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2026年10月9日
SOD1遺伝子変異を一塩基単位で修正 ―家族性ALSを対象にiPS細胞で塩基編集とプライム編集を最適化―
ポイント
- 家族性筋萎縮性側索硬化症(家族性ALS)注1)注1)家族性筋萎縮性側索硬化症(家族性ALS)
ALSは運動ニューロンが徐々に失われ、筋力低下や呼吸障害などが進行する神経疾患。約10%は遺伝的要因が明らかな家族性ALSとされる。の原因となるSOD1遺伝子注2)注2)SOD1遺伝子
活性酸素を処理して細胞を酸化ストレスから守る酵素を作る遺伝子。SOD1遺伝子の一部の変異は家族性ALSの原因となる。の2種類の変異(G93A変異、L126S変異)について、変異した塩基だけを正常な配列へ戻すゲノム編集法を検討した。 - 患者さん由来iPS細胞注3)注3)iPS細胞
皮膚や血液などの体細胞に特定の因子を導入して作製する、多様な細胞へ変化できる細胞。患者さんの遺伝的特徴を保ったまま病気の研究や治療候補の評価に利用できる。などを用いて2種類の変異の修正方法の条件比較を行い、プライム編集注4)注4)プライム編集
DNAの標的部位を片鎖だけ切り、逆転写酵素と設計したガイドRNAを利用して目的の配列を書き込むゲノム編集技術。塩基編集より多様な置換や小さな挿入・欠失に対応できる。と塩基編集注5)注5)塩基編集
DNAを構成する文字に相当する塩基を、DNAの二本鎖を切断せずに別の塩基へ変換するゲノム編集技術。変換できる塩基の組み合わせや標的配列には制約がある。を使い分けて変異アレル注6)注6)アレル
父母から受け継いだ同じ遺伝子のそれぞれの型。変異アレルとは、病気に関連する変異を含む遺伝子の型を指す。 を修正した。 - 解析した予測オフターゲット編集注7)注7)オフターゲット編集
ゲノム編集で、本来の標的以外の似たDNA配列が意図せず書き換えられること。治療応用では詳しい安全性評価が必要となる。候補部位において、意図しない編集は検出されなかった。 - SOD1タンパク質の正常な働きを損なうことなく、病気の原因となる変異を修正する、将来の遺伝子治療開発に向けた基盤となる成果である。
今村恵子(京都大学iPS細胞研究所(CiRA)、理化学研究所バイオリソース研究センター(理研BRC))、西田敬二(神戸大学先端バイオ工学研究センター)、ウォルツェン・クヌート(CiRA)、和泉唯信(徳島大学大学院医歯薬学研究部)、井上治久(CiRA、理研BRC)らの研究グループは、家族性筋萎縮性側索硬化症(家族性ALS)の原因となるSOD1遺伝子変異を一塩基単位で修正する方法を、ヒトiPS細胞を用いて検討しました。
ALSは、筋肉を動かす運動ニューロンが徐々に失われる難治性の神経疾患です。ALSの約10%は遺伝性の家族性ALSで、日本ではSOD1遺伝子の変異が主要な原因の一つとなっています。変異型SOD1タンパク質の量を減らす治療法の研究が進む一方、正常なSOD1タンパク質には細胞を守る働きがあるため、原因となる変異だけを修正して正常な機能を保つ方法が望まれています。
研究グループは、家族性ALSの原因として知られる、SOD1遺伝子の2種類の変異(G93A変異、L126S変異)を対象に、それぞれの変異に適したゲノム編集法を選びました。G93A変異には、書き換えたい配列を指定できるプライム編集を用い、複数の設計を比較した結果、ヒトiPS細胞で約10%の修正効率を得ました。L126S変異には、一つの塩基を別の塩基へ変換する塩基編集を用い、患者さん由来iPS細胞で編集酵素とガイドRNAの組み合わせを比較した結果、約26%の変異アレルを修正できました。
今後は、ALSに関連する細胞の異常が改善するかを調べ、また、安全性も十分に検証していく必要があります。
この研究成果は、2026年9月30日に国際科学誌「BMC Medical Genomics」にオンライン掲載されました。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、脳や脊髄にある運動ニューロンが徐々に失われ、手足や呼吸に必要な筋肉が動かしにくくなる病気です。ALSの約10%は家族内で発症する家族性ALSで、SOD1遺伝子の変異はその主要な原因の一つです。日本では、家族性ALSの約30%をSOD1遺伝子変異が占めると報告されており、本研究では、G93A変異とL126S変異の正常化を試みました。G93A変異は、SOD1タンパク質を構成するアミノ酸配列の93番目がグリシン(G)からアラニン(A)に変わり、L126S変異は、126番目のロイシンが、セリンに変わる変異です。その結果、タンパク質が変異し、ALSの発症につながります。
SOD1遺伝子から作られるSOD1タンパク質は、通常、細胞を酸化ストレスから守る働きを担います。しかし、特定の変異をもつSOD1タンパク質は神経細胞に有害な性質を獲得し、運動ニューロンの変性につながると考えられています。そのため、変異型SOD1タンパク質の産生を抑える核酸医薬などが開発されています。一方、SOD1タンパク質の正常な働きを失うこと自体が運動機能に影響する可能性も報告されており、変異型だけを修正し、正常なSOD1タンパク質の働きを保つ治療戦略には重要な意義があります。従来のCRISPR-Cas9によるゲノム編集では、DNAの二本鎖を切断して修復を促します。これに対して、塩基編集とプライム編集は、DNAを二本鎖切断せずに塩基配列を書き換えられる技術です。ただし、変異の種類や周囲のDNA配列によって、利用できる編集法や効率が異なります。そこで研究グループは、ヒトiPS細胞を用いて多数の設計を比較し、SOD1遺伝子の変異ごとに適した編集条件を選び出しました。
1)G93A変異をプライム編集で約10%修正
G93A変異は、現在の一般的な塩基編集では直接修正できない種類の塩基変化です。そこで研究グループは、修正後の配列情報を組み込んだガイドRNA(pegRNA)とプライム編集酵素を用いました。G93A変異をもつヒトiPS細胞で、標的を認識する配列やDNA合成の開始に必要な配列の長さが異なる複数のpegRNAを比較しました。最適な組み合わせでは、変異の約10%を正常配列へ修正でき、標的周辺に明らかに余分な塩基置換は認められませんでした(図1)。
さらに、ヒトSOD1 遺伝子のG93A変異をもつALSモデルマウス由来iPS細胞でも同じ編集条件を試したところ、ヒトiPS細胞と同様に約10%の修正効率を示しました。これにより、選択した編集設計が異なる細胞系でも機能することが確認されました。
図1 プライム編集によりSOD1遺伝子のG93A変異を修正
A:プライム編集を行うための配列候補。
B:遺伝子編集効率のスクリーニング結果。複数のpegRNA設計を比較し、最適な条件で約10%の修正効率を得た。
2)L126S変異を塩基編集で約26%修正
L126S変異は、塩基編集によって変異箇所のシトシン塩基を正常配列へ戻すことができる種類の変異です。研究グループは、患者さん由来iPS細胞を用い、3種類の塩基編集酵素(BE4、YE1、AID2S)と2種類のガイドRNAを組み合わせて比較しました。その結果、BE4とガイドRNA 2の組み合わせが最も高い効果を示し、変異アレルの約26%を正常配列へ修正しました(図2)。
図2 塩基編集によりSOD1遺伝子のL126S変異を修正
3種類の塩基編集酵素と2種類のガイドRNAを比較し、BE4とガイドRNA 2の組み合わせで最も高い修正効率を得た。未編集細胞では正常型と変異型の割合がほぼ50%ずつであり、正常型の割合が約13%増えたことから、変異アレルの約26%が修正されたと算出した。
3)予測されたオフターゲット候補部位を評価
ゲノム編集では、標的以外の似た配列が意図せず書き換えられるオフターゲット編集が課題となります。研究グループは、コンピューターで予測した候補部位を次世代シーケンサーで解析しました。今回調べた候補部位では、プライム編集と塩基編集のいずれについても、未編集細胞の背景レベルを超える編集は検出されませんでした。ただし、今回の解析ですべての可能性を除外できるわけではなく、臨床応用にはより包括的な安全性評価が必要です。
本研究では、家族性ALSの原因となる2種類のSOD1遺伝子変異について、変異の配列に合わせてプライム編集と塩基編集を使い分け、ヒトiPS細胞を用いて有効な編集条件を選び出しました。原因変異そのものを修正する方法は、変異型SOD1タンパク質の有害な作用を減らしながら、正常なSOD1タンパク質の働きを保てる可能性があります。また、患者さん由来iPS細胞を用いることで、実際の遺伝的背景の中で治療候補を比較・最適化できることを示しました。今後は、編集したiPS細胞から運動ニューロンを作製し、病気に関連する細胞の異常が改善するかを確認する必要があります。さらに、オフターゲット編集を含む安全性を検証することが、臨床応用に向けて重要と考えられます。
- 論文名
Mutation-specific correction of SOD1 in familial ALS using prime and base editing in human induced pluripotent stem cells - ジャーナル名
BMC Medical Genomics - 著者
Keiko Imamura1,2,3, Kayoko Tsukita1,2, Shin Yoshioka4, Aya Okusa1,2, Hitoshi Mitsunobu4, Knut Woltjen1, Keiji Nishida4, Yuishin Izumi5, Haruhisa Inoue1,2,3,*
*:責任著者 - 著者の所属機関
- 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
- 理化学研究所 バイオリソース研究センター(BRC)iPS創薬基盤開発チーム
- 理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIP)iPS細胞連携医学的リスク回避チーム
- 神戸大学大学院 科学技術イノベーション研究科
- 徳島大学 大学院医歯薬学研究部 医学域 医科学部門 臨床神経科学分野
本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。
-
日本医療研究開発機構(AMED)
- 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム
「次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点」
「SOD1変異ALSに対する遺伝子編集治療法の開発」 - iPS細胞研究基金
注1)家族性筋萎縮性側索硬化症(家族性ALS)
ALSは運動ニューロンが徐々に失われ、筋力低下や呼吸障害などが進行する神経疾患。約10%は遺伝的要因が明らかな家族性ALSとされる。
注2)SOD1遺伝子
活性酸素を処理して細胞を酸化ストレスから守る酵素を作る遺伝子。SOD1遺伝子の一部の変異は家族性ALSの原因となる。
注3)iPS細胞
皮膚や血液などの体細胞に特定の因子を導入して作製する、多様な細胞へ変化できる細胞。患者さんの遺伝的特徴を保ったまま病気の研究や治療候補の評価に利用できる。
注4)プライム編集
DNAの標的部位を片鎖だけ切り、逆転写酵素と設計したガイドRNAを利用して目的の配列を書き込むゲノム編集技術。塩基編集より多様な置換や小さな挿入・欠失に対応できる。
注5)塩基編集
DNAを構成する文字に相当する塩基を、DNAの二本鎖を切断せずに別の塩基へ変換するゲノム編集技術。変換できる塩基の組み合わせや標的配列には制約がある。
注6)アレル
父母から受け継いだ同じ遺伝子のそれぞれの型。変異アレルとは、病気に関連する変異を含む遺伝子の型を指す。
注7)オフターゲット編集
ゲノム編集で、本来の標的以外の似たDNA配列が意図せず書き換えられること。治療応用では詳しい安全性評価が必要となる。
