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2026年10月26日
早老症プロジェリアの心臓病変を再現するヒトiPS細胞由来の「立体心臓組織」を開発
―心外膜細胞を組み込んだ多細胞性の心臓組織で、プロジェリアの病態再現に成功―
ポイント
- ヒトiPS細胞由来の心筋細胞に心外膜細胞を加え、立体的な工学的心臓組織(EHT)注1)注1)工学的心臓組織(EHT:Engineered Heart Tissue)
iPS細胞などから作った心筋細胞を、細胞外マトリックスのゲルの中で立体的に培養して作る、収縮する人工の心臓組織。動物や平面培養では調べにくい心臓の機能や病態を試験管内で解析できる。を構築した。心外膜細胞は組織の中で心臓線維芽細胞と血管平滑筋細胞などへと分化し、実際の心臓に近い環境が再現された。 - 早老症の一つであるハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(プロジェリア、HGPS)注2)注2)ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(プロジェリア、HGPS)
LMNA遺伝子の変異により全身の急速な老化が起こる、まれな難病。とくに心血管系の障害が重く、多くの患者さんが10代前半で亡くなる。患者さん由来の組織では、培養28日目には検出されなかった原因タンパク質プロジェリン注3)注3)プロジェリン
HGPSにおいてLMNA遺伝子の変異により作られる異常なタンパク質。細胞核の膜に蓄積し、細胞の老化を引き起こす。の蓄積が60日目に確認された。この組織を用いることで、時間の経過とともに病変が現れる様子を追跡することが可能になった。 - 60日目の患者さん由来組織では、酸化ストレス・動脈硬化・線維化・細胞死に関連する遺伝子群の発現が上昇し、ミトコンドリアや洞房結節(心臓のペースメーカー)の機能に関連する遺伝子群の発現は低下した。さらに、コラーゲンの増加と、電気刺激(ペーシング)に応答できる組織の減少が認められた。
- 本研究は、複数の心臓細胞種からなる立体的なヒト心臓組織を用いて、HGPSの心臓病変を初めて再現した。この成果は、発症の仕組みの解明や治療法の評価に役立つとともに、他の心血管疾患研究への応用が期待される。
Martta Häkli(マルタ・ハックリ)研究員、Antonio Lucena-Cacace(アントニオ・ルセナカカセ)准教授(大阪大学)、吉田善紀准教授(CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、プロジェリア(HGPS)患者さん由来のヒトiPS細胞を用い、心筋細胞と心外膜細胞を組み合わせた立体的な工学的心臓組織(EHT)を構築しました。この組織により、HGPSに特徴的な心臓病変を試験管内で再現することに成功しました。
HGPSは、LMNA遺伝子注4)注4)LMNA遺伝子
細胞核の構造を支えるタンパク質ラミンA/Cの設計図となる遺伝子。の変異に伴って異常タンパク質プロジェリンが蓄積し、全身の老化が急速に進む、極めてまれな難病です。心臓や血管にはとくに重い障害が生じ、多くの患者さんが10代前半に心血管系の障害で亡くなります。これまで、HGPSの心臓病変の研究において、iPS細胞も用いられていましたが、多くはiPS細胞から作製した心筋細胞単独で進められていました。一方、実際の心臓組織は心筋細胞以外にも、線維芽細胞や血管平滑筋細胞など多様な細胞で構成されており、これらの心筋細胞以外の細胞も病態の進展に関与しています。こうした複数の細胞種が含まれた立体的なヒト心臓モデルでHGPSの病態を再現した研究の報告は、これまでありませんでした。
本研究では、心外膜細胞を含むEHTを作製し、最長60日間の培養を行いました。EHT内の心外膜細胞は心臓線維芽細胞と血管平滑筋細胞に分化することが確認されました。このEHTは、心筋細胞だけで作製したEHTと比べ、組織がよりコンパクトにまとまった状態になり、より強い単位断面積当たりの収縮力が測定されました。HGPS患者さん由来のEHTを調べたところ、培養28日目には検出されなかったプロジェリンの蓄積が60日目に確認されました。また、遺伝子発現とDNAメチル化注5)注5)DNAメチル化
DNAに化学的な標識(メチル基)が付く現象。遺伝子の働きの調節や、生物学的な老化の指標として用いられる。の変化に加え、コラーゲンの増加、ミトコンドリア関連タンパク質の低下、電気刺激に対する収縮応答の低下など、HGPSと加齢に共通する特徴も認められました。このモデルは、HGPSの心臓病変が生じる仕組みの解明や、治療法の評価への活用が期待されます。
本研究の成果は、科学誌「Biofabrication」のオンライン版に2026年8月28日付で掲載されました。
図1. 本研究の概要
A:早老症(HGPS)患者さんおよび健康な両親のiPS細胞を用いて、心筋細胞(iCM)と心外膜細胞(iEPI)を作製した。これらを混ぜ合わせることで、立体的な心臓組織(EHT)を構築した。心外膜細胞は組織内で心臓線維芽細胞(iCF)や血管平滑筋細胞(iVSMC)へと分化する。
B:作製から25日目と60日目に、電気刺激を加えた状態と加えない状態で拍動を動画撮影した。60日目には組織を回収し、解析を行った。原論文の図1より(Created with BioRender.com)。
組織工学的に作製した心臓組織(Engineered Heart Tissue:EHT)は、約30年前から心血管研究に活用されています。動物モデルでは種による違いが課題となり、単一の細胞種を平面(2次元)で培養するモデルでは構造や細胞構成が単純すぎるため、EHTはこうした限界を補う役割を担ってきました。心外膜細胞は心臓線維芽細胞や血管平滑筋細胞などへと分化するほか、周囲の細胞に作用する因子を分泌し、心臓の発生や成熟を支えます。そのため近年は、心臓の最外層を覆う心外膜細胞をEHTに取り入れる研究が進められています。心外膜細胞を組み込んだEHTについては、心筋細胞の成熟や心臓再生への応用などを目指した研究が進められてきました。本研究では、本アプローチをHGPSの疾患モデルに用いました。
HGPSは、LMNA遺伝子の1塩基の変異が原因となり発症する早老症で、ラミノパチー注6)注6)ラミノパチー
ラミンの機能障害によって引き起こされる遺伝性疾患の総称。LMNA遺伝子や関連遺伝子の変異によって生じる。とよばれる疾患群の一つです。この変異によって生じる異常タンパク質プロジェリンが細胞核に蓄積することにより、急速な老化が起こります。患者さんには動脈硬化や心肥大、線維化、不整脈などの重い心血管病変が見られ、多くの患者さんが10代前半で亡くなります。またHGPSには通常の加齢に伴う変化と共通する特徴が多くみられ、その研究により加齢のメカニズムに関する理解が深まることが期待されています。従来、HGPSの心臓病変の研究にはiPS細胞由来の心筋細胞が用いられてきました。一方、複数の細胞種の相互作用を含めてHGPSを研究できる立体的なヒト心臓モデルは、これまでありませんでした。
1)心外膜細胞を組み込んだ心臓組織の作製
研究グループは、HGPS患者さんおよび健康な両親(父・母)のiPS細胞から、心筋細胞(iCM)と心外膜細胞(iEPI)を作製しました。各人に由来する心筋細胞と心外膜細胞を組み合わせ、立体的な心臓組織(EHT)をそれぞれ構築しました(図1)。EHTの作製には、薬剤が吸着しにくく、薬理試験に適したポリスチレン膜を用いたデバイスを使用しました。EHT内では、心外膜細胞から心臓線維芽細胞(iCF)と血管平滑筋細胞(iVSMC)への分化が認められました。心外膜細胞を含むEHTでは、心筋細胞のみのEHTに比べ、組織がよりコンパクトにまとまり、単位断面積当たりの収縮力が高くなりました(収縮応力:心筋細胞のみ46±8 µN/mm²(6組織)に対し、心外膜組込み138±90 µN/mm²(27組織))。血管平滑筋細胞は、HGPSでとくに強い障害を受ける細胞の一つです。この細胞を組織内に含められたことが、HGPSの疾患モデルとして活用するうえでの基盤となります。
2)プロジェリンの蓄積とHGPS関連の分子変化
HGPS患者さん由来のEHTでは、培養28日目には検出されなかったプロジェリンが、60日目には核に蓄積していることが確認されました(図2)。これに対し、健康な両親由来のEHT(対照)では、プロジェリンの蓄積は検出されませんでした。RNAシークエンス解析では、患者さん由来の組織において、酸化ストレス、動脈硬化、線維化、心肥大、アポトーシス(細胞死)などに関連する遺伝子群の発現上昇が認められました。一方で、ミトコンドリアや洞房結節(心臓のペースメーカー)の機能に関連する遺伝子群の発現は低下していました。
タンパク質の解析でも、線維化に関連するコラーゲンの増加と、ミトコンドリア関連タンパク質の減少が確認されました。DNAメチル化においても違いは認められたものの、老化の進む速さの指標(エピジェネティック年齢)では、対照との明確な差は認められませんでした。この点には、培養期間が比較的短いことが関係していると考えられます。
図2. 60日目の患者さん由来の心臓組織はプロジェリンを発現する
A:組織切片を免疫染色した画像。上段に患者さん由来の組織、下段に対照の組織を示す。左から順に、核(Hoechst、シアン)、プロジェリン(灰)、心筋アクチン(マゼンタ)、これらを重ね合わせた画像を並べた。プロジェリンが認められるのは患者さん由来の組織のみである。スケールバーは50 µm。
B:ラミンA/C抗体によるウェスタンブロット解析。プロジェリン(70 kDa)のバンドは患者さん由来のサンプルで検出され、対照のサンプルでは検出されない。下段には総タンパク質を示す。
C:患者さん由来の組織を撮影した10枚の画像から求めた、プロジェリン陽性核の割合。
3)電気刺激(ペーシング)に対する収縮応答の低下
研究グループは、1 Hzの電気刺激(ペーシング)に対するEHTの収縮応答を調べました(図3)。培養25日目に刺激に応答したEHTが60日目にも応答する割合は、対照群で87.5%だったのに対し、HGPS群では37.5%でした。また、HGPS患者さん由来のEHTでは、25日目から60日目にかけて自発的な拍動の間隔が有意に長くなり、拍動が遅くなりました。60日目の拍動間隔は、対照と比べても有意に長くなっていました。一方、電気刺激下で測定した収縮応力、収縮持続時間、立ち上がり時間、弛緩時間には、患者さん由来と対照の間で有意な差は認められませんでした。電気刺激に応答する組織の割合の低下と拍動の遅延は、ラミノパチーの病態で報告されている心臓の刺激伝導障害や徐脈に通じる変化です。これらの結果は、本モデルがHGPSに伴う心臓の機能異常を捉えていることを示しています。
図3. 25日目・60日目の心臓組織の機能
A:25日目に電気刺激に応答した組織の中で、60日目にも応答が認められた組織の割合(対照87.5%、患者さん由来37.5%)。
B:自発拍動の間隔を平均±標準偏差で示す。患者さん由来の心筋組織では、拍動間隔が25日目から60日目にかけて有意に延長した。また、60日目の拍動間隔は対照と比較して有意に長かった。
**:P < 0.01、***:P < 0.001、****:P < 0.0001。
本研究では、HGPS患者さん由来のヒトiPS細胞から心外膜細胞を含む立体的な心臓組織(EHT)を構築しました。この組織で、プロジェリンの蓄積、老化やストレスに関連する遺伝子発現の変化、線維化、電気刺激に対する収縮応答の低下など、HGPSの心臓病変に特徴的な変化を再現できることを示しました。心筋細胞、心臓線維芽細胞、血管平滑筋細胞などの心臓の主要な細胞を含むことから、細胞間の相互作用を踏まえて病態を解析することが可能です。また、28日目には見られなかった変化が60日目に出現する過程を追跡できるため、病変が進展する過程を調べるためのモデルとしても活用できます。
本研究に用いたデバイスは薬剤が吸着しにくいため、薬剤の効果の定量的な評価に適しており、治療薬を探索するうえでも適しています。今後、培養期間を延長したりあるいは、単一細胞レベルでの解析を行ったりすることにより、それぞれの細胞が病態のどの側面に関与するかを明らかにすることが可能になると期待されます。さらに、このモデルはHGPSだけでなく、心筋細胞以外の細胞の異常が関わる他の心血管疾患のモデルや、心臓再生の研究にも応用できると考えられます。
- 論文名
Engineering epicardium-integrated human iPSC-derived heart tissue for modelling Hutchinson-Gilford progeria syndrome
(早老症のモデル化に向けた、心外膜を組み込んだヒトiPS細胞由来心臓組織の作製) - ジャーナル名
Biofabrication - 著者
Martta Häkli1,2, Amanda Putri Elvandari1, Yasuko Matsumura1, Shunsuke Funakoshi1,
Antonio Lucena-Cacace1,3*、Yoshinori Yoshida1*
*:責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- タンペレ大学 医学・健康技術学部
- 大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
- Altos Labs, Inc.
- Sigrid Jusélius Foundation
- Orion Research Foundation
- Instrumentarium Science Foundation
- The Progeria Research Foundation
- iPS細胞研究基金
注1)工学的心臓組織(EHT:Engineered Heart Tissue)
iPS細胞などから作った心筋細胞を、細胞外マトリックスのゲルの中で立体的に培養して作る、収縮する人工の心臓組織。動物や平面培養では調べにくい心臓の機能や病態を試験管内で解析できる。
注2)ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群(プロジェリア、HGPS)
LMNA遺伝子の変異により全身の急速な老化が起こる、まれな難病。とくに心血管系の障害が重く、多くの患者さんが10代前半で亡くなる。
注3)プロジェリン
HGPSにおいてLMNA遺伝子の変異により作られる異常なタンパク質。細胞核の膜に蓄積し、細胞の老化を引き起こす。
注4)LMNA遺伝子
細胞核の構造を支えるタンパク質ラミンA/Cの設計図となる遺伝子。
注5)DNAメチル化
DNAに化学的な標識(メチル基)が付く現象。遺伝子の働きの調節や、生物学的な老化の指標として用いられる。
注6)ラミノパチー
ラミンの機能障害によって引き起こされる遺伝性疾患の総称。LMNA遺伝子や関連遺伝子の変異によって生じる。
