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2026年10月15日
iPS細胞20周年特集 第4回 一人でも多くの患者さんにiPS創薬の成果を
iPS細胞誕生20周年を記念し、iPS細胞研究の発展を支えてきた6人に、これまでの20年と次の20年の展望を聞く本特集。全6回の第4回は、井上治久 教授です。
井上 治久 教授
井上 治久 教授
iPS細胞発表からこの20年、私にとって最も印象深いのは、神経難病の患者さん由来のiPS細胞から私たちが見いだした薬が、臨床試験として実際に患者さんへ届けられる段階まで進んだことです。iPS細胞が発表される以前は、患者さんの脳や脊髄の神経細胞を直接調べることはほとんどできず、動物モデルなどを使って病気を研究するしかありませんでした。iPS細胞の登場によって、患者さん自身の細胞から神経細胞などを作り、病気を再現できるようになったことは、私たちの研究にとって大きな転換点でした。「患者さんの細胞を創薬の出発点にする」という新しい道が開かれたのです。
iPS細胞を使って創薬研究を始めた当時は、患者さんのiPS細胞で本当に神経難病を再現できるのか、そこから薬を見つけられるのかも分からず、まして臨床試験まで進むとは想像していませんでした。それでも私たちは、「患者さんの細胞で神経難病を再現し、新しい薬を見つける」という可能性に挑戦してきました。試行錯誤を重ねながら研究を進め、2019年にはALS(筋萎縮性側索硬化症)注1)注1)ALS(筋萎縮性側索硬化症)
運動神経細胞が変性して筋萎縮と筋力低下を来す進行性の疾患。を対象とした医師主導治験注2)注2)医師主導治験
薬や治療法の承認に必要な有効性や安全性を確かめるため、医師が自ら計画し、中心となって進める臨床試験。を開始することができました。そのときは、非常に身の引き締まる思いでした。多くの研究者や企業、そして患者さんのご協力によって、積み重ねてきた成果を医療へつなぐ最初の一歩を踏み出すことができたのです。同時に、患者さんや患者さんのご家族の期待に応えたいという想いと、科学的な検証を着実に進めなければならないという責任を強く感じました。
この20年で、iPS創薬注3)注3)iPS創薬
iPS細胞を用いた治療薬研究。iPS細胞は患者さんの遺伝子情報を有しているため、患者さんの病気の特徴を再現した細胞で化合物の効果を調べることができ、患者さんの病態にあった薬を抽出可能である利点がある。は「可能性を示す」段階から「患者さんへ届ける」段階へと進んできました。一方で、創薬には安全性や効果の確認、体内で薬がどのように働くかの検証、製造方法の確立、国の承認に向けた審査など、乗り越えなければならない多くの課題があります。それを乗り越えるには、医学、薬学、細胞生物学、情報科学、規制科学注4)注4)規制科学
薬や治療などの有効性や安全性、品質を科学的に評価し、社会で適切に使うための基準やルールづくりに役立てる学問。など、多様な分野の専門家が「患者さんに薬を届ける」という一つの志のもとで力を合わせることが不可欠だと学びました。ここまで歩んでくることができたのは、患者さんをはじめ、多くの方々のご協力とご支援があったからこそだと、心から感謝しています。
これからは、iPS細胞とAIやデータサイエンス、オルガノイド(ミニ臓器)、ゲノム編集技術注5)注5)ゲノム編集技術
人工的にデザインしたDNA切断酵素などを細胞に導入し、ゲノムの局所を選択的に切断、改変する技術。などがさらに融合し、一人ひとりの病態をより深く理解して、個々に適した治療をより速く見つけられる時代になっていくと思います。その後、家族性アルツハイマー病を対象にした医師主導治験も加わりましたが、⼀番⼤切なのは、iPS創薬を特別ではなく、当たり前にしていくことだと思います。そしてiPS創薬の成果を一日でも早く、一人でも多くの世界中の患者さんに届けることが、私たちの使命だと考えています。
注1)ALS(筋萎縮性側索硬化症)
運動神経細胞が変性して筋萎縮と筋力低下を来す進行性の疾患。
注2)医師主導治験
薬や治療法の承認に必要な有効性や安全性を確かめるため、医師が自ら計画し、中心となって進める臨床試験。
注3)iPS創薬
iPS細胞を用いた治療薬研究。iPS細胞は患者さんの遺伝子情報を有しているため、患者さんの病気の特徴を再現した細胞で化合物の効果を調べることができ、患者さんの病態にあった薬を抽出可能である利点がある。
注4)規制科学
薬や治療などの有効性や安全性、品質を科学的に評価し、社会で適切に使うための基準やルールづくりに役立てる学問。
注5)ゲノム編集技術
人工的にデザインしたDNA切断酵素などを細胞に導入し、ゲノムの局所を選択的に切断、改変する技術。
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取材・執筆した人:三宅 陽子
京都大学iPS細胞研究所(CiRA) 国際広報室 サイエンスコミュニケーター
