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2023年4月21日

「X-ファイル」から心臓オルガノイドへ

(左から)田 雨 大学院生と
ルセナ-カカセ アントニオ 助教

 iPS細胞由来の心臓オルガノイドを用いた心臓の発育や疾患のモデル化という難しい研究を進めている、CiRA期待の若手研究者の2人、ルセナ-カカセ アントニオ助教と田 雨(デン ウ)大学院生にインタビューしました。二人は刺激に満ちたこれまでのキャリアについて話してくれました。

 ルセナ-カカセ助教は、科学者の道を志したきっかけについて、まず、母国スペインの病院で家庭医をしていた父親の影響で、幼い頃から医学に触れる機会があったことを挙げています。

 「小さい頃、父の医学書に載っている不気味な写真を見て、ちょっとゾッとしたことがありました。でも、すぐに少しずつですが、好奇心が芽生えてきたんです」 と説明しました。

 CiRAの吉田善紀研究室に所属している現在も、好奇心は日々の生活の中で大きな原動力になっていると言います。医療や病気に早くから触れていたことに加え、若い頃に「X-ファイル」などのSFのテレビ番組も科学者になる動機づけになりました。というのも、「なぜ」という疑問を持ち続け、身の回りのあらゆることをもっと知りたいと思ようになったからだそうです。

 一方、ルセナ-カカセ助教の指導を受けている中国出身の博士課程3年生(インタビュー当時)で、最近の論文(Immunosuppressants Tacrolimus and Sirolimus revert the cardiac antifibrotic properties of p38-MAPK inhibition in 3D-multicellular human iPSC-heart organoids)の筆頭著者である田さんは、動物好きが高じて生物学に興味を持ち、研究の世界に入ったと話します。

 授業でiPS細胞について学び、「何かかっこいいこと」をしたいと思い、この魔法のような細胞の研究を選んだそうです。「iPS細胞が発見された研究所以外に、他に行くべき場所があったでしょうか?」と田さん。

 博士号取得を目指しつつ、いつの日かさまざまな心血管のケガや病気の治療に使えるように、完全に機能する心臓組織をiPS細胞からつくるための分子基盤を理解しようと、田さんは日々熱心に研究に取り組んでいます。実験計画や研究プロジェクトの立案など、独立した科学者になるために必要なさまざまなスキルを学びました。しかし、自分の研究を他の研究者や一般の人々に伝えるという点ではまだ学ぶべきことが多く、時間をかけて練習する必要があると認識しています。

 ルセナ-カカセ助教は、2018年に京都で暮らし始めた当初、様々な課題に直面していましたが、今では誇りをもってここを故郷と呼んでいます。とりわけ、この地は、研究者としての成功への道を開拓している場所というだけではなく、真の愛を見出した場所であり、妻とともに近いうちに家族を増やしていきたいと考えています。

 「日本に来て最初の週末に、初めて雪を見ました」と話してくれましたが、スペイン南部出身のルセナ-カカセ助教にとって、日本での天候が悩みの一つでした。幸いなことに、彼には日本での生活に慣れ、競争の激しい分野での科学者として活躍するために必須である、困難に立ち向かう精神力と忍耐力があります。そして、寒い冬を乗り切るために、大好きな「もつ鍋」も欠かせないと話します。

 また、吉田研究室に所属し、まったく新しい研究領域に飛び込むことになったことも課題の一つでした。生化学の学士号を取得した後、大学院では分子腫瘍学を専攻しました。その理由は、細胞周期のダイナミクスに興味があり、それが人間の生物学と疾患のあらゆる側面に根本的な意味を持つという確信があったからです。努力して博士号を取得した後、それは研究者としてのキャリアのほんの始まりでしかないことに気づきました。そして、自分の専門性を実際の臨床応用に生かすことを決意し、心臓の発生とiPS細胞の研究に乗り出しました。

 試行錯誤を繰り返しながら、この分野の専門家となり研究に大きく貢献するとともに、田さんのような次世代の科学者を指導するために努力しています。

 iPS細胞を用いてさまざまな病気の治療を実現することに対して、社会から大きく期待を寄せられ、そして何より研究者である自分自身でも期待している中、二人は、特にコロナ禍においては、生活と仕事のバランスを取ることが先駆的な仕事を続けるために重要であると言います。

 二人とも研究の合間をぬっての旅行が趣味で、特に田さんはこの夏訪れた日本各地の海水浴場の話を興奮気味に語ってくれました。「日本の食べ物で好きなものは?」という質問には、最初は「うな丼」が好きだと答えていましたが、最終的には「わらび餅」の方が好きだと告白してくれました。京都のパン屋さんやお菓子屋さんにはおいしいものがたくさんあり、iPS細胞を使った細胞治療の実現に向け、精力的に研究活動に取り組むための重要な栄養源になっていると言います。

 研究を進める過程で、二人は素晴らしい師弟関係も築きました。インタビューの中で、まだ短い研究生活の中で直面する課題を尋ねられた田さんに、ルセナ-カカセ助教は「(田さんに)嫌われていないということは、私がきちんと仕事をしていないことになる」と冗談交じりに言いました。それに対して、田さんは感謝の気持ちを込めて、「でも、正直言って、ルセナ-カカセ助教のことは大好きです。実際のところ、かなり助けられています」と答えました。

 ルセナ-カカセ助教は、田さんのような大学院生を一人前の研究者に育てると同時に、自分もいつか主任研究者になることを目指しています。自分の決断が後輩研究者のキャリアや人生に大きな影響を与える可能性があることを認識した上で、学生に仕事を任せることを学んだと話しました。また、CiRAをはじめとする京都大学の先輩研究者から、より良い科学者になり、学問の道を歩むための格別の指導を受ける機会を与えられたことに感謝していると言います。

 このインタビューで、「iPS細胞が好き/嫌いな理由は...」という文章を完成させるよう求められたとき、二人とも「嫌いなところは、細胞に常に注意を払わないといけないところです。まるで毎日世話をしなければならない赤ん坊のようなんです」と答えました。ルセナ-カカセ助教は続けて、「でも、大好きなところは、ありとあらゆる種類の器官形成過程を再現できる能力があるところです。それって本当に素晴らしいことですよね!」と意気込んで、この愛憎劇の真髄を説明してくれました。

*このインタビューは2022年12月に英語で行われ、CiRA Reporter Vol.33に掲載されました。

(文(英語):ケルビン・フイ(CiRA研究推進室特定研究員)、翻訳:尾崎 加奈、国際広報室)

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