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2026年2月12日
【イベント報告】CiRAカフェ:ヒト胚とそのモデルー3人の研究者の視点を開催しました
2025年12月7日(日)、CiRAにて、第40回CiRAカフェ「ヒト胚とそのモデル―3人の研究者の視点」を開催しました。当日は、国立成育医療研究センター再生医療センター長の阿久津英憲博士、CiRAの髙島康弘教授、藤田みさお教授の3名が話題提供を行いました。阿久津さんからは「ヒト胚」の研究、髙島さんからは「胚モデル」の研究について紹介し、藤田さんから、両者を取り巻く「倫理」についてそれぞれお話ししました。小学生から大人の方まで約40名が参加しました。
「ヒト胚」と「胚モデル」?
わたしたちの体がつくられる始まりの時期、受精卵から細胞分裂して胎児へと変化していく細胞の集合体を胚といいます。ヒトの胚は将来、一人の人間、つまりひとつの生命となる可能性をもつことから、日本では「人の生命の萌芽」とされています。そのため、研究への利用には厳格なルールが設けられています。
ヒト胚は、その限られた利用のなかでこれまでに、生殖補助医療技術の研究や胚性幹細胞(ES細胞)の作製などに役立てられてきました。また最近は、iPS細胞などの幹細胞を使ってヒト胚を実験室で再現することのできる「胚モデル」の登場や、細胞を解析する技術の進歩によって、ヒトの発生を解明する研究が新たな展開をみせています。
こうした状況から、2000年代に議論されたヒト胚の研究利用に関するルールの成り立ちや考え方を改めて振り返ることの重要性が増しています。また、新たな技術である胚モデルをどのように研究で扱うかについて、国内外で議論が進められています。
今回のイベントでは、この「ヒト胚」と「胚モデル」をめぐる研究とその倫理的な論点について研究者からそれぞれ説明を行い、参加者の方と一緒に研究のありかたについて考える時間を設けて、みなさんの意見を伺いました。
ヒトの発生と科学の進歩
はじめに、受精卵から体がつくられていく過程である「発生」について、阿久津さんが解説をしました。人の体は、卵子と精子が受精してできる受精卵から始まります。受精卵は、細胞分裂を繰り返し、子宮へと移動し、細胞ごとの役割分担や臓器の形成などが進んでいきます。
発生の過程で異常が生じると、病気につながることがあります。阿久津さんの働く国立成育医療研究センターには、発生の異常に原因をもつ病気の子どもたちが多く集まる医療現場があります。患者さんの病気の種類は多岐にわたり、診断が難しいケースも少なくありません。
自然妊娠では、受精や着床が成立しても、ごく早い段階で妊娠が継続しなくなるケースを含めると、全体の約30%が流産に至るといわれています。その多くでは、何が起きたのかがわかっておらず、正確に知ることも技術的に非常に難しい状況がありました。
ヒトの初期発生と病気の関係を説明する阿久津英憲センター長
しかし最近の研究から、発生初期の胚における遺伝子の働きのわずかな違いが胚発生の停止や流産につながることが徐々に明らかになりつつあると言います。研究センターでは、発生の過程に関係する「病気の仕組みを理解し、将来の治療や診断につながる手がかりを見つける研究に取り組んでいる」と説明しました。
阿久津さんは、発生の仕組みを解明するための新たな技術として活躍する「シングルセル解析」を紹介しました。この解析は、次世代シーケンサーという装置を用いて、一つ一つの細胞ごとに、どの遺伝子がどのように働いているのかを調べる方法です。
受精卵から体が形づくられていく途中の胚に含まれている細胞は、全体の数が少ないだけでなく、刻一刻と変化していきます。さらに、もともと1種類だった受精卵から少しずつ違いがでてきて、多様な細胞の集まりへと変化します。このように変化が速く、少量ながら多彩な細胞の集まりを科学の力で一つ一つ精細に捉えることは、これまでとても難しいことでした。
また、世界中の研究者によってさまざまな細胞のデータも大量に蓄積されています。これらの科学の進展によって、「ヒト胚のように入手が限られ、解析の難しかった研究対象からも、科学的に意味のある知見が得られる状況が整いつつある」と言います。
「生命の萌芽」から始まる問い
阿久津さんは、もともと産婦人科医として医療の現場に立っていました。かつて留学したハワイ大学で、体外受精技術の基礎を築いた柳町隆三博士に師事し、「たった一つの細胞(受精卵)が分裂を繰り返し、あらゆる臓器や組織を持つ『人』へと変化していく『発生』という現象に魅了された」と言います。
現在は、ヒトの受精胚やES細胞などの多能性幹細胞を用いた再生医療の研究に取り組んでいます。「一つの細胞が体のすべての細胞になるという生命の仕組みへの関心」が、阿久津さんの研究の原点と語りました。
ヒト胚は尊厳をもって扱うべき存在あり、研究に用いる際のルールが厳しく定められています。ヒト胚を研究に利用することの科学的な意義が技術の進歩によって高まってきた今、ヒト胚を使う研究のこれからのあり方について社会全体で考える必要性も増してきていると言えます。
発生の魅力と研究の意義を語る阿久津英憲センター長
ヒト胚をめぐる研究倫理
続いて、CiRA上廣倫理研究部門の藤田教授が、ヒト胚の取り扱いに関する倫理とそのルールの変遷について解説しました。論点の一つとして、「14日ルール」といわれる、ヒト胚の培養期間を原則「受精後14日(または原始線条が出現するまで)」とする考え方について話題提供がありました。
ヒト胚研究について、多くの国では何らかのルールがありますが、14日ルールはその基本的な考え方として広く採用されてきました。一方で、ヒト胚の法的な定義は国によってさまざまで、それによってヒト胚研究のルールも少しずつ異なると言います。2021年、国際幹細胞学会(ISSCR:International Society for Stem Cell Research)は、14日を超える培養について科学的な妥当性などを前提として各国が検討することを認める方向へ、ルールの見直しを提言しました。
これまでの説明を聞いて、「14日ルール」の見直しについてどう思うかを参加者に問いかけました。「技術の進歩によって救命につながる可能性があるならば研究を進めるべき」という意見がある一方で、「一度規制を緩和すれば、なし崩し的に範囲が拡大するのではないか」という懸念も示されました。
ヒト胚を用いた研究の倫理について説明する藤田教授
「胚モデル」:ヒト発生研究の新たな手法と倫理
続いて、CiRA未来生命科学開拓部門の髙島教授が胚モデル研究について紹介しました。髙島さんははじめに、胚モデルの「モデル」という言葉の科学的な意味を参加者に問いかけました。モデルとは、本物の代わりとして使うもので、胚モデルは本物の胚ではないため、ヒト胚のルールを回避し、発生初期の詳細な研究を可能にする技術と解説しました。
髙島さんの研究室は、このヒト胚モデルの研究に取り組むグループの一つです。2023年には、新たに開発した胚モデル「バイラミノイド」でヒトの初期発生の仕組みの一端を明らかにしたことを発表しました。研究室では、現在も胚モデルの研究を進めており、胚モデルでさらに多くの現象が見えるようになっていると進捗を報告しました。
髙島さんの研究室と会場を中継でつなぐ試みも行われました。胚モデルを作るために直径0.2mm程度の微細な窪みが多数並んでいる特殊な培養プレートや、厳密に管理された培養環境が紹介されました。実際の研究現場の様子を見た参加者からは、「研究室の中を中継で見ることができ、研究への関心が高まった」「現場の様子を知ることで、最先端の研究がより身近に感じられた」といった感想をいただきました。
ヒト胚モデルの研究について語る髙島教授
研究室とのライブ中継の様子
胚モデル研究についても藤田さんから説明があり、ヒト胚モデルを「今のルールが想定していない新しすぎる研究」と表現しました。ISSCRのガイドラインも、胚モデル研究の急速な進展に対応するよう、2025年8月に改訂を行いました。そのなかでは、ヒトや動物の子宮に戻すことや体外で成長させることを禁止しています。そして、研究するためには、倫理審査を受けることや研究目的の正当性、培養期間の上限設定などが必要であると書かれています。
培養期間の設定については、研究の実施を許可する上で重要とされる一方で、具体的な日数や考え方は国により少しずつ異なるようです。ヒト胚の定義が国によって異なるように、統一的なルールや正解があるわけではなく、各国でそれぞれルールが検討されています。こうしたことから、倫理に関わる研究や今回のようなイベントで市民と課題について対話することの重要性を確認することができます。
社会との対話の継続に向けて
今回のCiRAカフェを通じて、最先端の科学技術がもたらす可能性と、それに伴う倫理的な課題を紹介しました。アンケートから、多くの参加者が科学の倫理的課題について結論を出すことの難しさを感じたことが伺えます。「研究と倫理の境界線を引くことの難しさを感じた」「明確な答えが出ずに悩んだが、考える良いきっかけになった」といった感想もあり、単純な賛否ではなく、科学の進歩と倫理的規制のバランスをどう保つかという点について悩んだ様子が伝わってきました。
参加者とのディスカッションの様子
また、「社会との対話を重視する研究者の姿勢に感銘を受けた」「自分の倫理観を見つめ直す機会になった」といった声からは、研究者と市民のコミュニケーションを促進する機会を設けることの価値をうかがうことができました。「倫理的な規制は制限ではなく、研究者が安心して研究を進めるための道標になることがわかった」という感想もありました。
今後もさまざまな研究トピックについて、公開シンポジウムやCiRAカフェなどのイベントのほか、SNSやHPなどのメディアでお伝えできればと思います。
胚モデルを活用した研究とその倫理に注目し、現状と今後の動向についてメディアの方向けに解説しました。
胚モデルを活用した研究とその倫理に注目し、現状と今後の動向についてメディアの方向けに解説しました。
