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2026年7月28日
iPS細胞20周年記念鼎談
iPS細胞をつかった再生医療の実用化を加速するために
〜研究を「伝えること」の大切さと難しさ
こうしたiPS細胞20周年の節目を記念して、以前よりiPS細胞研究に関心をお寄せくださっているジャパネットたかた創業者 髙田明様をお招きし、CiRAの山中伸弥教授、金子新教授との鼎談を実施しました。iPS細胞研究のこれまでをふりかえり、今後を展望する中で、研究をより多くの方々に理解していただくことの重要性や難しさ、そして研究を「伝える」対象や仕掛けなどに関し、活発な議論が交わされました。
(左から)金子新教授、髙田明様、山中伸弥教授
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髙田明
長崎県生まれ。1986年「株式会社たかた」を設立。1999年社名を「株式会社ジャパネットたかた」に変更。 |
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京都大学iPS細胞研究所(CiRA) |
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京都大学iPS細胞研究所(CiRA) |
- 聞き手:三宅 陽子(CiRA国際広報室)
- 執 筆:川人 よし恵(scheme laboratory)
- 聞き手:三宅 陽子(CiRA国際広報室)
- 執 筆:川人 よし恵(scheme laboratory)
まずは、iPS細胞研究のこれまでの歩みや現状をお聞かせください。
山中:
20年前は本当に基礎研究の段階で、iPS細胞から人工的に作った細胞を患者さんの体に戻す再生医療は、安全性の面でハードルが高いと思っていました。しかし、今年に入り、条件・期限付きではあるものの、iPS細胞を用いた再生医療2製品(心不全とパーキンソン病の治療を目的とした製品)の製造販売が承認されるところまでようやくこぎつけました。ただ、マラソンに例えるなら、やっとハーフ地点にたどり着いたに過ぎません。後半にはさらに大きな課題や困難が待ち受けていますので、本当の勝負はこれからだと思っています。
研究体制については、当初iPS細胞研究に取り組んでいたのは、私の研究室の数人のメンバーだけでした。その後2010年にここCiRAという拠点が設置され、国内の各研究チームにiPS細胞を供給してオールジャパンで研究を推進する体制ができあがっています。こうした体制を強みとして日本のiPS細胞研究は世界をリードしてきたわけですが、特に民間の資金力があるアメリカや、国を挙げて取り組む中国の猛追を受け、正念場を迎えていると感じます。
金子:
私自身は、iPS細胞技術を用いた免疫療法でがんを克服することを目指して、研究に取り組んでいます。現在進めているプロジェクトの一つは、パナソニック ホールディングス株式会社と一緒に立ち上げたMy-T-serverプロジェクトです。
iPS細胞を使った新たながん治療方法を実現するための「My-T-serverプロジェクト」について、詳しくご紹介いただけますか。
金子:
私たちの体には、体内に侵入したウィルスなどの異物を検知し、攻撃することで病気から体を守る免疫機能が備わっています。体内で発生するがんについても、そうした免疫機能を司る細胞が異物と見定めて闘っているのです。免疫細胞の中でも、私が主に研究しているのは、異物を検知するセンサーの役割を担うT細胞です。元々がんと闘えるT細胞の数は少ない上、がんに反応しているうちに"元気さ"が無くなってしまうので、iPS細胞をつかって若いT細胞を大量に増やし、患者さんの体内に戻すという治療法の実用化を目指しています。
一人ひとりの患者さんからがんと闘っているT細胞を取ってきて、それをiPS細胞にして増やし、元気なT細胞をたくさん作って本人に投与するという方法は、科学的には実現可能です。しかし現状は、技術者の手技頼みの工程が多く、高額な費用や膨大な時間がかかるほか、再生されるT細胞の品質にもばらつきが出てしまいます。そこで私たちのプロジェクトでは、多数のがん患者さんに対して低コストかつ安定的に個別化医療を提供するため、iPS細胞からT細胞を育てるまでのプロセスを自動化する小型装置My-T-serverの開発に取り組んでいるのです。
山中:
金子先生の研究は、2つの意味で非常に大切だと考えています。一つは、日本をはじめ多くの国々で死因の第一位となっている「がん」を治療の対象としていること。日本だけでも、毎年およそ100万人が新たにがんになり、年間40万人・1日平均で約1,000人ががんで亡くなっているんです。これまでに手術療法や薬物療法、放射線療法が発展し、さらに2010年あたりからは免疫療法も加わって、治せるがんも増えてきましたが、それらの治療法からこぼれ落ちてしまう方が毎日1,000人もいる。My-T-serverには、そうした既存の治療法では対応できない方々を助けられる可能性があります。
髙田:
日本人の2人に1人ががんになるという状況を踏まえると、My-T-serverが実用化された時にもたらされるインパクトは計り知れないと思います。日本だけでなく、世界的にもずば抜けたビッグニュースになりますね。
山中:
二つ目のポイントは、日本の国際競争力の観点です。この10年〜20年、日本の国際競争力はどんどん下がっていて、少なくともアジアの中では1位だと思っていたのが、非常に厳しい状況に置かれています。AIや半導体など、アメリカや中国に圧倒的に置いていかれている分野もありますが、iPS細胞は元々日本で生まれた技術ですので、今のところ米中とも競えています。My-T-serverは、日本の強みであるものづくり技術が鍵を握っていますので、ぜひ国際的にも勝負を挑んでほしいところです。
髙田:
いま山中先生がおっしゃった国際競争力に関して、研究開発費が不足しているようであれば、iPS細胞研究の重要性をより多くの人たちに認識してもらうような活動が要りますね。これまでテレビショッピングで「伝える」ことをやってきた人間から一言申し上げさせていただくとしたら、研究のお話にはやはり難解なところがあります。My-T-serverについても、難しいプロセスの説明に固執せずに、「がんを治して多くの人を救える可能性がある」という結論を前面に出して伝えれば、たくさんの方々が寄付などの形で応援したくなると思います。伝えるためには仕掛けがいるので、一つのアイデアですが、My-T-serverプロジェクトをテレビショッピングの手法で紹介してみるのはどうでしょうか。
研究をテレビショッピングの手法で紹介するという斬新なアイデアが出ましたが、「伝えること」の大切さと難しさについて、どのような経験や考えをお持ちですか。
金子:
研究者は、どうしても詳細かつ専門的な説明に執着してしまいがちなんですよね。説明にすごく時間をかけて構わないのであればそれでもいいのですが、一般の方向けの講演会など時間が限られる場面では、一生懸命準備して臨んでも「難しかった」という感想をいただくことが多くて。自分にとって思い入れのある部分の説明にとらわれすぎず、内容をシンプルに切り取ることを意識していきたいです。
山中:
研究者の仕事の半分は実験ですが、半分は「伝えること」だと思っています。日米両国で活動する中で、日本人は事実をできるだけ客観的に伝えようとして真面目になりすぎる傾向を感じますね。同じ研究に関する資料でも、アメリカではものの見事にストーリーとして語られます。どちらが良いのかわかりませんが。
髙田:
どんなに素晴らしいことでも、伝わらなければ無いのと同じになってしまいます。テレビショッピングの番組作りでは、世阿弥が提唱した「序破急」という構成概念を参考にしていました。「序」、つまり導入がつまらなかったらその後の話は聞いてもらえないので、最初の15秒で視聴者を惹きつけ、その後の「破(展開)」で内容をわかりやすく説明し、結末の「急」で重要なメッセージの結論を伝えるという構成です。例えばMy-T-serverを取り上げるなら、「がんを克服するために努力しています」で始めて、次に「誰の手にも届く低コストで治療を実現したい」、最後は「そのためには研究資金が必要なので協力してください」で締めれば良いと思います。希望を伝えるような構成が人の心を動かすのではないでしょうか。
山中:
My-T-serverの場合、iPS細胞をつかった新しいがん治療法のナンバーワン候補であることと同時に、全部のがんを治せるわけではないということも絶対に伝えないといけない。再生医療の自由診療で問題視される誇大広告にならないよう、英語で言うところのHope & Hype(希望と過剰な期待)のバランスを取ることが大事だと思っています。
髙田:
iPS細胞をつかったがん治療というだけで十分話題性がありますが、そこに至るまでに大変な苦労や努力をなさっていることは外からは見えづらいですね。どこの世界でも結果に至るプロセスは見えにくいものですが、私たちの会社では社員がどのような想いを抱き、どのような姿勢で「よいもの」を伝えようとしているのか、そのプロセスを届けることも大切だと考えています。iPS細胞研究は、僕らが電化製品を売るようにはいかない世界なのでしょうけれども、苦労や努力も含めたストーリーを表現していかれてはいかがでしょうか。
山中:
ここ数年「iPS細胞を作れるようになって20年も経つのに、どうしてiPS細胞をつかった治療法はまだ実用化されないんですか」と他の分野の研究者から言われるんです。私たちはうまくいった時はそれを発表しますが、医学研究はそう簡単にはうまくいかないものです。確かに苦労も含めて、何をどのように伝えるかを考えていく必要がありますね。
iPS細胞研究や成果の実用化を加速させるために、乗り越えなくてはならない課題はなんでしょうか。
山中:
何でもそうですが、やはり「人」と「お金」が非常に大切です。薬などの化合物の場合、それを見つけるまでに莫大な費用がかかるものの、設備を作って大量に合成することは比較的簡単にできます。それに対して細胞をつかった医薬品の場合は、細胞を見つけるのも作るのも人の手に頼っている部分がまだまだ大きい。細胞を扱える技術力のある人は限られているため、iPS細胞の大量生産には自動化技術が不可欠ですが、そうした技術開発は道半ばです。5人分くらいだったら大学や京都大学iPS細胞研究財団で何とかできるかもしれませんが、iPS細胞をつかった再生医療の製造販売が本格的に承認されたら、何百人・何千人分の細胞を作らなければなりません。
国からはこの20年手厚く支援いただいてきましたけれど、今後も同様の支援が続くとは限らないでしょう。科学的には非常に良いデータが出ていても、日本国内だけでは資金が集まらず研究開発が中断してしまう事例はたくさんあります。となると海外も含めた大手製薬企業を巻き込むことが必要で、企業の経営判断を動かすには、研究者の熱い思いをプレゼンする能力がますます重要になるのです。
髙田:
iPS細胞研究のための資金が足りないのであれば、行政や企業だけでなく、やはり国民の理解を得ることが不可欠だと思います。例えば、京都市にある二条城が行っている「一口城主募金」は、一般の方々が少額から気軽に寄付できる仕組みです。過去に二条城が約50億円もの修復費用を集めなければならなくなった際、「少額でも城主になれる」という斬新なアイデアを打ち出したところ、多くの方から募金が集まり、結果として何億円もの修復費用を集めることに成功しました。ですので、iPS細胞の支援においても、このように誰もが気軽に参加できる仕組みがあってもよいのではないでしょうか。「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」という作家の井上ひさし先生の言葉がありますが、世の中を巻き込むには、その価値をわかりやすい表現で落とし込み、「伝えた」ではなく「伝わった」という世界を作ることが必要だと思います。iPS細胞研究への共感を広げ、例えば一人1,000円の寄付金を100万人から集められるような仕掛けを考えられたら、すごいことになりますね。
金子:
研究成果の実用化にあたっては、資金や人材に加えて、世の中の規制や社会の仕組みが大きなハードルになることもあります。私自身、My-T-Serverプロジェクトなどを通じ、研究成果の出口戦略を考える中で、規制や仕組みの課題やあるべき姿について、研究者側からも発信していく必要性を感じるようになりました。研究そのもの以外に関しても、自分たちで何かしらのアクションを起こしていかなければ、状況は変わらないのではないかと。
次世代のiPS細胞研究を担う人材の確保・育成にあたり、どのようなことを意識されていますか。
金子:
元々私は楽天家で、目標は高くあるべしと考えるタイプです。「世界中のがん患者を救う」という高い志を持って、前向きに挑戦し続けたいと考えています。ただ、研究は一人では成し遂げられません。熱意や運、そして仲間の力があって初めて大きな成果につながります。だからこそ、自ら前向きに挑戦する姿を若手に示しながら、同じ志を持つ仲間とともに研究を前に進めていきたいと思っています。
山中:
私たちの最終的なミッションは多くの患者さんにiPS細胞技術を届けることですが、臨床医が日々の診療の中で患者さんの症状の改善や回復を直接実感できるのに対し、研究者が実際に、自身の研究が役に立った・貢献できたと感じられるまでにはかなりの時間がかかります。患者さんやご家族に直接お会いする機会もありますが、そうした方々にとっての1日とこちらの1日では時間の意味が同じではないと痛感してきました。研究では10年があっという間に経ってしまいますが、患者さんの状況は日々悪化していきますので。このように、研究成果が患者さんに届くまでに長い年月がかかるからこそ、粘り強く研究を続け、次の世代に研究をつないでいくことが大切だと考えています。そのためにも、若手研究者がiPS細胞研究へのモチベーションを維持できるような声掛けやマネジメントを心がけています。
髙田:
私自身、社内の若い人たちと接する中で、考え方の違いに気づくことも多いものの、「人の役に立ちたい」という気持ちはみんなに共通していると感じます。私たちは会社のミッションとして経済的価値だけでなく社会的価値の追求を掲げてまいりました。私が退任したあとのジャパネットでも、その志は受け継がれており、現在は「長崎スタジアムシティ」という大きなプロジェクトを通して、さらなる社会的価値の創出に挑戦しています。実際にまちや人がどんどん元気になっていく姿を実感しています。人のため・社会のためというミッションがこうして目に見える形で共有されると、若手の情熱が呼び起こされモチベーションも上がると感じます。
最後に、iPS細胞研究の次の20年に向けて、メッセージをお願いします。
髙田:
先生方が尽力されている「命を救うための研究」は、どんなビジネスよりも尊い、最高の仕事だと思います。少しでも健康で幸せに生きたいという願いは、世界共通です。先生方には、これからも成功を信じ、前向きに挑戦を続けていただけるよう、心からエールを送ります。
金子:
ありがとうございます。皆さまの日頃のご支援を力に変え、iPS細胞を使ったがん治療法を必ず実現させて、期待に応えていきます。
山中:
これまでの20年でiPS細胞研究がここまで来られたのは、本当に多くの方々にご支援いただいたおかげだと感謝しています。冒頭でもお話しした通り、ここからが本当の勝負となる後半戦です。マラソンのように時間はかかりますが、いつかは必ずゴールにたどり着くと信じて若手研究者とともに研究を進めますので、これからもご支援をよろしくお願いします。
