科学先端融合的共同研究拠点
- 京都大学iPS細胞研究基金
- 杏林製薬株式会社 呼吸器疾患創薬講座研究費
- 日本学術振興会 科研費(JP22K19525, JP22H03077)
- 東ソー株式会社(培養プレートの提供)
注1)マイクロパターン培養
1つのウェルのなかに、細胞が接着する領域と接着しない領域が並んだ培養プレートを使って細胞培養をする。今回使用した培養プレートは、東ソー株式会社 開発品(2.5次元培養器材®)。
注2)肺胞上皮細胞
薄くて平坦な形をした1型(AT1)と、立方体の形態を持ち、界面活性剤成分(サーファクタントタンパク質)を分泌する2型(AT2)がある。
注3)気道上皮細胞
線毛上皮細胞、基底細胞、クラブ細胞、分泌細胞などからなる。外界と内部を隔てるバリアーとして存在している。線毛上皮細胞は空気が通る側(アピカル面)に線毛が多数存在している。
注4)ヌクレオカプシドタンパク質(NP)
ウイルスの遺伝子を収容している殻を構成するタンパク質。