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2025年7月24日
iPS細胞由来巨核球の免疫シグナル調節による血小板産生の改善
ポイント
- LIN28Aは、ヒトiPS細胞由来巨核球細胞株において、let-7マイクロRNA-RALB軸を介して血小板産生を調節する。
- STAT1はDNAメチル化を介してLIN28Aの発現を制御し、その阻害は細胞老化を抑制して血小板産生を促進する。
橋本一哉元大学院生(現 京都大学医学部附属病院麻酔科 助教)、江藤浩之教授(京都大学CiRA、千葉大学大学院医学研究院)らの研究グループは、陳思婧特任助教(千葉大学大学院医学研究院)らと共同で、iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)注1において、STAT1-LIN28A-let-7a-5P-RALB経路が免疫形質を誘導するとともに血小板注2産生を抑制することを明らかにし、血小板産生の改善に向けた新たな分子標的を提示しました。さらにRNA-seq解析注3や遺伝子操作、薬理学的検証を通じて、STAT1がこの経路の上流に位置し、LIN28Aやlet-7aの発現調節を介して免疫応答と血小板産生を結びつけていることを見出しました。本研究で得られた知見は、iPS細胞由来血小板の産業規模での安定的な製造および品質の標準化に貢献するとともに、再生医療や輸血医療への臨床応用が期待されます(Fig.1)。
この研究成果は、2025年6月19日に国際学術誌「Blood Advances」にオンライン掲載されました。

Fig1. 論文の概要図
社会の少子高齢化の影響などにより、献血のみに依存しない血小板輸血製剤の供給体制が希求されています。こうした社会的・医学的要請に応えるべく、研究グループは、iPS細胞由来巨核球前駆細胞株(imMKCL)の樹立成功を起点として、乱流型バイオリアクターを用いてiPS細胞由来血小板製品(iPS血小板)を臨床スケールで生産する技術を開発しました(CiRAニュース2014年2月14日、CiRAニュース2018年7月13日)。これらの成果により、iPS血小板を輸血する世界初の臨床試験が実現しました(CiRAニュース2022年9月30日)。
しかしながら、imMKCLにおける細胞の不均一性が、安定かつ高効率な血小板産生の妨げとなっていました。この課題に対し、研究グループはマイクロRNAスイッチ技術を用いてimMKCLの不均一性を解析し、予期せずにlet-7活性が低下したimMKCL分画を同定しました。この細胞分画では、インターフェロン経路を含む免疫関連シグナルが活性化しており、imMKCL全体に細胞増殖の抑制や血小板産生の低下を引き起こしていました。さらに、Ras GTPaseであるRALBが、imMKCLの免疫表現型と血小板生産性の主要な調節因子であることを明らかにしました(CiRAニュース2024年3月26日)。本研究では、let-7-RALB軸のエピジェネティックおよび転写レベルの制御に着目し、imMKCLにおけるiPS血小板産生能に影響を与える上流のメカニズムを解明することを目的としました。
バルクRNA-seq解析とビスルファイトシーケンシング解析注4により、RNA結合タンパク質LIN28AがimMKCLにおいてlet-7a-5pの負の調節因子であり、またその発現はDNAメチル化注5によって制御されていることが判明しました。さらにlet-7a-5p活性の高低に応じた異なるメチル化パターンが観察されました。レンチウイルスを用いたLIN28Aの過剰発現は、免疫関連経路を活性化し、それに伴って血小板産生を抑制しました。また、LIN28Aの上流調節因子を特定するため、転写因子モチーフ解析注6とsiRNAノックダウン検証を実施した結果、転写因子STAT1が主要な調節因子であることを突き止めました。STAT1のノックダウン検証では、免疫関連シグナルの抑制、細胞周期阻害因子CDKN2Aの発現低下、およびインターロイキン-8の分泌減少が認められ、結果として血小板産生の向上が確認されました。さらに、フラボピリドールやフルダラビンを用いたSTAT1リン酸化の薬理学的阻害においても、血小板産生の促進が確認され、STAT1がこの経路において重要な制御因子であることが裏付けられました。
本研究は、imMKCLにおける免疫シグナルと血小板産生を結びつける新たな制御機構として、STAT1-LIN28A-let-7a-5p-RALB経路を同定しました。この経路は、免疫シグナルの調節を介してiPS血小板の収量および品質を最適化するための有望な標的となり得ます。これらの新知見は、iPS血小板の将来的な産業規模での安定生産および標準化に寄与するものであり、再生医療および輸血医療の発展への貢献が期待されます。
- 論文名
STAT1-mediated epigenetic regulation of LIN28A controls iPSC-derived platelet production through the let-7-RALB axis - ジャーナル名
Blood Advances - 著者
Kazuya Hashimoto1,2#, Si Jing Chen3#*, Kosuke Fujio1,4, Akihiro Kayama1, Naoshi Sugimoto1,
Naoya Takayama3, Moritoki Egi2, Koji Eto1,3*
#:共同筆頭著者
*:共同責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所臨床応用研究部門
- 京都大学京都大学大学院医学研究科麻酔科学分野
- 千葉大学大学院医学研究院イノベーション再生医学
- 大塚製薬株式会社
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
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AMED 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(基礎応用研究課題)
「自家iPS細胞由来血小板製剤の臨床研究(iPLAT1)の事後検証と製剤改良」 -
AMED 再生医療実現拠点ネットワークプログラム
iPS細胞研究中核拠点「再生医療用iPS細胞ストック開発拠点」 -
NEDO経済安全保障重要技術育成プログラム
有事に備えた止血製剤製造技術の開発・実証「汎用性の高い人工血小板の開発」 - 日本学術振興会 基盤研究(S)(C)、萌芽研究、若手研究
- iPS細胞研究基金
- 先進医薬研究振興財団、シオノギ感染症研究振興財団、キヤノン財団
注1)iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)
巨核球は造血幹細胞から作られ、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。imMKCLは、iPS細胞から出来る巨核球に遺伝子導入をすることにより樹立された、増幅と成熟の切り替えが可能な細胞株。
注2)血小板
止血に重要な役割を果たす核のない直径2〜3μmの血液細胞で、巨核球から分離して作られる。トロンビン等の作用で凝集する性質がある。
注3)RNA-seq解析
RNAの配列を網羅的に解析する手法で、細胞内でどの遺伝子がどれだけ発現しているかを高精度に測定することができる。遺伝子発現の違いや機能の解析に用いられる。
注4)ビスルファイトシーケンシング解析
DNAに含まれるメチル化されたシトシンを特定するための手法である。ビスルフィット処理により非メチル化シトシンがウラシルに変換され、メチル化状態を塩基配列として読み取ることができる。
注5)DNAメチル化
DNAの塩基の一つであるシトシンにメチル基(-CH₃)が付加される修飾で、遺伝子の発現を抑える働きを持っている。エピジェネティックな(遺伝子配列を変えない)遺伝子制御機構の一つである。
注6)転写因子モチーフ解析
転写因子がDNAの特定の配列(モチーフ)に結合する性質を利用して、どの転写因子がある遺伝子の発現を調節しているかを予測・解析する手法である。