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2025年7月7日
磁石で脳細胞を誘導し失われた神経回路を再構築する
パーキンソン病は、中脳黒質にあるドパミン作動性神経細胞が徐々に変性し、線条体(被殻部分)注2)へとつながる黒質線条体系路(ニグロストリアタル経路)が損なわれることで発症します。これらのつながりが失われることにより、ドパミンが不足し、運動機能が低下します。ヒト幹細胞由来のドパミン神経前駆細胞を移植する臨床試験で有望な結果が出ていますが、大きな課題として、成人の脳の中で移植した細胞の軸索を目的の場所まで長く伸ばすことが難しいという問題があります。
この課題を解決するために、研究チームは「ナノプーリング(nano-pulling)」と呼ばれる技術を開発しました。この技術は、磁性ナノ粒子注3)と外部磁場を組み合わせ、移植した神経細胞内で制御された磁力を発生させることにより、軸索を目的の場所まで伸長させることができます。研究チームは、中脳黒質と線条体を含む脳の一部を共培養し、初期のパーキンソン病を模倣したモデルを構築しました。中脳黒質領域に磁性ナノ粒子を取り込んだヒト神経上皮幹細胞を移植し、磁場をかけると、細胞内の磁性ナノ粒子がピコニュートン注4)レベルの力を発生させ、磁場がかかる方向に軸索が延びるように誘導することができました。
本研究により、ナノプーリングによって、線条体に向う神経突起がより長く特定の方向に伸びることを確認しました。移植した細胞は、分岐の増加、シナプス小胞注5)の形成促進、微小管注6)の安定化を示しました。これは神経細胞の成熟と機能の向上を示す重要な指標となります。これらの効果は神経上皮幹細胞だけでなく、ヒトiPS細胞由来のドーパミン前駆細胞でも確認され、この技術が幅広く、そして臨床でも使われる可能性が示されました。
特に重要な点としては、磁性ナノ粒子と磁場はすでに臨床における画像診断や治療に使われている技術ですので、ナノプーリングも臨床で応用しやすいという点です。また、長期にわたってこのような機械的な力を与えても、細胞の生存率や組織の安全性には影響がないことも確認されました。
この成果は、神経変性疾患に対する再生医療研究において大きな前進と考えられます。誘導された軸索の成長により黒質線条体系路を再構築できれば、細胞移植治療の効果をより高め、脳内の機能的接続を回復させる助けとなります。今後、ナノ粒子の特性の最適化や、in vivo注7)での長期的な効果評価、さらには中枢神経系の他の損傷・疾患モデルへの応用可能性に関する研究も期待されます。
- 論文名
Mechanical Forces Guide Axon Growth through the Nigrostriatal Pathway in an Organotypic Model - ジャーナル名
Advanced Science - 著者
Sara De Vincentiis1, Elena Capitanini1, Karen Kira2,3,4, Claudia Dell'Amico1, Jun Takahashi2,
Marco Onorati1, Fabian Raudzus2,3,4*, Vittoria Raffa1*
*:共同責任著者 - 著者の所属機関
- ピサ大学 生物学部
- 京都大学 iPS細胞研究所 臨床応用研究部門
- 京都大学大学院医学研究科 神経シグナル伝達・再生ユニット
- 京都大学大学院医学研究科 附属医学教育・国際化推進センター(CMEI)
注1)軸索
神経細胞が伸ばす細長い突起で、他の神経細胞や筋肉へ情報を伝達する働きを持つ。
注2)線条体(被殻部分)
大脳基底核の主要な構成要素の一つ。
注3)磁性ナノ粒子
ナノメートルサイズの磁性体粒子
注4)ピコニュートン
兆分の1ニュートン
注5)シナプス小胞
神経細胞が情報を伝えるときに使う神経伝達物質が入っている小さな袋。
注6)微小管
細胞骨格を形成し、細胞内のタンパク質や細胞内の物質輸送に関わる。
注7)in vivo
マウスのような実験動物の体の中の条件での実験ということを示す用語。