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2023年6月14日

iPS細胞のこれまでの10年とこれから

2022年度まで10年間にわたって、再生医療を実現するための大規模な研究支援プロジェクトが行われました。CiRAも多くの研究プロジェクトに参加し、成果を発表しています。この10年間で、iPS細胞研究はどのように
進歩したのか、そして今後どのように研究が進んでいくのでしょうか。
再生医療を推進する大型プロジェクト

 2013年、文部科学省から再生医療研究全体に対して10年間で1100億円規模の長期的な支援を行うと発表され、注目を集めました。この支援によって行われたのが「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」です。iPS細胞などを使った再生医療に関する研究や、病気の仕組みの解明や薬を作る研究を支援するプログラムでした。基礎研究から応用研究、そして非臨床試験まで、日本全国の大学や研究機関、民間企業が参加しました。新しい医療を実現するために必要な、倫理や規制への対応を支援する研究グループも参加していました。

出典:国立研究開発法人日本医療研究開発機構
ホームページ

iPS細胞研究の中核として

 CiRAに所属する研究者も様々な研究課題に参加しました。iPS細胞の医療応用には大きく二つの流れがあります。失われてしまった機能をiPS細胞から作製した細胞を使って補う再生医療と、病気の仕組みを調べて薬を作る研究です。どちらにおいても、CiRAは中心的な役割を果たしてきました。

病気の仕組みを調べるためのiPS細胞

 患者さんから作製したiPS細胞は、患者さんの体の中の状態を再現できる可能性があります。これを使えば、病気の仕組みを生体外で調べることができ、薬を見つけることにも活かせます。CiRAでは多種多様な病気の患者さんの細胞からiPS細胞(疾患特異的iPS細胞)を作製してきました。必要とする研究者がいつでも利用できるように、理化学研究所バイオリソースセンター(理研BRC)が細胞を保管しており、病気の種類は231種類に上ります(参考:理研BRC 疾患特異的iPS細胞一覧)。海外にも疾患特異的iPS細胞を保管している施設がいくつかありますが、理研BRCが対象とする病気の種類は最も多いと考えられます(参考:令和2年度疾患特異的iPS細胞バンク事業の利活用に関する調査 Arthur D Little社)。

iPS細胞を使って見つかった薬の治験は
国内で5件

 これまでの研究で、疾患特異的iPS細胞を使って見つかった新たな薬の候補物質を、患者さんに投与して安全性と効果を確かめる研究が5件行われています。このうち、3件はCiRAの研究グループが中心となって見つけた候補物質が使われています。

国内で行われているiPS細胞を使って
見つかった薬の治験
開始年 対象の疾患 候補物質 参考
2017 開始年:2017 進行性骨化性線維
異形成症(FOP)
対象の疾患:進行性骨化性線維異形成症(FOP)
候補物質:シロリムス
シロリムス
2018 開始年:2018 Pendred症候群 対象の疾患:Pendred症候群
候補物質:シロリムス
シロリムス
2018 開始年:2018 筋萎縮性側索硬化症
(ALS)
対象の疾患:筋萎縮性側索硬化症(ALS)
候補物質:ロピニロール塩酸塩
ロピニロール塩酸塩
2019 開始年:2019 筋萎縮性側索硬化症
(ALS)
対象の疾患:筋萎縮性側索硬化症(ALS)
候補物質:ボスチニブ
ボスチニブ
2020 開始年:2020 アルツハイマー病 対象の疾患:アルツハイマー病
候補物質:ブロモクリプチン
ブロモクリプチン

 ここにあげた4つ以外のさまざまな病気に対しても、病気の仕組みを調べ、治療薬の候補となる物質を探す研究が進められています。いずれもまだ、治療薬としては認められていませんが、新たな薬が患者さんのもとに届けられることが期待されます。

 また、疾患特異的iPS細胞を利用してより多くの病気に対する研究が進められるような環境整備や、研究者のマッチングなども進められています(参考:AMED委託研究事業「iPS細胞を用いた希少疾患の研究促進のための研究者マッチング」)。

再生医療用iPS細胞を製造する

 CiRAが最も大きな役割を果たしたのがiPS細胞研究中核拠点というプログラムです。iPS細胞がどのようにしてできるのか、より効率のよい、品質の高い細胞を作製するための基礎的な研究から、医療で使うことができるグレードのiPS細胞「再生医療用iPS細胞ストック」を製造して、必要とする研究機関への提供まで、幅広く実施してきました。実際にiPS細胞を使った細胞治療の開発をしている研究機関と情報を共有しながら、ニーズにあった細胞の提供を進めました。iPS細胞ストックの製造については、2020年から公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団が引き継いで実施しています。

パーキンソン病などで臨床試験を実施

 iPS細胞ストックから、必要な細胞へと変化させて治療法を開発する研究も進んでいます。CiRAの髙橋淳教授らのグループが進めてきた、パーキンソン病の治療を目指したプロジェクトでは、2018年に治験を開始しました(CiRAニュース 2018年7月30日)。2021年までに予定していた7名の患者さんへの移植手術を終え、2年間の経過観察を行なっています。近い将来、安全性と有効性の結果がわかる見込みです(参考:CiRA 患者さん向け情報 | パーキンソン病の治験について)。

iPS細胞を用いたパーキンソン病に対する
医師主導治験

10件以上の臨床試験がスタート

 2023年4月現在、日本では17件のプロジェクトで、患者さんにiPS細胞から作製した細胞を移植して安全性や
効果を確かめる臨床試験が行われています。このうち、14件のプロジェクトには、iPS細胞ストックが使われました。どのプロジェクトも実際に患者さんを治療する段階には至っていませんが、着実に医療の実現に向けて進んでいます。

iPS細胞ストックを応用した臨床試験
(2023年4月時点)
出典:公益財団法人京都大学iPS細胞研究財団
ホームページ 

※同じ疾患で複数のプロジェクトが行われているものもある。

※同じ疾患で複数のプロジェクトが行われているものもある。





新しい医療の実現に向けて

 iPS細胞を利用した研究をもとに、様々な病気に対して新しい治療法が作られつつあります。しかし、これはまだごく一部の病気でしかありません。また、新しい治療法も万能ではなく、それだけで患者さんのすべての症状を回復できるわけではありません。

髙橋 淳 所長・教授

 CiRAの髙橋淳所長はこう言います。

「再生医療はいわば総合芸術です。単に細胞を移植するだけで病気の全てが解決するわけではありません。薬物治療や遺伝子治療、医療機器やリハビリなどの他の治療法との組み合わせや、細胞を培養するための技術や装置の開発、さらには医療を提供する制度設計など、多方面の智恵と力を結集して初めて、より患者さんに適した治療ができるようになります。」

 細胞移植治療と遺伝子治療を組み合わせた治療法の研究についても、成果が出てきています(CiRAニュース 2023年3月24日)。これからは、iPS細胞を道具として利用し、細胞治療や遺伝子治療に限らず、様々な分野の研究が融合して、新しい治療法を生み出すことが期待されています(参考:令和3年7月30日 再生・細胞医療・遺伝子治療研究の在り方について 中間取りまとめ)。

  1. この記事を書いた人:和田濵 裕之
    京都大学iPS細胞研究所 国際広報室
    サイエンスコミュニケーター
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